転生したら殺人事件の被害者でした 4
立ち寄るだけだと、エレンにアキラをねじ込んだ魔術師を訪ねた。魔術師の詰め所では、昨夜から戻っていないという情報しか得られなかったが。
「残念でしたね」
「残念だね、予測のうちだったけど」
「そうなのですか?」
部屋にもどり、食事を済ませてしまう。アキラには初めての食事だが、空腹というスパイスで補いきれないくらい舌に合わなかった。食事にはあまり頓着はしない。食べられるだけマシだと割り切ることにしておいた。
「詳細は後で説明する。今は最低限だけ。スレイ、金は持っているか?」
「はい。エレン様のお世話役はこの首輪によるものですが、相応のお給金はいただいています。使うことがありませんので、一部は寄付に回しています。腐らせておくのももったいないと思って、城下の信頼できる友人に運用を任せているので、全財産をすぐに持ち出せませんが」
「私に貢げ」
「はい喜んで!」
どこの居酒屋風やべえやつだ。アキラは思った。
「すぐに持ち出せる金銭の準備を。あと、この身体に合う女中服があるだろう。それも持ってきて。どうしても持ち出したいものがあれば、それも。帰ってこれない可能性が高い。夕食の支度が忙しい時間に城を出る。質問は?」
「ありません。私はエレン様のおっしゃることに従うだけです」
「君は本当にどうかしてるな」
「ありがとうございます!」
なお、アキラにほめたつもりはなかった。
脱出劇に劇的なことは何もなく、ただの脱出でしかなかった。スレイがエレンのお使いで城下へ出ることはよくあることだった。城内でのみ使用されている女中服も顔パスならぬ服パスで、下働きが使用する出入り口からあっさり出ていくことができた。城下に入る前にスレイの私服に着替え、脱出は完了だ。
図書室で調べてはいたが、実際に見て実感する。城下は城内よりもケモケモ率が高かった。スレイのように部分的に犬猫他の動物のパーツを持つ者から、全身毛むくじゃらまで、割合はそれぞれだ。内心まで見ることはできないが、市井の人々は獣具合で差別しているようには見えなかった。
城下の様子はさておき。スレイが案内したのは、スレイの財の運用をまかせている、いわく、信用している友人のところ。
「やあ、コリー。今日は頼み事があってきたんだ。急ぎの用なんだけど、頼めるか?」
コリーと呼ばれた男は、スレイよりもずいぶん獣寄りでもっふりしていた。犬で言えば長毛種。とても毛艶がいい。
「内容による。オレでできることなら、助けるさ。報酬を取りそびれることはないからな」
もふもふもといコリーは二人を応接室へ案内した。
「今日はずいぶんな美少年を連れているな。姫様の犬になって久しいが、鞍替えか?」
「俺は今でも変わっていない。それで、頼みごとの話だが、」
「茶も出していないのに、本当に急いでいるんだな」
「最初からそう言っている」
エレンに対するかしこまったスレイの態度は、コリー相手には出ていない。それがスレイの素の状態なのだろう。
「わかったわかった。まずは聞くよ。頼みってのは何だ?」
「この“美少年”を外へ逃したい」
コリーの言葉を借用したとは言え、迷いなく美少年と言うスレイの中身は何ら変わりなかった。
「聞くからに、訳ありやばいやつだな」
「あぁ。迷惑をかける。預けている金はすべてお前のものにしてもいい。……いや、少しは路銀にしたいが」
「ふーん。結構な金額だぞ、知ってるだろ。お前がご執心の“姫様”関係でもないと、っていう金額じゃないか?」
「ひ、姫とは関係ない、ぞ!」
スレイはあからさますぎるほど動揺していた。
「お前、本当に嘘つけないな」
コリーはアキラよりもスレイのことを知っている。アキラは嘘をつくなとスレイに要求したが、もしかすると必要ない要求だったのかもしれない。
「とうの美少年から、よろしいですか?」
「すげえ声してるな。オレも耳はいいから、聞こえてる。無理に大きな声を出さなくても大丈夫だ」
「助かります。言いたいことは二つ。懇願と脅迫です。私も命がかかっていますから、どうかお願いします」
首は、今はストールを巻いて隠していた。緩めて絞殺の跡を見せる。“命がかかっている”はそれで十分に伝わるだろう。
「二つ目の脅迫の前に、スレイ、確認なんだが、エレンはおおやけにされていない“姫”じゃないか?」
「っ!? ……はい、そうです」
「エレン? 確かにオレも知らないな、エレンなんて名前の王族は。そういえばお前から“姫”の名前を聞いたことがないぞ。訳ありやばいやつか?」
「はい、訳ありです。なので、下手に私を城に突きだそうものなら、かえって何故知っているのかと問われ、場合によっては情報がもれないようにされるかもしれません」
「なるほど、脅しだ。いいだろう、オレは友人が急いでいたから連れごと送った。そういうことにする。運がいいな。明日に仕入れに出ようと思ってたんだ。今から行こう」
「助かります。主に私の命が」
「なかなか言うな、美少年。ところでお前、“姫”なのか? 美少年なのに」
「えぇ、訳ありですから」




