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転生したら殺人事件の被害者でした 3

 謁見の間で玉座に座っているわけでもなく、王は書類の確認と大臣や有識者との対話に忙殺されていた。エレンの名を出すと、すぐに人払いされたが。

「喉を痛めてしまったようで、このような声ですみません。まだ体調もよくないのですが、無事な姿を愛するお父様に見ていただきたくて参りました。記憶が混濁していまして、思い出せないことも多いのです。お父様に愛されていたという事は憶えているのですが」

「おぉ、エレンよ……。たしかにまだ顔色がよくない。まずは体調を優先するといい」

 慈愛の抱擁からは、麝香のような香りがした。

「はい、ありがとうございます。休ませていただきます」

「うむ。ただ、“神官”にも無事を伝えておくように。礼拝の間でずっと祈りを捧げておる。昨夜のことは、ほとんど誰も知らないが、ここにおらぬものでは、あとは“神官”だけが知っておる。無事を伝えてきなさい」

「はい」

「お前が無事だとなれば、これはもうなかったことにしてしまう。昨夜のことは忘れるように」

「はい、わかりました、お父様」

 謁見はアキラが想定していたよりもすぐに終わってくれた。一箇所、行くところが増えてしまったが。

「では、礼拝の間へいきましょうか」

「はい」

 城内の構造は、少しは記憶が残っているが、おぼろげである。そこはスレイがフォローしてくれた。

「“神官”とは? 神官の意味を問うているのではなく、誰か?という意味だ」

「毎夜の祈りのためにエレン様のお部屋にいらっしゃっていた方です。殺されているエレン様を見つけた方です」

「第一発見者か。名前は?」

「名は神に捧げているため、ただ“神官”です」

 名前を思い出せなかったが、そもそもなかったようだ。

 礼拝の間は、荘厳ではあったが、広くはなかった。王族が礼拝をする場で、使用者が限られているため、広さを必要としないのだ。

「あの人?」

「そうです。彼が“神官”です」

 祭壇の前に、膝を付き、頭を垂れていた“神官”が、ハッと振り返った。

「エレン様!」

 “神官”は立ち上がろうとして、よたよたと転びそうになっていた。長時間祈りを捧げていたのだ。椅子によりかかりつつ、近づいてくる。

「一命をとりとめたと聞いていましたが……あぁ、あぁ……」

 アキラの足元にひざまずき、嗚咽を漏らす。どうも芝居じみて見えたが。

「顔を上げてください。……けふっ、このような声ですみません。まだ無事でないところもありますし、記憶もあやふやなところが多く、その時のことも思い出せないのです。すぐにでも休ませてもらおうと思っているのですが、貴方が心配していると聞いて、顔を見せにきました。今夜の祈りは、お休みします」

「はい、わかりました。どうぞ、お身体を第一にしてください。今日はエレン様の分まで私が祈りましょう」

「ありがとうございます。すみません、まだ調子がよくないもので。失礼します」

 ここでも体調不良を言い訳に最低限で引き上げる。

「お部屋に戻りますか?」

「調べごとをしたい。書物が読めるところは? 調べたいジャンルがばらついているから、広い範囲のものが読みたい」

「承知しました。では、図書室へ参りましょう。ご案内いたします」

 スレイの先導に続く。

 ミステリ小説であれば、第一発見者に証言を求めているところだが、何が起こっていたのかはすでにわかっている。“何故”に確証を持てるだけのこの世界のものさしを知り、最善を考える。それがアキラにすべきことだ。

「エレンは、図書室を利用していた?」

「はい。調べごとではなく、物語を読むためでしたが」

「図書分類の90ばかりってことか」

「はい?」

「こっちの話だ」

 図書室は城内にあるもので、利用者は限られているが、書物の収集と保管を兼ねているため、十分に広かった。入口付近に大体の分類の配置が書かれていた案内板が貼りつけられている。アキラのよく見る分類とは異なっていた。

「このあたりばかり?」

 案内板の文学のあたりをくるりと示す。

「そうですね」

「それ以外は」

「……かくれんぼの時くらいでしょうか」

「なるほど」

 アキラは分類から目的の情報の目星をつけて、本棚の合間を進む。

 目を走らせる。やはり文字は読めた。本も問題なく読めるだろう。

 本棚の背表紙をなめていく。タイトルから当たりをつけ、本を抜き出す。ピンポイントで欲しい情報を探し出すことは、アキラにはできないが、数を当たればどうにかなる。

「私も探しましょうか?」

「今回限りのことだ。自分で調べたほうが早い」

「…………」

「…………」

「ところで、そろそろお食事を。昨夜から何も食べていませんよ」

「そういえばそうだったな。昨日のことを時系列を教えて欲しい」

「お食事は……」

「もう少しで調べごとは終わらせる」

「わかりました。昨日のことですね。昨日はいつもとさして変わらぬ一日でした──」

 エレンは昼食後、体調がすぐれず部屋にこもって休んでいた。その時はスレイがずっとそばについていた。夕食は不調を考慮して軽いものを。湯浴みの後は、夜の祈りの時間だ。一日の無事を感謝し、明日の平穏を祈る時間。スレイは、その時間は席を外す。スレイが“神官”を呼びに行き、“神官”がエレンの部屋を訪ねる。その僅かな時間に、事件は起こった。“神官”が血相を変えてスレイを呼んだ。『エレン様が死んでいる』と。すぐに王まで知らされ、王の嘆きを魔術師が叶えようとした。復活の儀式は夜通し行われ、夜明けのころにエレン(アキラ)は目覚めた。

「犯人は捕まっていないのか?」

「捕まっていません。机の上が荒らされ、窓が開いていたため、強盗ではないかと。私がエレン様のそばを離れたばかりに……」

「ふーん。王は徹夜でそのまま仕事か。“神官”も、徹夜でお祈りかな」

「そうですね。熱心な方ですから。生まれたときよりただ一途に神にすべてを捧げていると聞いています」

「そうか。あぁ、食事だったな。そんな時間か?」

「昼食にも遅い時間でございます」

「じゃあ、夕食時がチャンスだな。スレイ、少し内緒話だ」

「はいっ!」

「声が大きい。図書室は静かにするものだろう」

 嬉しそうなスレイを近づけさせ、カスカスの声をさらにボリュームを抑えて伝える。

「出奔する。君はどうする?」

「お供します。私は、貴方の従僕です」

 間髪入れず返ってきた答えは、予想通りのものだった。

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