転生したら殺人事件の被害者でした 2
アキラの推測はあたっていた。少し予想を超えていたが。まとめると、こうだ。
エレンは殺人事件の被害者だった。
エレンは“姫”である。国王の子という意味で。『ご立派なご兄弟がいらっしゃる』ため、王族にありがちな、王位継承だとか政略結婚だとかという話に縁はなく、王に溺愛されて育った。軽い軟禁にも思える生活は、箱入りという言葉でマイルドにしておこう。
蝶よ花よと育てられたエレンだが、昨夜、何者かに殺された。首に指の跡という明らかに絞殺の痕跡があった。王は狂わんばかりに悲しんだ。生き返らせることはできないか、我が生命と引き換えにしてでも、と。魔術師は応えた。そして儀式は行われ、エレンの身体にアキラが入り込んだ。
そういう経緯らしい。
アキラの記憶とは、まったく一致していない。それどころか、アキラの知るどの国・地域とも一致していない。そもそも、獣じみた特徴を持つ人種など知らない。人格や魂が乗り移っただけでも信じがたいというのに、これはつまり異世界転生の類ではないだろうかと、信じがたいながら着地するしかなかった。
「夢物語ですが、変化球ミステリでもありますね、それは」
「みすてり、とは? それは何でしょうか?」
「ミステリとは、神秘や不思議の意味ですが、今言ったミステリはミステリ小説のことで、殺人事件などの謎が提示されて、それを解決するという物語のジャンルです。ところで、もう少し先に聞いておくべきでした。聞いて意味のあることとも思えませんが、貴方はどれくらい信用できるのですか?」
「私を信じておられないのですか?」
「お互い様でしょう、それは」
アキラの今の姿は、スレイが信頼しているエレンだ。しかし、アキラにとってスレイは初対面だ。スレイはエレンの姿に引っ張られて信用しているのだろうが。
「私は! エレン様を信じております!」
「中身がエレンではありませんよ」
「私は貴方の血肉に身を捧げております!」
「え、なにそれ怖い」
やっと指先にまで血が通い始めた。危機感を覚え、毛布を奪うようにスレイから身を剥がす。距離を置くと、スレイの琥珀の瞳にみるみるうちに涙が溜まっていた。
「この首輪は、」
言いながら、スレイは己の首にまきつくの金に触れた。浅黒い肌に映える金は、首輪と言っているが、装飾品のように見えた。
「貴方の血によって私を貴方に従属させています。エレン様によると、“触れればわかる”そうですから、触れてご確認を」
「えぇ……。この毛布、床にひいて。その上に伏せて、手は頭の上で組んで」
「そんなことをしては、何もできなくなってしまいます」
「それが目的だ。はいそうですかで信じられるほど私はお人好しじゃない。その首輪に触ってほしかったら、伏せろ」
「わかりました」
アキラの言う通りに、スレイは伏せた。手を後頭部で組んで。アメリカの刑事ドラマであれば銃を構えて近づくところだが(アキラのイメージである)、そんなものは持っていない。わさわさとスレイの尻から生えているしっぽが揺れていた。気が散るが無視してスレイの首元の髪を払い、触れた。
──“理解した”。それにはエレンの身体の血が通い、スレイの深くを握っている。取扱説明書がインストールされたように、イメージが飛び込んできたのだ。
「わかった。それは魔法のアイテム?」
「はい。遺跡から発掘された、伝承されていない魔法技術によって作られた物です」
「いかにも貴重な魔法のアイテムを何故? それとも、技術は失われているけど、量産されて、たくさん残っていた?」
「現存する物では、唯一無二の貴重なものです。発掘したのは私です。私は鼻も利きますから。えぇ、私がつけているのは、王が貴方につけようとしたので、とっさに。それ以来、私は貴方の従僕です」
「なるほど、君も父もやべえってことはわかった」
「理解していただけて嬉しく思います」
聞いているが、聴いていないな。アキラは思った。
「その喋り方が貴方の本来ですか?」
「あぁ、いいよもうめんどうだから。君が私に従順なのはわかったから、取り繕わなくてもいいことはわかった。それで、その首輪の解除方法は?」
「いけません。私が外したが最後、次は貴方の首にハマるかもしれません。それだけはどうしても譲ることはできません」
「本音は?」
「従僕でいたいのです。この状態は……大変に、心地よいのです……」
隠しもせず恍惚としている。スレイの本来の気質なのか、首輪のせいなのか、どちらにせよやべえやつだ。
「わかった。君はその従順で、私に嘘をつける?」
「そのように命じていただければ」
「じゃあ、私に嘘はつかないで。保身のための隠し事なら、まあいい。首輪は、今は解除しないから、その方法だけ教えて」
「双方の合意と血液で解除できます」
「なるほど、君の同意がないと解除できないのか」
「唯一許された私の意思です」
スレイから同意を得るのは難しいだろうということはわかった。この件は一旦保留だ。
片付けなければいけない問題は──。
「エレン様、身体が温まったようですので、お召し物を。王へ無事を伝えに行きましょう。……エレン様、ではないのですね」
「今はエレンでいい。今はエレンのふりをする。エレンの人物像は?」
「エレン様はお優しく、純粋無垢な方でした」
過去形の言い方は、もうエレンがエレンでないと認識してしまったからだろう。
優しく、純粋無垢。
「アホだったの?」
「いえ! そんなことは! お勉強はあまり得意ではありませんでしたが、とても慈悲深い方で……」
スレイはあれこれ言葉を並べたが、“賢い”という類の単語は一つも出てこなかった。アホは言いすぎだったとしても、賢くはなかったようだ。頭が弱いというべきか。
スレイに対して、アキラはエレンに関する記憶がないふうに装ったが、まったくのゼロでもなかった。まず、言語能力は残っていた。目覚めてまだわずかな時間しかたっていないが、その間に目に入った文字も自然に読めた。日本語ではない言語であるにも関わらず。そして、時系列まではわからないが、少しはエレンの記憶もあった。目覚めた直後は状況が把握できずにいたが、やっとデータのロードが追いついてきた。
「それで、お召し物ですが……。まだ首に跡が残っております。首元まで覆うものをご用意いたします」
と、スレイは顔が映せる大きさの手鏡を見せてくれた。たしかに首に巻き付くように跡がある。スレイが見せたかったのはその首に残った跡なのだろうが、アキラはその上についているもの──顔に目が引き寄せられた。同じなのは、髪の色と顔のパーツの数くらい。形も位置も、アキラとはまったく異なっていた。幼さの残る柔らかな曲線のフェイスライン。まだ血の気が戻りきっていない肌は、かえって人形めいて儚く見せた。完璧に配置された目鼻口。長いまつげに囲まれているのは、紅玉のような赤い瞳。黒髪と白い肌の中では、鮮烈な輝きだ。アキラの目には見目麗しく映ったが、それがこの世界での価値観と一致しているかはわからなかった。
「すぐにお召し物をご用意いたします。お待ちください」
「ありがとう。そういうことも、すべて君が?」
「はい。エレン様の生活のすべてを補佐しております」
スレイはエレンの体を温めるために脱いでいたシャツを再度身に着け、いそいそと衣類を見繕いにいった。
その間に、アキラは考える。選ぶべき最善の行動を。
実のところ、どのように殺人が行われたのか、記憶は残っていた。ただ、“何故”を裏付けるには情報が足りなかった。この世界初心者のアキラには、圧倒的に情報が足りていないのだ。
「お待たせいたしました。こちらはどうでしょうか?」
スレイがいくつか候補を見せてくれた。絵に描いたようなドレスである。比較的シンプルではあるが、ワンピースと気軽に呼ぶにしては、ドレス寄りだった。選べ、とのことだが。
「私はそういうことには疎いんだ。君がエレンらしいものを選んでくれ」
「わかりました。では、こちらを」
ワインレッドのドレスを選んだ。
「まだ顔色がよくありませんね。お化粧を」
「そこまでするのか。……まあ、そうか。顔色が悪いならそのままでいい。体調が悪いことにして、ボロが出ないうちに話を短く切り上げよう。記憶が混濁していてまだ混乱しているということにして。フォローを頼めるか?」
「はい、もちろんでございます」
まだ彼の人となりを知るには短すぎるくらいだが、どうもスレイは命じられることに喜びを覚える質のように、アキラには見えた。
「そんなに顔色が悪いのか。着替える前に身体を動かす、少し待ってくれ」
軽くのびをする。身体は思うように動く。まずは深呼吸から。
「……それは舞踊ですか?」
「ラジオ体操という。全身を使う運動になる」
固まっていた体をほぐし、スレイが選んでくれた衣類を身に着けた。首元はスカーフで隠された。