ようこそヨーク! 1
ようこそヨーク! 2分割
「秘密裏に進めた家出計画のときより疲れた。アレクサ、誰もいないところで休みたい。最低限文化的な生活ができるところで」
いくつか転送陣を超えた先に、ユリシーズという魔術師が隠遁していた屋敷がある。
「隠遁していた? そのユリシーズって魔術師はもう亡くなっている?」
1473年前に死んだ。
「廃墟どころか痕跡も残ってないんじゃないか? それ」
大地に設計図を焼き付け、魔力でもって維持する建築のため、メンテナンスをする者がいれば保つことができる。魔王城も同じように建てられている。魔王城再生のために見ることを勧める。
「学びをねじ込んでくるあたり、学校の遠足みたいだ」
転送陣を使うのでアキラにはハイキングレベルでしかなかったが、実際には山奥も山奥である。いくらか道なき道を歩いた。開けたと思えば、立派な洋館が建っていた。かつてユリシーズ・ヨークという人物が住んでいた屋敷である。理想的ではあるが、実現にはコストパフォーマンスが悪すぎると思う隠遁生活だ。
「千年以上建っても建築のデザインってかわらないんだね、アレクサ」
神の手で調整が入るため、建築に限らず、この世界で大きな変化は起こりにくい。
「ずいぶんきれいに残されている。陣を使えないから、長い間誰も足を踏み入れてなかったのではないか? アレクサ」
自動人形が保ち続けている。自動人形だった物、という方が正しい。物質としては朽ちているのだが、その残滓が今もなお残り続けている。かつての屋敷の主が命令したとおり、この屋敷を保ち続けている。
「それでも老朽化はするものだろう。まさかハリボテ?」
修繕され続けている。地に屋敷の設計図が焼き付いているので、素材と魔力の補充で保つことができる。魔王城と同じだ。
「自動人形のガワは朽ちさせてしまったのに、屋敷は保てるのか?」
物質的な身体を持たない方が屋敷を保つことに便利だと判断したため、アキラのいう“ガワ”は捨てられた。
「身体がない方が便利なのか。お手伝いロボにはお手伝いロボのやりやすさがあるんだろうな。じゃあ、お邪魔します」
規則正しく異なる色が埋め込まれている石畳は、見える範囲では破損しているようなことはなかった。歩く者の目を楽しませるように花が植えられ、先程、鬱蒼とした道を抜けてきた思えない華やかさだ。
空気のゆらぎ、あるいは熱。気配と言うべき何かが近づいてきた。お手伝いロボ──ヨランダと名付けられた自動人形の残滓である。ヨランダは話しかけているが、物質を持たず、アキラには聞こえていない。
「少し待って、ヨランダ。アレクサ、ヨランダを可視化して。伝えようとしていることもわかるよね? 通訳して。こっちからは伝わる?」
投影。
発声機能欠如で音を出すことはできないが、敷地内に感覚器があるため、伝わっている。
可視化しても、ヨランダはぼんやりとしていた。人の形を真似た何かだ。どこでも呼べるように、ヨランダの感覚器は屋敷内に点在している。物質としての身体があった時は、ヨランダはそこにいたが、今はガワが朽ちてしまったため、存在する座標も曖昧なのである。
「待っていてくれてありがとう。私はアキラという」
『いらっしゃいませ、アキラ様。申し訳ないのですが、この屋敷の主はもう戻りません。ですが、お客様は主がいなくても歓迎するようにと言いつけられております。主のお客様でしょうか?』
ヨランダの言葉は、すべての記録へ記録後すぐに“私”から出力されている。人にはわからないほどのタイムラグはある。同時通訳とかわりはない。
「アレクサ、客を名乗ってもいいのかな?」
問題ない。魔王城再生の参考に見学したいという理由で十分だ。
「ユリシーズさんのことは残念だ。私は、この屋敷を見学したいのだが、客として迎えてくれるかな?」
『はい、承りました。改めて、ようこそおいでくださいました。私、このヨークの屋敷を維持しています、自動人形のヨランダと申します。何なりとお申し付けてください』
ヨランダはペコリとお辞儀らしきものをした。




