《⭐︎》近すぎて見えない物
⭐︎さらっと読めるショートショートです。
爽やかな朝、王立学園の馬車停めには大きな衝撃が走っていた。
王家の紋章を付けた馬車から降りたエルリック王子に手を差し伸べられて鼻高々と降りてきたのは、マーリン・ミルフォード男爵令嬢。
『最近、王立学園で人の目もはばからずに密着しているのが話題になっていたが、とうとう一夜を共にしたのか』
『身分を弁えぬ恥知らずな女め、殿下を身体で篭絡したか』
『やだ、殿下の寵愛を受けたなら、あんな女でもそれなりの立場の対応をしなくちゃいけないじゃない』
周りの非難の目に遠慮することなく、マーリンはエルリックの腕に絡みついて歩き出すが、すぐに足を止めた。エルリックの前に、エルリックの婚約者であるシルビア・アモン公爵令嬢が現れたからだ。
「おはようございます。エルリック様」
何事も無いような優雅な態度に、ついエルリックも挨拶を返してしまう。不機嫌になってエルリックの足を早めさせようとするマーリンにも、シルビアは優しく声をかけた。
「お勤めご苦労様」
『彼女は王家が用意した娼婦だったのか!!』
周りは一斉に誤解した。
『私の相手をしたのは仕事だったのか!』
エルリックは誤解した。
『私を誘ったのって、商売女と思っていたからなの?』
マーリンも誤解した。
笑顔で去るシルビア。
シルビアは何もしていない。むしろエルリックとマーリンの邪魔をしないよう周りに働きかけてた。
なので、エルリックがマーリンを寝室に招いて一夜を過ごしても、朝に一緒の馬車で登校しても、反対する者などいなかった。だから二人はそれを不自然だと気付いていなかった。
だが、今気が付いた二人は、お互いを疑い、疑心暗鬼になるだろう。
誰も気づいていない。
誰にも見えていない。
あまりに堂々とした悪意が。