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魔王城を買おうと思います

「魔王城跡地」

 アキラはつぶやく。

「はい。一周回ってがっかり観光地として有名になってしまいました」

 不動産会社の担当者であるメイナードはがははと笑う。

「観光地を売っていいのか?」

「持ち主も持て余していますから。見ての通りですよ」

 魔王城跡地は、街を見下ろす丘の上にあった。残っているのは文字通り、名ばかり。痕跡は何一つなく、ただの野原である。どうにか看板が立っているだけである。

「そもそも魔王城なのに魔王でない持ち主がいるのか?」

「かつて魔王に仕えていた祖先に魔王城が下げ渡されたそうです。有効な魔力付与の契約書も、まだ残っています」

「譲渡できるのか?」

「はい、手順を踏めば」

(アレクサ、合ってる?)

 相違なし。

「ありがとう。あまり詳しくないので、助かるよ」

 かつて、魔王がこの大陸を統べていた。といっても、ここにあった魔王城は別荘のようなもので、かつての魔王城(本宅)は別のところにある。記録すら残っていないものもあるくらい(すべての記録(アカシックレコード)には残されているが)、小規模の魔王城(別宅)は各地にあった。モンタギューという名の街が有する魔王城は、名を残すのみである。

「もう少し見ていきたい。メイナードさんは交渉の準備を頼む」

「かまいませんが、お一人で?」

「立ち入りは制限されているかな? 一人で帰れる」

「わかりました。では、準備は進めておきますので、後ほど事務所にお立ち寄りください」

 メイナードを見送った。

 準備とは、魔王城(跡地)の売買契約のためのものだ。案内してくれたメイナードは仲介者だ。双方の要求をすり合わせるために奔走してくれている。といっても、メイナードいわく、魔王城は便利な立地でもなく、城という建造物がなくなってしまえば無用なもの。跡地を、金をもらって手放せるなら願ってもない、と持ち主は言っているそうだ。

 ただ、懸念はある。道中に引き取り手のない財を掘り起こして、向こうが提示した金額は十分に用意がある。銀行に依頼して証明してもらってもいい。金は、どうにかなるのだ。問題は、アキラの身体である。あまり鏡を見る習慣がなく、周囲の反応も極力見ないようにしているが、この身体は変声期のころの、まだ美少女と見紛うほどの美少年なのである。青年に差し掛かってきたと思ったのだが、改めて鏡を見たが、まだ美少女がいた。冷やかしと思われていないか。なめた態度を取られないといいのだが。毅然とした対応をしているが、この身体はあまりに厳つさが足りなかった。あやしさがプラスに働く占い師にはちょうどよかったのだが。

「今だけいかつい従者がほしい……。今から調達は遅いか。アレクサ、こんな若いのがこんな大きな買い物をしていいのか? 未成年は保護者の同意が必要だと今更言われても困る。そのあたりも加味してここを候補地にしているんだよな?」

 この国では16歳から成人だが、14歳から准成人として扱われる。今、アキラの身体は15歳だ。自分の口座からであれば問題はない。

「あとは相手の出方次第か」

 もう魔王城の痕跡は、名前と記録にしか残っていない。一見すれば。今は失われてしまったが、建築の一つの手法で、地に設計図を焼き付け魔術でもって建造するのだ。今も設計図は焼き付けられたまま残っている。適切に魔力と素材を使えば、建造は可能なのだ。地はまだ魔王城の記憶を刻んでいるのだ。

「アレクサ、地に設計図が焼き付けられているって、極端な話になるけど、地殻変動起きたらだめにならないか?」

 神の調整に寄って大きな地殻変動は起こらない。それでも、雨風の侵食はある。だが、設計図が焼き付けられているのは単純なXYZ軸に対してではなく、訓練のない者には認識できない軸に対して書き込まれている。大きな地殻変動には耐えられないが、多少の侵食程度ならば影響はない。

「アレクサ、魔王城の記憶を可視化できる?」

 視界に重ねて表示することが可能。

AR(現実拡張)ができるんだな。出して」

 投影。

 視界に魔王城がそびえ立った。

 と、いうほどの大きさはなく、それでも邸宅や豪邸といえる規模だつた。

「アレクサ、これが地に焼き付いてる設計図で再現できるもの?」

 いいえ。すべての記録(アカシックレコード)の記録も足している。

「再現できる状態で見せて」

 ──投影、調整完了。

 細部まで再現されていた視界の魔王城は一部装飾品が消えて見えた。

 あくまで見えているだけだ。上階には登れないが、見てまわる。

「ここは厨房だな。アレクサ、調理器具も見えるけど、それも再現される?」

 見えているものは魔王城の一部として焼きつけられている。再現される。

「水や火は?」

 水脈は同じまま残っている。組み上げや濾過に地の力は必要だが、装置も再現される。火も、地の力を熱源とする装置が再現される。少しずつ地の力を使うため、魔力の充填で賄うことを推奨する。互換性があるため、現代の充填方法でも可能だ。

「丘の上なのに水を汲めるのか?」

 井戸は深く掘られている。そこから汲み上げている。

「水を通しにくい層の上に流れる水脈に当たる、だったかな。タモさんが言ってた。なるほど」

 再現魔王城は見えているだけで触れることはできない。一階部分しか見てまわれなかったが、十分に規模は知れた。一人で住むには広いが、拡張性があるということにしておこう。

「アレクサ、二階以上がガラッとかわったりしないよね?」

 見てまわった一階部分と大きく異るものはない。

「あとは実際に再現して住んでみないとわからないかな」

 魔王城という響きは怪しげだが、魔王は字面ほど禍々しいものではない。

 この世界のケモ分の現れ方は様々だ。魔王は“角”に出た。異世界人がその姿を見て魔王のようだと形容し、魔王が気に入って“魔王”を名乗るようになった。そのため、魔王の名前ほど魔王の意味合いはほとんど普及しなかった。

 この世界の人々には、魔王はただの名前にすぎない。魔王城も、アキラが覚える禍々しいおもむきは含まれていないのだ。


 いやな予想ほどあたってしまうように思うのは、バイアスがかかっているからだ。アキラは思った。つまり、相手の出方が最悪だった。

「まあ、我が家で代々守ってきた大事な土地ですからねえ」

 大事な土地を、身を切る思いで手放す。実はもうひとり希望者がいて、大切に思ってくれる方に買ってもらいた。そういうことをつらつら言葉を変えて喋っていた。本心はもちろん、“高く売りたい”である。あからさますぎて、メイナードもしらーっとしている。アキラはもっと白けていた。

「縁がなくて残念だ。メイナードさん、これは心付けです。成功時に仲介料と約束していたが、無報酬はあまりにもと思うので、受け取ってほしい」

 懐から封筒を取り出し、メイナードへ差し出す。貸しは作らないに限る。

「いえ、私の力不足ですみません。ありがたく受け取らせてもらいます」

「貸しを作るのは嫌いなもので」

「ご存知かもしれませんが、あの魔王城は双子の魔王城とも呼ばれており、もう一方が山を超えた向こうにあるのですよ。むこうでも売りに出されていたはずです。むこうの街の者へ紹介状を書かせてください。心付けはその料金ということで」

「あぁ、そっちも候補に入れていたんだ。助かる」

「あ、あの……」

 魔王城(跡地)の主であるミックは先程とは打って変わってオロオロ目を泳がせている。

「これは皮肉なんだが」

 アキラはにっこり笑う。

「信頼をなげうってケチを付けるのがお上手ですね」

 愛想笑いは疲れるので一瞬で消した。

「本当に残念です。ミックさん、お引取りください」

 振り出しには戻りきらなかったので、よしとした。


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