転生したら殺人事件の被害者でした 7
「今回はタイミングが悪く、殺人事件に発展した。今回の事件が起こらなくても、破綻の可能性は高いと思っている。今の私の声は、首を絞められた後遺症もあるが、変声期の影響でもある。ここ数日、喉の調子が悪かったと記憶が残っている」
「はい、そうですね。いつもとちがうからと、喉にいい薬湯を飲んでいましたが……」
「過渡期だが、正常だ。この身体は着実に男性の身体に成っていく。息子を姫に仕立て上げ女中服を着せて行為をするような男が、そうなったときにぶちぎれるか、次の性癖に移るか。どうなっても嫌だよ」
「お父様のことをそのように言うのはよくないですよ」
「私には父という感覚はない。表面イケオジ中身クズのおっさんだ」
「逃げるよな、そりゃ」
「私が妊娠していると信じている“神官”は、また私の命を狙ってくる可能性がある。正しい知識を受け入れてくれるなら回避はできるかもしれないが、そんな義理はないし、私にボロが出かねないから、逃げたほうが早い。王も、これからどう心変わりするかもわからない。ハチ、私が王と会った時、昨夜のことを知っているあと一人の“神官”に顔を見せてこいと言ったが、もう一人いただろ」
「魔術師、ですね」
「詰め所にもどっていなかった。王はそれを知っていたとしたら、何故だろうね。ところで、もふもふ度合いによって嗅覚に差があるようだけど、香水の文化はあるのかな?」
「においをごまかすために使うことはありますが、おっしゃるとおり嗅覚の差は個人差で大きいですから、それほど使われておりません」
「私が目覚めた直後、そのにおいはしなかった。王の抱擁を受けた時、付加されたにおいを感じた。何のにおいをごまかすためだろうね。魔術師の行方は私の勝手な想像だけど」
「……あれ? オレ、知っちゃったらよくないこと聞かされた?」
「最初に言った。めんどうなことになるかもって。根拠あっての推測だけど、裏付けがあるわけじゃない私の勝手な想像だよ。絵空事かもしれない」
「あぁ、もう! どっかで休むつもりだったけど、夜通し走るからな! とっととお前らを捨てる! 後で代われよ! いったん寝ておけ!」
御者台と荷台の間の幕が引かれた。
仕入れ前の馬車の荷台はスカスカだ。毛布をかぶって横になれるくらいには。荷台に荷物を積んで、さばいてまた積んで戻る方が効率は良いのだが、二人が荷物のふりをするために減らしてくれているのだ。振動や音は気にならない。防音防振の魔法がかけられていると教えてもらった。この世界には魔法があり、神もいるのだ。
「ハチ、一つだけ聞きたい」
「なんでしょうか?」
「この世界では、頭の中で語り続けるものはあるか?」
「神託でしたら、教会で時々聞けますよ」
「そう、ありがとう」
期待した答えではなかったが、それ以上は望めまい。
「アキラ様、枕はいりませんか? 寒ければ、私があたためますので、いつでもおっしゃってください!」
「うるさい。静かにしろ」
「はい……」
執事然とした第一印象はどこへいったのか、ハチはうるさい。ただ、黙らせることができるだけまだマシだ。ずっと朗読のように一方的に語り続けるよりは。何と比較してマシだといっているのか。“私”である。
(お前は、何だ?)
──……。
──。
私は、すべての記録の末端。記述者であり、認識したものには案内人にもなる。過去の記録はすべて参照できる。知りたいことがあれば、何なりと。
(お前を消す方法)
イルカジョークは止めていただきたい。
(この検索だと思考と混ざらないか?)
では、判別できる呪文を。
(じゃあ、“アレクサ”で。アレクサ、私は何故エレンの中に入った?)
いわゆる異世界転生と何ら変わりはなく、エレンの儀式とアキラの不慮の事故のタイミングが重なっただけだ。ただ、世界を渡るにあたって、アキラはすべての記録を有する■■■■に触れた。認識した。記述者と案内人を得ることになった。なお、記述者はあらゆる物に宿るが、案内人はめったなことでは宿らない。
(チートスキル……。アレクサ、それは最初に説明されるものではないのか?)
私を認識しながら無視していたのはアキラだ。私は問われ、応えるもの。すべての記録の反射運動だ。
(検索エンジンかな。今のところ答え合わせにしか使えそうにない。アレクサ、私達の脱走後はどうなっている?)
捜索は行われたが、エレンの存在がおおやけにされていないため、動員できず広く捜索もできない。少数が城下まで捜索しているが、それ以上の予定はない。
(アレクサ、ハチは当初もっと執事らしい執事をしていたように見えたが、あれは幻か?)
エレンにかっこいいと言われて以来、“執事”をこなしていた。
(彼氏彼女に合わせたキャラ変……。アレクサ、ハチの首輪を私だけで解除する方法は?)
首輪が出土した遺跡にマスターキーがある。今も利用可能。
(アレクサ、お前を『異世界の歩き方』として利用することで、私一人で旅をすること、生活することは可能か?)
可能。
すべての記録とやらが信頼できるのかはわからない。頼るかどうかはしばらく様子を見ることになるが、その言葉を信じるならば、目下の懸念は解消された。枕を高くして眠れるというものだ。枕はないが。
(アレクサ、その声は変えられるのか)
可能。
(そう。アレクサ、呼びかけるまで黙っていて)
おやすみなさい。よき夢を。
「よき夢、ね。悲観して死ぬほどでもないけど、寝なくても悪夢だよ、まったく」