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神は賽を振らず、匙も投げない 2

 名乗ってもいないのに、彼女はアキラの名前を知っていた。“私”(アレクサ)が手を回したからである。

「何故、私の名前を知っているのか、聞いてもいいかな?」

 全幅の信頼を寄せていないので、確認する。

「はい。先ほど、神より神託(オラクル)が降りました。アキラという名の美しい少年が訪れると」

 彼女──カイラは微笑む。

「カイラさんはここの責任者かな?」

「責任者の一人です。今日は私が当番です。アキラ様も私の名前をご存知のようですけど、貴方も神託(オラクル)を聞かれたのですか?」

 すべての記録(アカシックレコード)は神の中にある。

「あぁ、(参照元は)同じだ。神託(オラクル)はそんなに頻繁に降りてくるものなのか?」

「神は必要があれば大きなことから小さなことまで正しく私達を導いてくださいます。私はずっと教会にいますから、何度も聞いています。熱心な方は頻繁に教会にいらっしゃいますから、その分、遭遇することも多いでしょうね」

 時の流れは不可逆だ。本当にその神託(オラクル)が最適であったのかを知る術はない。正しいと言い切れることがアキラには不思議なのだが、こうしてこの世界が維持されているのであれば、正しいのだろう。

「他にも聞いていいかな?」

「私でわかることであれば、お答えいたします」

「ありがとう。私は異世界人で、この世界の常識がまだわかっていないことも多い。カイラさんには妙な質問に聞こえるかもしれないと、あらかじめ断っておく」

「まあ、異世界から。それであまり聞かない響きのお名前なのですね」

「そうみたいだね。異世界人はどれくらい珍しいものなのだろう? 君の感覚でいい」

「そうですね、一生のうちに数人会えるくらいでしょうか。私は、アキラさんで三人目です。私の場合、今はこの街にいますが、数年で別の街に移るんです。教会では様々な人とお会いするので、多いほうだと思います」

 アキラはカイラの年齢も、この世界の平均寿命も知らないが、カイラには十年に一人程度の割合だろう。思っていたより多い。アキラは不慮の事故からの精神だけの転生であるため、事故の中に数えられるが、日本では年間8万ほど行方不明者届が出されている。0.1%でも80だ。その一部はどこかの世界に流れ着いているのかもしれない。

「正面には花が飾られているが、何故、花を? 私が知る教会は、神の像やシンボルが飾られている」

「花である理由は、この街の特産品だからです。もう少し詳しくお話しますね。神は存在しますが、物質として存在するわけではありません。偶像やシンボルにはなりえません。時々、描こうとする方はいらっしゃいますが、完成することは稀ですし、完成したとして、広まることもありませんでした」

 まず神が存在する場合、ベースとなる価値観が異なるのだろう。

「神の代用品をまつるのではなく、供物を捧げるための祭壇です。この街は温暖で花卉栽培が盛んなんです。魔法の制御をかけることで、いつでもどこでも育つ苗や種子も作れるんですよ。その魔法は農作物にも適用していますが、この街ではとくに花卉に力を入れています。郊外にはきれいな花畑もありますから、よければ見ていってください」

 観光案内までされてしまった。

「教会で捧げられているものを見れば、その街の特産品がわかるのか」

「えぇ。ただ、時間が遅いと下げ渡されるので、早めの時間がいいですね。ここでは捧げられた花は、誰でも持ち帰っていいようになっています。食品の場合はその場で直接振る舞われたり、教会で調理して提供することもあります。ちなみに、この残された花は、教会の裏で堆肥となります」

「無駄のないシステムだ」

 たしかによく見れば、花は花瓶にいけられているが、歯抜けになっている部分もある。

『これで信じる気になっただろうか?』

 頭の中に響く“私”(アレクサ)ともちがう声。神託(オラクル)だと、アキラは思った。

「アキラ様も聞こえていますか?」

 内容は異なるが、カイラも神託(オラクル)を受け取っていた。同意を求めるように、ニコリと笑う。

 否定することはいくらでもできた。アキラもまだほんの少しも理解していない魔法を使っただとか、皆が結託しているとか。だが、そこまでして嘘を信じ込ませてどうするというのか。そちらの方が不可解だ。アキラを騙そうとしているならば、この世界全てがアキラを騙しにかかっている。異世界人にそこまで価値があるという可能性──いや、可能性などと言う言葉を持ち出すと、いくらでも理由を作れてしまう。

「ああ、もうわかったよ。信用するよ。万が一騙してるなら、最後まで騙しとおしてくれ」

『疑り深いことは悪いことではないが、過ぎれば疲れるだろう。本意ではない』

「神の本意って、何?」

『安寧秩序』

「この世界がディストピアでないことを願っているよ。……あぁ、すまない。実質独り言だった」

「神との対話は、教会ではよくあることです。迷いは解消されましたか? 得るものはありましたか?」

 アキラは眉を歪める。

「別の方向に迷走を始めただけだ」

「この世界をつくり、維持するという偉大さが神以外の何に成し遂げられるか不思議に思います。異世界では、神の存在は確定していないのですよね? 貴方は神を信じますか?」

「定義と場合による」


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