始祖の帰還
石造りの地下闘技場に、観衆の怒号とマナの残滓が渦巻いていた。
落とし穴から転がり落ちた先は、どうやら出場者の控え場だった。
「いやだあ、やめてくれー!」
鎖につながれた奴隷剣闘士が、震えながら壁際に押し込まれている。だが、屈強な兵士が容赦なく追い立て、嫌がる者も容赦なく魔獣の待つ闘技場へと送り出していく。
次はタナベの番だったようだ。鎧姿の兵士二人がニヤニヤと無言で現れ、剣の先でリングへと進むよう命じてくる。
(……悪趣味な連中だな)
タナベはしばらく従うふりをし、タイミングを見計らって足払い。兵士二人は転倒し、そのままゲートが閉まり、リングの中に巻き込まれた。
「次の挑戦者は……大穴だあ! ゴル様に逆らった旅人が命を賭けて挑むぜぇ! しかも今回は不幸な兵士二人付きだあー!」
司会者の煽りに、観客席から嘲笑と歓声が巻き起こる。
初戦の相手はコカトリス。猛毒と石化を備えた鳥型魔獣。兵士二人は逃げる間もなく串刺しにされ、あっけなく絶命した。
残るはタナベ。
魔導照明に照らされた中央リングに、異国風の旅装を纏った男が静かに立つ。
タナベは躊躇なくコカトリスの間合いを詰め、喉元にナイフを一閃。
魔獣は悲鳴すら上げる間もなく、崩れ落ちた。
ざわめきが起きる。
そして二戦、三戦――剣闘士、異形獣、呪われた機械兵までも。タナベはすべてを冷静に分析し、的確に、無駄なく、制圧していった。
観客の熱狂は、やがて沈黙へと変わっていく。
観客席の最上段。
ゴル・バリストの目が細められた。
「……何だあいつは。単なるネズミではないのか。大損だぞ」
「予定外です。出来レースのはずが。。。」
「……興が削がれたな」
ゴルが指を鳴らす。
「――あれを出せ」
地下の格納扉が軋みながら開き、魔導蒸気が吹き出す。
姿を現したのは、六メートル級の魔導巨兵――サイクロプス。
かつて古代王国が“戦神”として建造した、マナを動力源とする破壊兵器。その赤い眼が低く唸りを上げ、ゆっくりとリングに足を踏み入れた。
「おっと今まで勝てたものがいない、守護神の登場だ! 今回の参加者はどこまで頑張れるかな。皆さんお楽しみにー!」
司会者の煽りに、観客席から嘲笑と歓声が復活した。
『大尉、警告:この個体は今までと違います』
「だろうな……所詮、余興だ。どうにかなるさ」
ドォン!
魔導アームが振り下ろされる。だがタナベは、パワードスーツの補助とアークの支援で軽やかに回避し、斬り返す。
その直後――
ズギャアアアンッ……!
脳を刺すような音が響いた。
“星の悲鳴”。
タナベは思わず膝をつき、頭を押さえる。
「くっ……またか……この感覚……!」
『この地下剣闘場に来てから周囲のエネルギーの濃度が高まっています。おそらく地下には、現地で“マナ”と呼ばれるエネルギーの抽出施設が存在し、そこから来ている可能性があります』
強烈な眩暈とともに、視界に像が流れ込む。
――干からびていく大地。
――空を裂くような光。
――崩れ落ちる神殿。
――血を捧げ、星と対話する王。
(……これ……俺の記憶? それとも……)
『記憶フラグメントの反応を検出。タナベ大尉の思考が通常とは異なるパターンで上書き、または同調されています』
「……俺の使命を思い出してきた。俺は……」
タナベはゆっくりと立ち上がった。その目には、これまでにない確信が灯っていた。
「アーク。こいつをこの闘技場ごと沈める方法はあるか?」
『直接の破壊は困難ですが、あの巨兵の炉心を暴走させれば、周囲の高エネルギーのマナと連鎖し、地下構造を巻き込んだ爆発が発生する可能性があります』
「……やるぞ」
跳躍。
タナベはサイクロプスの胸部へ飛び乗り、アークのガイドに従い、炉心あたりをこじ開け、刀を深く突き立てた。
「この星の痛みは、俺が――断ち切る!」
閃光。
次の瞬間、サイクロプスの心臓部が炸裂。
リングの床が崩れ、連鎖するように下層が爆縮し、白熱のエネルギーが吹き上がる。
闘技場の天井が砕け、灼熱の空が覗いた。
――“星の悲鳴”が、止んだ。
風が吹く。砂漠の空が、どこか澄み渡っていく。
焦げた空気の中に、わずかに、静謐が戻っていた。
観客席は半壊し、群衆は阿鼻叫喚とともに逃げ惑う。
その中に、ひとりの黒衣の男が立っていた。
ザイド・バルフォル。
かつて帝国憲兵総局第十三部大佐だった。今はこの町の地下に潜り、ゴル打倒の機を窺っていた男。
「……何者だ。状況が、動き出した。利用しない手はないな。」
剣の柄に手をかけ、ザイドは崩れた闘技場の中心へ視線を送る。
そこには――まだ立っているタナベの姿があった。
始祖の覚醒が始まった瞬間だった。




