異世界転生騎士決闘者ソレイユ ~二十七歳ゲーマー、転生先でも戦いに生きる~
生まれ変わったら健康的な生活を送ってやる。
藤ヶ丘陽奈(二十七歳)は死の間際、自らの不摂生を呪いながら、その早すぎる生涯に幕を閉じた。
ところ変わって、ここはホワイトリリィ女学院である。
生粋のお嬢様が通うこの学校は、男子禁制・乙女の園だ。
学問全般は当然ながら、一般教養並びに上流階級に属する者としての立ち振る舞いまで教えてくれる。
そして何よりも、この学院ではある特殊な力の扱い方を教えていた。
ソレイユ・フリージはこの学院に通うハイクラス在籍の二年生だ。
腰まで伸びた艶やかなハニーブロンドの髪を風に舞わせ、切れ長なアイスブルーの瞳で前を見据えている。
清楚なワンピーススタイルの制服を可憐に着こなす彼女のその中身は、何を隠そう藤ヶ丘陽奈なのである。
いわゆる異世界からの転生者というものだ。
思いもよらぬ第二の生を陽奈――ソレイユは存分に謳歌していた。
恵まれた家庭環境の元に生まれ、生活に不自由を感じたことは無い。
前世の記憶は残ったままだが、そのことで何か困るという事もなく平穏に過ごしていた。
ソレイユ・フリージとしての第二の生は順風満帆。
しかして前世の世界でいうところの高校二年生にあたる春。ソレイユは自身の中に眠る、いかんともしがたい業と相対することとなる――。
さわやかな朝日の中、ごきげんようと優雅な挨拶が飛び交う。
ソレイユもまた柔和な笑顔で乙女たちの挨拶に応えていく。
そんないつもと変わらぬ朝の光景は、駆け寄ってきたクラスメイトによりもたらされた報せにより一変した。
いつでもおしとやかであれが教訓の一つであるこの学院において、焦る様子というものはひどく珍しいものだった。
思わず真剣な顔つきになりながら、ソレイユは駆け寄ってきたクラスメイトにどうしたのかと尋ねた。
「大変ですわ……っ、シエルさんが……シエルさんがオーロラ様と騎士決闘を……!」
「なんですって!」
ソレイユは大きく目を見開いて、驚きを露わにした。
シエルはソレイユを慕う後輩である。
ソレイユの瞳と同じ、アイスブルーの髪色をした彼女のことをソレイユはいたく気に入っていた。
争いを好まない穏やかな性格の彼女が何故、騎士決闘――この世界に存在する、特殊な力を用いた戦いに巻き込まれているのか。
ソレイユはクラスメイトから二人の居場所を聞き出すと、急ぎ薔薇の園へと向かった。
薔薇の園とは学院の外れにある、小さな庭園のことである。
一年を通して様々な色の薔薇が咲き誇り、乙女たちにとっては憩いの場の一つとして親しまれていた。
そんな庭園には、もう一つの顔がある。
それこそが騎士決闘の舞台。庭園の持つ、真の役割であった。
「シエル! 無事でいらして!?」
薔薇の園に辿り着いたソレイユは、飛び込む様に入り口のアーチを抜けて、その光景に絶句した。
四方を薔薇に囲まれた広場の中心に、シエルが倒れていたのだ。
「シエル!」
ソレイユは顔面蒼白で駆け寄ると、ぐったりとした様子のシエルを抱き起した。
「ソレイユ、お姉さま……」
「しっかり……っ、どうして決闘なんて!」
「オーッホホホホッ!!」
二人の間に割って入る様に、突如として高笑いが響く。
ハッとして顔を上げたソレイユが見たものは、対面で仁王立ちをするオーロラ・デ・グローリアであった。
縦に巻かれたボリュームのある薄紫の髪と、目尻の吊り上がった気の強そうな瞳が彼女の在り方を強く物語っている。
髪と同色の瞳がソレイとシエルを見下ろしていた。
「あら、ソレイユ様。遅かったですわね。今、決闘が終わったところですわ」
「オーロラ様……何故、シエルと決闘など……。貴女が彼女よりもお強いことなど、周知の事実でしょうに!」
思わず語気を荒くしながら、ソレイユはオーロラを強く睨みつけた。
乙女にあるまじき態度だとは思いながらも、ソレイユはどうしても沸き上がる怒りを抑えることが出来なかった。
「ふふっ……良い目をしますわね。やはり私の想像通りですわ!」
オーロラはソレイユの視線を真正面から受け止めて、再び高らかと笑う。
オーロラの意図が読めないソレイユは、ただ黙ってシエルを抱きしめていた。
「シエルさんには申し訳ありませんでしたけど、ソレイユ様。貴女、これくらいしませんと決闘なさらないでしょう?」
決闘。
そう口にした途端、オーロラの足元から光が溢れる。
オーロラを包み込むように放たれた白き閃光、その中から気高き紫紺の鎧を纏った騎士が姿を現す。平均的な成人男性に比べ、一回り程大きな騎士は、漆黒のマントをたなびかせながらオーロラの背後に着く。
これこそが騎士であり、選ばれた者だけが扱える超常の力なのである。
「オーロラ様の騎士、ランスロット……」
「ええ! 最も優れた私にふさわしい、最も優れた騎士ですわ!」
「存じています。全戦全勝、この学院で最も強い御方、オーロラ様と騎士ランスロット……」
「そう。私は負けたことがありません。しかしたった一人だけ……勝敗の付いていない方がいるのです……ッ!」
オーロラの視線がソレイユを力強く射抜く。
意志の強い薄紫の瞳には強い熱が籠っているのが見て取れて、ソレイユは思わず息をのんでいた。
「貴女はその身に騎士を宿しながら、ただの一度も決闘をなさらない! 私はこの学院の頂点に立たねばならぬ者ッ、それは全てを倒してこそ証明されますのよ! その全てには当然、ソレイユ様! 貴女も含まれていましてよ!」
オーロラの鬼気迫る迫力に、ソレイユの心臓が早鐘を打つ。
最強というたった一つの椅子。
騎士を操る者・奏者であれば、一度は夢に見るその座を目指すオーロラの姿はソレイユには酷く眩しく見えた。
ソレイユはその輝きを知っているのだ。
ものは違えど一度は自分も目指した場所。
その輝きは、ソレイユの中に眠る闘争の二文字に火をつけるには十分すぎるものだった。
「シエルさんの屈辱を晴らしたいと願うのでしたら、三日後、放課後に此処でお会い致しましょう」
スカートの裾を掴み、優雅な礼をオーロラが見せる。
踵を返して立ち去ろうとするその背中を、ソレイユは真っすぐに見つめて名前を呼んだ。
「オーロラ様」
「いかがいたしまして?」
「――本気で参りますので、お覚悟のほどを」
「ふっ……フフフッ……オーッホホホホッ!! よろしくてよソレイユ様! そうでなければ、面白くありませんもの――!」
喜びに満ちた高笑いを零しながら、オーロラは優雅な足取りで庭園を後にした。
「お姉さま、ごめんなさい……。私のせいでオーロラ様と……」
身を起こし、その場に座り込んだシエルは申し訳なさそうに項垂れた。
そんなシエルの手を握り、ソレイユはシエルを落ち着かせるべく穏やかな微笑みを浮かべて見せた。
「気にしないで、シエル。貴女が悪いことなんて何も。怪我はない?」
「はい……オーロラ様が手加減をして下さいましたから……」
「そう……。とにかく、貴女が無事で良かった。さぁ、一緒に学院に戻りましょう」
「はい」
二人はようやく立ち上がり、スカートの汚れを払って歩き出す。
ソレイユはこの件を教師に伝えるべきか悩んたが、言ったところで無駄であると思い直した。
この学院に通う生徒は、その全てが騎士を操る奏者なのである。そして教師もまた然り。
お嬢様を育て、騎士をも養成するこの学院において、決闘は生徒間で行われる正当な学びの一環と見做されてしまうのだ。
(生徒間で切磋琢磨しろってことらしいけど、こんなのはただの一方的な暴力……到底許せない)
しかしオーロラほどの女傑が、そこまでしてでも自分との決闘を望んでいる。
彼女は本気であるのだと、ソレイユは固く拳を握り締めた。
(穏やかで華やかな世界で健康的に生きていけると思っていたけど……騎士の力を持っている以上、逃げられないか……)
ソレイユの脳裏に、忘れられない前世の有様が浮かび上がる。
藤ヶ丘陽奈としての人生は、たったの二十七年で幕を閉じていた。
大病を患った訳でもなければ、事故に巻き込まれて死んだ訳でもない。
死因は、ゲームにのめり込むあまり無茶な生活を繰り返し、不摂生が祟っての心臓発作だった。
一日三食の内、二食が菓子パンとエナジードリンクの類ばかり。
残りの一食もカップ麺、もしくは食事を摂らないことも珍しくはなかった。
ゲームの合間にお菓子をつまみ、徹夜なんて日常茶飯事。
入浴だけは怠らなかったが、その他の全てが疎かだった。
陽奈が命を落としたのは、人気対戦ゲームのプレイヤーとして、そして動画配信者として確かな知名度を得られ始めた直後のことだった。
その日も徹夜でゲームをし続けていたのだが、突然胸に強烈な痛みを感じたが最後。
鼓動が止まり、そのまま帰らぬ人になったのだ。
強烈な痛みと息苦しさに呻きを上げる中、霞む視界に映り込んだのはテーブルに大量に並んだ空の菓子パンの袋と、積みあがった空き缶たち。
陽奈はようやく自身の不摂生を過ちだったと認識したが、それに気が付くにはあまりにも遅すぎたのだった……。
その経験故に、ソレイユとしての第二の人生は健康をモットーに生きることを決めていた。
他者と争う事柄には関わらず、穏やかに長生きをする。
だからソレイユは騎士の力を宿しながらも、一度も決闘をすることがなかったのだ。
しかしだからと言って、騎士を扱えないということではない。
寧ろ、ソレイユには誰よりも上手く騎士を操る自信があった。
(とは言え、対策は出来てない。三日間で詰めないと)
「シエル、ちょっとお願いがあるのだけれど、良いかしら?」
「はいっ! 私、お姉さまの為になら何でもします!」
「ありがとう、可愛い私のシエル。では、オーロラ様の騎士決闘の映像データ、集めておいて頂けないかしら。出来るだけ多く。その間に私は、実際にオーロラ様と決闘なさった方達に話を聞きに行きます」
「分かりました。集めてお姉さまに送ります」
「よろしくね。……シエル、貴女の仇は私が絶対にとります。勝利を貴女に」
「お姉さまっ……!」
大きな瞳をうるうるとさせて、感極まった様子のシエルがソレイユの腕に飛びつくようにひっつく。
あらあらと微笑みながらも、愛らしい後輩のためにも必ず勝利することを、シエルは固く胸の中で誓っていた。
それからのソレイユは、生活の全てを対オーロラ戦に捧げた。
全寮制のこの学院では、生徒一人に一つの部屋が与えられている。
それを幸いにと、ソレイユは空いた時間の全てを自室で過ごす様になっていた。
シエルが集めたオーロラの決闘動画を見続け、生徒たちから聞いた話を記したノートの走り書きを見返す。
動画を見ている間に気が付いたことを更に書き連ね、みるみる間に空白のページが埋まっていった。
(見たままのガン攻め。ランスロットの性能が高すぎて、何振っても一方的な押し付けになってる……。何よりも一瞬で相手の懐に飛び込む高い機動力、そこからの強烈な突き刺しは必殺技と言っても過言じゃない)
オーロラの奏者としての技量の高さに感服しながら、目を皿にして動画データを何度も見る。
(これがオーロラ様の必勝パターン、つまり手癖だとすれば……)
しかし動画を見るだけで勝てるのであれば、誰だって苦労しない。
そんなことは十分に承知していた。
夜になるとソレイユはこっそりと寮を抜け出し、人気のない庭園へ出かけていた。
寮を勝手に抜け出す行為は勿論、許可されていないがここはお嬢様の集う場所。
そんな蛮行に及ぶ者はこの学院にはいない。監視という行為そのものが野蛮である。というのが、共通認識であるが故にか、監視カメラの類は一切存在していなかった。
だからソレイユが抜けだしたとしても、誰にも気が付かれることはないのだった。
(騎士は精神の力。パッドではなく、イメージで動かす自機)
薔薇を照らすライトだけが頼りの暗闇の中、ソレイユは目を閉じて自身の内面と向き合う。
胸の奥深くに灯る金色の光。もっと輝けと強く願ったその瞬間、ソレイユの体を眩い光が包み込んだ。
しかし、その光は弾けることなく霧散して消える。
すぐ側から、草木を分ける音が聞こえたからだ。
「どなたかしら?」
物音がしたほうへ振り返りながらソレイユは内心、気が気ではなかった。
これが生徒であればまだ誤魔化しようがあろうが、教師であれば一巻の終わりである。
「ごっ、ごめんなさいっ、邪魔をするつもりはなかったんです……」
「シエル……」
草むらから現れた人影がシエルだと分かると、ソレイユは盛大に胸を撫で下ろした。
落ち込んだ様子のシエルの側へ寄ると、ソレイユは頭や制服に着いた葉っぱを取り払ってあげた。
「よく私がここに居ると分かりましたね」
「私、お姉さまが心配でお部屋まで尋ねに行ったんです。そしたらお姉さまが居ないから私、びっくりしてしまって……」
「それでここまで来てくれたのね。ありがとう。そして心配をかけてしまって、ごめんなさい」
申し訳なさそうにソレイユに、シエルはぶんぶんと頭を横に振って違うのだと答えた。
ソレイユが謝ることなど、何一つないと言いたいのだ。
「あのっ、お姉さま! 私を、お姉さまの騎士決闘の練習相手にして下さいませ……!」
「そんな……。申し出はとても嬉しいけれど、貴女、戦いはお嫌いでしょう? 無理をしなくて良いのよ」
「私、おっしゃる通り戦いは嫌いです。けどっ、お姉さまのお役に立ちたい! お役に立てるなら、決闘も頑張ります!」
シエルの必死な思いを目の当たりにして、ソレイユは胸の奥に込み上げる熱を感じていた。
自分のために協力を申し出てくれる友がいる。
それは前世でゲーム攻略を共にしきた仲間たちとの日々を彷彿とさせるようで、ソレイユは懐かしさに自然と笑みが浮かんでいた。
「分かりました。正直、一人でイメージをし続けるだけでは限界があったの。貴女の協力、とても助かるわ」
「お姉さまの為なら喜んで。それに私、お姉さまの騎士を見てみたくて」
「あぁ、そう言えば、貴女にも見せたことがありませんでしたものね」
ソレイユの周りに風が吹く。
一度は消えた光が再びソレイユを包み込み、今度は大きく膨れ上がった。
光の中でソレイユが淡く微笑む。
「御覧なさい。これが私の騎士よ」
光の渦の中から現れた騎士に、シエルは目を見開いて言葉を失った。
月の光を身に宿した様な、黄金の鎧を纏う騎士。深紅のマントをたなびかせ、手に持つ銀の槍が鋭く闇夜に煌めく。兜に付いた馬の尾を連想させる立派な羽飾りが、風に揺れていた。
「これこそが我が信念の騎士、ドンキホーテ」
彼の騎士の名を関した物語は、実に有名であろう。
物語と現実の境界線が曖昧になった男の物語であるが、ソレイユにとっての騎士は彼の物語がイメージの根底に存在した。
例え幻想の中を彷徨っているのだとしても。
誰にも理解されぬ愚かな行為であったとしても。
己の騎士道を貫く姿は間違いなく強者なのだ。
シエルはソレイユの黄金の騎士を前にして、ただただ見惚れるしか出来ないでいた。
奏者と騎士。その二つの美しさと凛々しさを形容する言葉が見つけられなかったのだ。
「さぁ、シエル。お相手を願えるかしら」
「……っ、身に余る光栄です!」
月夜に二体の騎士が舞う。
勝利の二文字をその手に得る為に。
――三日後。
約束通りに庭園を訪れたソレイユは、思わぬ状況にたまらず後退りしてしまった。
全学年の生徒が集まっているのではないかという人数が、薔薇の庭園を取り囲んでいる。
広場の中央にはオーロラが堂々とした佇まいで、ソレイユをまっすぐに見つめていた。
「お待ちしておりましたわ、ソレイユ様」
「……この生徒たち、オーロラ様がお集めになりましたの?」
「ええ、勿論ですわ。今日は私が名実ともにこの学院最強となる晴れの日! その瞬間の目撃者は、多いに越した事はありませんわ!」
天高く響き渡るオーロラの高笑いを聞き流しながら、ソレイユは庭園の端、自分の立ち位置に着く。
ソレイユのその落ち着いた態度に、オーロラの唇の端がにやりと吊り上がっていた。
踵を返したオーロラもまた自分の位置に移動する。
(あの立ち振る舞い。やはりソレイユ様は私が見込んだ通りの御方。あぁ……楽しみですわ!)
スカートの裾を翻し、オーロラはソレイユと対峙する。
向き合った二人の間に最早、言葉は不要。
ざわついていた乙女たちもまた口を噤み、静寂が場を支配する。
「参ります、オーロラ様」
「よろしくてよ、ソレイユ様」
その言葉を合図に二人の体から光が爆ぜる。
オーロラの騎士ランスロットと、ソレイユの騎士ドンキホーテがその姿を露わにした。
初めて目にするドンキホーテの姿に、オーロラは大きく目見開いた。
「黄金の騎士! ソレイユ様、貴女、そんなにも美しい騎士をお持ちでしたのね!」
「美しいだけではなくてよ。――征け! ドンキホーテ!」
「受けて差し上げますわッ! ランスロット!」
槍を構えたドンキホーテがランスロットへ向かい、一直線に走り出す。
対するランスロットはオーロラの命令通り、剣を構えて槍を受け止める姿勢をとった。
鋭い槍の切っ先を、剣身で受け止める。
ガンッ! と重たい衝突音が響き、その場の全員の鼓膜を揺らした。
「跳ね返しなさいッ!」
オーロラの声に合わせてランスロットが剣を握る手に力を込めた。
剣を圧し折らんとばかりに押し付けられている槍が、それを上回る力によって大きく跳ね上げられる。
すかさずランスロットは剣を返し、ガードの緩んだドンキホーテを真っ二つに斬るべく剣を真横に振り抜いた。
ドンキホーテは即座に縦に槍を構えると、剣が脇腹を掠める寸前にその一撃を受け止めた。
再び激しい衝突音が鳴り響き、ギチギチと金属が擦れ合う音を奏でながら鍔ぜり合う。
二体の騎士は互いの力が拮抗し合うと分かると、どちらからともなく飛び退いて距離を取った。
僅かな間に繰り広げられた攻防で、ソレイユとオーロラは互いの力量が拮抗しうる事を察する。
同時に決着がつくことがあるとすれば、ただの一撃で決まるだろうと共通の考えが浮かんでいた。
(ランスロットの力、想像以上だ。……攻められる前に攻め落としたかったけど、そう簡単には通してくれないか)
実際に相対することで知るランスロットの力量に、ソレイユは息をのむ。
考えて来た一度限りの博打にも似た作戦が、果たして通るのだろうか。
ソレイユは緊張感と共に、密やかな興奮を覚えていた。
静寂を切り裂いたのはランスロットだった。
風のように軽い動作でドンキホーテとの距離を詰める。漆黒のマントが残像のようにたなびいた。
「槍相手に距離を離しているのは愚の骨頂! その懐にさえ入ってしまえば、恐れるものなどありませんわ!」
「……ッ!」
姿勢を低くしたランスロットは疾風の如く速さで、ドンキホーテの間合いの内側に潜り込む。
その速さにソレイユは驚き、そして、《此処だ》と覚悟を決めた。
流れるような動きで迫るランスロットは、腰のあたりに水平に構えた剣でドンキホーテを突き刺そうと突進する。
「逃げても無駄ですわよ! 串刺しにおなりなさい!」
「――逃げるなんて、とんでもないですわ」
ランスロットの剣がドンキホーテの鎧に掠った、その刹那。
あろうことか、ドンキホーテはその手で剣を握って捕まえたのだった!
「なんてこと! 剣を素手で……ッ!?」
ランスロットはなおも剣を突き刺すべく全力で押し込もうとするが、ドンキホーテの強烈な握力の前にびくともしなくなる。
「ランスロットが相手の懐に飛び込み、突き刺すことを得意とするのは分かっていましたわ! ならば止めてしまえば良い! ドンキホーテッ!」
手から血の代わりの光の粒子が弾け飛ぶのもいとわずに、ドンキホーテは剣を掴む手に力を籠める。
力の拮抗はついに崩れ、ランスロットは剣ごとドンキホーテに持ち上げられてしまった。
ランスロットは宙に浮いた足をばたつかせ抵抗を試みるが、ドンキホーテの剛力の前にはどうすることも出来ない。
剣を手放してしまえば助かるのだが、騎士である以上、その選択肢は最初から存在しない。
直後、風を切る音を大きく響かせて、ドンキホーテがランスロットと剣を天高く投げ飛ばした。
「貫きなさいッ!!」
大気を揺らす程のソレイユの叫びに呼応するように、ドンキホーテは身を低く沈めて地を蹴った。
槍の切っ先をランスロットに向けて、ドンキホーテは弾丸の如く一直線に天を駆ける!
「ふっ、防ぎなさい! ランスロット!」
「我が槍を防ぐことなど不可能! ドンキホーテは愚直に貫くのみッ!!」
怒涛の勢いで突撃をするドンキホーテの槍を、ランスロットは先ほどと同じく剣身で受け止める。
しかし空中での無理な姿勢、そして何よりも勢いが衰えないドンキホーテの突撃の前に、剣は呆気なく弾き飛ばされた。
「あぁッ!」
オーロラの悲鳴にも似た叫び声が上がる。
ドンキホーテの銀の槍が、ランスロットを貫いたのだ。
断末魔の悲鳴のように甲高い音を上げながら、貫かれた箇所からヒビが広がり、ランスロットの鎧が砕けていく。
一瞬、目が眩むほどの眩い光を放ち、ついにランスロットは粉々に砕かれたのだった。
降り注ぐ光の粒子を浴びながら、オーロラは呆然とその光景を見つめていた。
常に相手の頭上に降り注がれていたそれの、何と儚く美しいことかと、オーロラは初めての敗北で知った。
「勝った……」
ソレイユも同じく空を見上げ、マントをたなびかせる自身の騎士を見つめていた。
激しく脈打つ鼓動が治まらない。
(楽しい、ああ、楽しい……楽しい……っ)
すっかり忘れていた、誰かと競い合う悦びが完全に目を覚ます。
勝利の喜び。敗北の苦痛。
今すぐにでも止めたいのに、勝つと嬉しくて楽しくて、止めることなど出来やしない。
心身ともに削られ続ける勝負の世界。
それらは前世において自身の死に繋がるものだった。
(だから忘れたかったのに。全て……思い出してしまったッ!)
ソレイユの口元に笑みが浮かび上がる。
喜悦の声が零れそうになるのを寸でのところで耐えられたのは、負けても尚、麗しさを失わないオーロラの姿を目にしたからだろう。
「……お見事でしたわ、ソレイユ様。まさかここまでお強いなんて」
「オーロラ様……」
「次は貴女を倒しますわ。また私との決闘、受けて下さるかしら」
差し出されたオーロラの右手を、ソレイユは迷うことなく掴んだ。
「勿論、喜んで――!」
二人の手が重なると同時に、生徒たちが一斉に歓声を上げた。
生徒たちの中から飛び出したシエルが、オーロラに飛びつくように抱き着いた。
喜びが溢れ、今にも泣きだしそうな顔をしたシエルにソレイユは優しく微笑みかける。
「お姉さま! お見事な勝利でしたっ」
「シエル、貴女が手伝ってくれたお陰よ。この勝利は貴女が掴んだも同然です」
「いいえ! お姉さまがお強いからですわ! これだけお強かったら騎士王にもきっとなれますっ」
「騎士王……?」
聞きなれない言葉に首を傾げ、ソレイユはシエルに聞き返す。
しかしその問いに答えたのはオーロラだった。
「言葉の通りですわ。最強の騎士だけが名乗ることが許される称号、それが騎士王。私達奏者はその称号を目指し、戦い続けておりますのよ」
「最強の、騎士」
「私は貴女に負けましたわ。けれども、騎士王の道を諦めることは決して有り得ません。貴女は如何なさいますの?」
負けても尚、挑発的な態度を崩さぬオーロラに、ソレイユはどうしようもなく胸が高鳴る。
元々この戦いはシエルの屈辱を晴らすためのものだった。
けれども戦いの高揚を思い出したソレイユにとって、最早戦いは自ら求めるものに成り代わってしまっていた。
故に答えは一つのみ。
「勿論、目指しますわ。騎士王を!」
再び戦いの世界に身を投じることを覚悟して、ソレイユはドンキホーテを見上げた。
奏者の覚悟に、黄金の騎士が力強く頷く。
掲げられた銀の槍の輝きに、ソレイユは胸を躍らせるのだった。
終