ようこそヨーク! 2
地に設計図を焼き付け、建築物を建造するのは、今は失われてしまっている建築手法の一つだった。高い魔法の技術や建築の知識が同時に必要となるため、簡単に行えるものでもない。一度建ててしまえば、素材と魔力でメンテナンスが行えるため、こうして千年単位で保てる建築物になるのだ。すべての記録にその技術は記録されているが、技術と知識が必要なため、アキラは知ることはできても一から作ることができない。なお、モンタギューとヘイウッドの魔王城が似ているのは、設計図を使いまわしていたからである。
「魔法の技術も高く、建築の知識もあり、政治の手腕もあったなんて、魔王はすごかったんだな。できるから候補に上げたんだろうが、魔王城の再生は、私でできるのか? アレクサ」
可能。アキラの魔力量はこの世界では人並みだが、すべての記録とつながっているため、魔力を引っ張り出す経路がある。
「そのチート、はじめて聞いた」
“私”は案内人でしかない。問われなければ、答えられない。
「他にチートみたいなものはあるのか?」
ある。
「……必要になった時に教えてもらうから、言わなくていい。私に世界を救う義務はないだろう。静かに生きたいだけだ。知ってしまうとなにか物語が始まってしまう。聞かないと言わないんだろ、お前は。自ら伏線は張らない! フラグ立てない! もう伏線張られてフラグ立った気はするけど! できるだけ後ろ倒しにして!」
ヨランダに断って屋敷内を見学していたアキラは庭園に出た。屋敷の裏手は湖畔で、湖に向かって座るベンチセットも備えられている。座ってみた。ヨランダがひざ掛けを持ってきてくれた。陽光は十分に暖かいが、風は少しヒヤリとしている。ひざ掛けはちょうどよかった。
『ハーブティーでよければ、お茶をご用意します』
「ありがとう。じゃあ、お願いするよ」
ヨランダは花壇からぷちぷちハーブを摘み取っていった。フレッシュハーブでハーブティーを淹れてくれるようだ。
しばらくしてヨランダはティーポットを持ってきた。
『こちらは花の蜜でございます。甘みにお使いください』
「ありがとう」
今回は香りを楽しむため、蜜は少し飲んでから入れることにした。
「食事も出してくれるのかな?」
『はい。空腹でしたら、今からでもご用意できます』
「今はいい。ここは、ながらく誰も来ていないようだけど、食材はどこから?」
『敷地内で採れるものだけです。そのため、制限はあります。申し訳ないです。このとおり、湖がありますから、魚が捕れます』
応えるように、魚が跳んで波紋を作った。
『獣は、うさぎ、鹿、イノシシ等がいます。野生化した鶏もいますから、卵も採れます。菜園もありますから、時期によりますが、もちろんお野菜も。野草やきのこや木の実も採ります。乳を取るような動物はいないので、乳製品はありません。調味料も、塩とこのような花の蜜くらいしかありません。その中ですが、できる限りのおもてなしをさせていただきます』
獣として上げたうさぎ他は、アキラの知るそれとは厳密には異なるのだが、重要な要素ではないので、アキラの知る名称を以降もそのまま使う。
「ありがとう、十分だよ」
『どうぞ、ごゆっくりお寛ぎください。御用があれば、いつでもお呼びつけください。すぐにわかりますから、すぐに参ります』
時折広がる湖の波紋を見つめ、アキラはつぶやく。
「はー……社会性擬態耐久値が回復する……。あー、そもそも使いたくない……」
食事はたしかに物足りない部分もあったが、十分に工夫されており、おいしかった。
風呂はハーブが沈められ、ベッドも清潔でふかふか。書物だけは時間の経過に耐えられず朽ちてしまっていたが。
「あぁ、寝具も設計に組み込まれているのか。魔王城では厨房に調理器具が組み込まれてたな。……魔力次第で常に清潔に保てるのか」
至れり尽くせりであった。
もういなくなってしまった他人の屋敷を別荘代わりにしていいのか。アキラは疑問に思っていたのだが、アキラが使っても使わなくても何も変わらない。むしろ、
『私は人形でした。今は、この屋敷を保つために焼き付いた残り香のようなものです。少しずつ存在は薄れていくのですが、ずいぶんと久しぶりにお客様が訪れたため、いくらか存在が強固になりました。消えそうと思っていたのですが、踏みとどまれました』
ヨランダの存在強化の役には立っていた。
「君の存在が永らえることは、そもそも喜ばしいことなのか? 君は、感情があるタイプの人形?」
『私に感情はありません。アキラ様のお世話をして、久しぶりに私に意味がありましたが、それに対して私が思うことはありません。私はただ、主の命令のため、ここをながらえさせたいという使命のみでここにあります。使命感と言いましたが、それにも何ら感じるものはありません。私はただ主の命令に沿うように作られた自動人形というだけです。私は私の意味に無関心です。感じることがそもそもできません。意味を見いだせるのは、それを観測した貴方だけです』
「観測は常にされているけど、まあいい。ここは社会性擬態耐久値を回復させるのにちょうどいい。いいように利用させてもらうよ。また来る」
『はい、いいようにご利用ください。お待ちしております』
すべての記録も、そのうち使用料金の請求が来ないかと思っていたが、この屋敷のヨランダのように、アキラが使っても使わなくても何も変わらないのだ。魔王城再生のための魔力も、人の身には膨大ではあるが、世界的に見ればほんの僅かなもの。世界の代謝の妨げになるほどではない。人の営み程度は些細なものなのである。
「すべての記録のリソース自体は些細でも、それを使用した結果は人の世界に影響を及ぼしかねないと思うのだけど、そこはいいのか? アレクサ」
この世界を壊すようなことはしないと判断されている。アキラが関わる人の人生が狂ったとして、それは人の営みのうちである。
「そりゃ、めんどくさいことはしたくないもの。やろうと思えばできる、とは思っているけど」




