はたして魔王城は買えるのか? 2
ハチを小綺麗にして契約の場に連れて行った。厳つさは足りないが、少女漫画の主要キャラクタのようなアキラ一人よりはマシだ。
あらかじめ提示されていた金額は適正価格であったため(※アレクサ調べ)、その金額で話を進めた。値引いてくれようとしたが、適正価格だと知っていたアキラは断った。
「私はその金額が適正の範囲と知っている。下手に金額を増減させては、なにかあった時に言い訳を作りかねない。この金額の中には、お互いの責任の保証が含まれていると思っている。遺恨を残さないためにも、適正価格でお願いします」
本心ではあるのだが、つまりは貸しも借りも作りたくないだけである。金払いはよすぎても悪すぎても波風を立てる。だから、適正価格がちょうどいい。それが“適正価格”なのだから。
大工の斡旋もできると言われたが、大工は断った。その前段階の建築資材を扱う店は紹介してもらった。
魔王城跡地に魔王城の記憶をもとに再現する。大地の力のみで再現することも可能だが、いざという時のために大地の力は節約しておきたい。
資材の発注内容は“私”が試算した。運搬も含めて適正価格で発注をかけた。即日とはいかないが、一ヶ月ほどで揃えるということで成立した。急いては事を仕損じる。確実に動こう。
(自称)最低限の社会性を持っているとは言え、人間嫌いにとって、適当に済ませられない人間とのやり取りは非常に疲れる。これで魔王城の再現の八割は済んだようなものだ。資材が揃うまでの間、一稼ぎしておこう。
一仕事終えた。まずは宿に戻る。
「女将さん、もう一部屋一ヶ月借りたい。彼が泊まる」
「お連れさんかい? 二人部屋に移ってもいいよ」
「そういうのはいらない」
「そういうのってなんですか!?」
静かに付いてきたハチが崩れるようにすがりつく。
「うるさい、邪魔。そういうところだ。私はしばらく出るから、私の部屋は今晩まででいったん精算したい。これの一ヶ月分は先払いさせてほしい。いくらだろうか? この後銀行に行くから、手持ちで足りなければついでに下ろしてくる」
「そうかい。わかった、ちょっと待っておくれよ。あんたの一週間と、お連れさんが一ヶ月だね」
宿の女将が計算しているのを待っていると、全身でしょんぼりしているハチがすがるような目で見てきた。アキラは無視した。アキラの人間嫌いはそう簡単に絆されないのである。
「アキラ様、事情を聞かせていただけないでしょうか。積もる話なども聞きたいです」
「積もる話はないよ。事情は話そう。女将さん、いくらかな?」
「こっちが、一週間分で、こっちが一ヶ月分だ」
出されたメモ書きの金額は手持ちで十分に払えた。
「あっ! 宿代くらい自分で持ちます!」
「いいや。これは雇った私の懐の範疇だ。君には留守番を頼みたい」
「るすばん……?」
宿代を払ってしまう。
「はい、お釣り。痴話喧嘩は他所でやってくれ」
「私だって好きで貫一お宮像を再現したいわけじゃないよ。ハチ、望み通り積もる話だ。君たちがうざいから懸念を取り去って撒いて逃げた。道中、金を稼ぎながら定住地を探した。ここは候補地の一つだった。契約により確定した。以上だ。明日からしばらくもう一稼ぎするために出てくる。君はここに残って留守番をしていてほしい。土地を買って建材も注文したから、しばらく発生する事務作業を任せたい。以上が事情だ。じゃあ、私は銀行に行ってくるから、留守番をしていてくれ」
「私もお供します!」
「君に“待て”や“留守番”は難しいものだったのかい?」
「……できます」
「少し出てくる。留守番の詳細は後で話す」
アキラの邪魔にならないハチの運用について考えねばなるまい。
「お兄さん、やめときなよ。全然脈ないし、しつこい男は嫌われるよ」
なにか大変な誤解が生まれていた。
「アレクサ、ハチの執着はどこからきてるんだ?」
従属の首輪を長期間つけていたことにより、すでに脳はそれが正常だと刻まれている。特定の人物の命令を聞くことが快楽だと。当人の性質もあって、今の状態だ。
「長年って、どれくらいだ?」
4年。
「長年って言うほどでもないように思うけど、脳に刻み込むには十分そうではあるな。あの王様、小学生男子に手を出していたのか。クズだな。いや、この世界では有りなのか? アレクサ、……やっぱりいい。嫌な記憶は掘り返さないに限る」
知りたいことを何でも知れることは便利だが、知らなくていいこと・知りたくないこともたくさんあるのである。うまく扱わなければ、デメリットも大きい。
「なんのために首輪を外したと思ってるんだ……。アレクサ、死ぬ殺す以外で諦めさせる方法は?」
ない。
「すべての記録すら諦める執着、とは」
アキラは最大級のため息を吐いた。初めて│すべての記録の予測精度を100%から落とさせただけのことはある。
「口先でどこまで軽減できるかな」
銀行までの足取りはすでに疲労がまとわりついていた。
魔王城跡地買い取りの契約のため、個人にしては大きな額を動かした。銀行には話を通しておいたが、念のため問題なかったのか確認だ。ゴルゴ13好きの渋沢栄一(仮)がどこまで銀行のシステムを作り上げたのかアキラは知らない。聞いたところで、元いた世界でも普通預金の口座を利用していた程度のアキラには、詳細を知ったところでどこまで理解できるかも怪しいところである。
この街のスイス銀行の支店に入ると、すぐに気づいた従業員が『こちらに』と別室に案内してくれた。目立たずひっそり静かに生きたいと思っているが、この顔はインパクトが強すぎる。
別室では茶を出された。いかにも上役が対応してくれた。
「今回の取引に問題はなかったか聞きたい」
「今回のお取引、ありがとうございました。はい、問題ありませんでした。せっかくお越しいただいたので、今回は──」
「待って」
パンフレットが出されるが、アキラは止める。
「今回は大きなお金を動かしたが、今のところこれ以上の予定はない。今後は、最低限の生活費を出入金するだけしかここに用はない。お得だろうが損だろうが、これ以上のサービスは必要ない。また大きなお金を動かす時は相談する。そのパンフレットはしまってくれ」
「そうですか。では、今後もご贔屓ください。他にご用件はありますか?」
「生活費を下ろしたいけど、それはわざわざここでやってもらうことじゃない。あぁ、そうだ。私の口座を私以外が制限をかけて使えるようにできるかな? その機能があるなら知りたい」




