(エセ)占い師始めました 1
(エセ)占い師始めました 3分割
すべての記録の声にも慣れた。アキラは言語で思考するタイプだ。受け入れてしまえば順応する。何も片付いていないが、その問題は解決した。アキラの慣れによって。
“私”に意思はない。人格があるように振る舞えるが、あくまでふりである。“私”はただのユーザーインターフェースにすぎないのだ。
さて。アキラを含む三人は、ハチの首輪が出土した遺跡にいた。アキラの意図は伏せたまま。行きたいといえば、ハチは喜んで案内してくれた。コリーまで着いてきているのは、『結構近いみたいだからついでに』という軽さである。アキラとハチをとっとと捨てると言っていたはずだが、鶏でもないのに三歩で忘れたらしい。文句を言いつつも、友人のことが心配なのだ。
ハチがかつてそれに加わっていたという調査はとっくに終わっている。跡地は残っているものの、もうなにもないと判断されてしまった場所だ。保存の努力は感じられない。今の魔法の考え方とは異なるのだが、伝承が途切れた古代魔術においては、この地に意味があった。
「ハチ、ここに立っていて」
「はい」
一見すると何もない場所に立たせる。
「■■■、■■■■」
すべての記録より得たマスターキーの呪文。解除と無効化の効果を発動させる。
「えっ……」
あっさりしたもので、光ったりすることもなく音もなく、首輪はポロリとハチの首輪から剥がれ落ちた。
「これで懸念はなくなった。短くはあったが、大変世話になった、ありがとう。その点はとても感謝している。早く次の名前をもらうんだね。■■」
ハチは唖然としていた。コリーはいち早く動いたが、
「ぎゃう!」
アキラの呪文によって現れた壁に阻まれた。
マスターキーで首輪を外す際、開放されたものが危害を加えないよう、閉じ込められるように可動式の不可視の壁があるのだ。起動のための呪文は失われているが、すべての記録には記録されている。
「お前、ホントに人間嫌いだったのかよ!」
コリーが不可視の壁を探っている。端を探しているようだが、その壁はぐるりと取り囲っているのだ。消えるまで出ることはできない。
「一人大好き人間嫌いははっきりと言ったじゃないか。馴れ合っているから嘘だと思ったのか? 私にも社会性くらいはある。……そろそろしんどい。社会性擬態耐久値だいぶ減ってきた……」
「お、おう……。こいつが首輪なしでもお前のこと必要としそうなのはわかってただろ!」
「わかっていたが、私に負う義理はない。コリーさんが次の相手になれば解決するよ?」
「えっ、無理」
「私も嫌だよ。あの国には戻れないかもしれないね。すまない」
右へ三歩、後ろへ半歩。そこ。
「ここまでありがとうございました。おたっしゃで。■■」
壁を解除する。コリーは一瞬崩したバランスをすぐに立て直し、ハチはやっと我に返ってアキラに飛び付こうとした。
「■■■」
地に刻まれた転送陣の起動の方が早かった。
大地には力が宿っている。古代魔術はそれを利用して魔法を使った。地に陣を刻むことには訓練が必要だが、起動する呪文があれば誰にでも使うことができる。意識しなければ出せない特殊な発声が必要なため、今は誰も使えないに等しいが。その古代魔法の手法は、大地に宿る力を少しずつ消費する。地の力の枯渇は、当時の魔術の衰退につながり、魔法技術は断絶した。とはいっても、それも古代というほど昔のこと。今は地の力は回復しているので、アキラが使うには問題ないのである。
「アレクサ、調べておいた街へナビして」
右手、明るい方向が街道。街道を太陽の方へ道なりにいく。転送陣接近次第また知らせる。
転送陣は、文字通り物をあちらからこちらへ移動させるものだ。地の中の流れを利用するため、移動できる場所には制限があるが、瞬時に運べるのであれば十分に役立つ。転送陣は遺跡から数キロ離れたところにアキラを運んだ。どうにかすればハチとコリーが追いつきかねない。簡単に嗅ぎつけられることはないが、早く離れてしまうに限る。そのために、遺跡で二人をまいてしまう方法をあらかじめ考えておいたのだ。
元いた世界での生活は──思い出したくもない。帰りたくもない。そういう生活をしていた。それらからは開放された。喜ばしいことなのかどうかの判断は、これからである。さて、これからどうすべきか? 魔王討伐だの世界統一だのというミッションは与えられていない。では、好きなように生きるだけだ。そう、“のんびり異世界生活”である。そのためには、エレンであることを捨て、安住の地を見つけなければならない。
まずエレンからは開放された。次の目標は安住の地だ。こればかりはすべての記録から候補地を絞り込むことはできても、アキラ自身が確認してみなければ決められない。すべての記録には感覚や感情も記録されているが、適切な再生機がなければ記録媒体を再生することができないように、それを引き出したところでアキラには感じることができないのだ。CDプレイヤーでDVDは再生できないように。候補の一つとして上がっている魔王城跡地も、字面が怪しいだけで、アキラの思う安住の地に適しているかもしれない。現地に行ってみなければ判断できないのだ。
「物件調査もそうだけど、まずは基盤になる資金調達か。アレクサ、近くに私が見つけて換金しても問題ない財宝でもない?」
街道沿いに街を二つこえた後にある山中に山賊の隠れ家がある。山賊は238年前に捕縛され、処罰を受けた。隠れ家は以降使用されず、今は朽ちている。掘り出せる範囲に57万円相当の貴金属がある。
「円換算ありがとう。しばらくの路銀にはなるかな。そこにたどり着くまでにまず手持ちが必要だけど」
ハチに財を貢げとは言ったが、アキラは数日をしのげる程度しかまだ受け取っていない。すぐに用意できないからという理由もあったが、二人から逃げ出すと悟らせないためでもあった。念のためにと持たされた財布と、最低限の装備くらいしかないが、案外どうにかなっている。どうにかするしかないのだ。街までは十分にたどり着ける計算はしている。すべての記録はあくまで記録であるため未来はわからないが、今までの記録をもとに試算はできるのだ。確実ではないが、ほぼ確実と言っていい。あとは不測の事態が起こらないことを願うばかりだ。
アキラは人間嫌いを自称しているが、人間が嫌いだとは思っていない。嫌いなものに“嫌い”というエネルギーを使うことが無駄だと思っているために。アキラは他人に興味を持たないようにしている。身近にせず、意識の外に追いやる。心穏やかであるには、それが一番効果的なのだ。身内というだけで身近にちょろちょろしていた者と致命的なまでに合わなかったためにこじらせてしまった結果である。
“身近にせず”とは物理的な距離だけのことではない。他人に興味を持たないというフィルタを掛けることで、メンタル的な距離もとることができる。人の話を聞いているが、聴いていないこともできる。時間のムダを考えなければ、他人の話はいくらでも聞いていられるのだ。今は、その場しのぎでそれらしいことを言うに適しているすべての記録まである。アキラはたいした話術はないが(※自称)、雰囲気をもたせればそれらしく聞こえるものだ。何らしく聞こえるのか。“占い師”である。
「アレクサ、いい感じの石を探したい」




