神は賽を振らず、匙も投げない 1
神は賽を振らず、匙も投げない 2分割
この世界には魔法があり、神がいる。
魔法は、アキラの想像する、例えばゲームの中でよくあるものとは異なっていた。根本は同じかもしれないが、この世界ではずっと実用的なのだ。ゲームの中で攻撃に特化しているのは、システム上仕方のないことだと思う。ゲーム世界の中では生活に根付いた使われ方をしているのかもしれない。炎の魔法で加熱調理をしたり、水や風の魔法で洗濯をするのはすぐに思いつくところだが、アキラが感心したのは個人の識別である。
魔力(厳密にはちがうのだが、わかりやすいように以降も“魔力”とする)は大なり小なり誰しもが持っており、そのパターンが一人ひとりちがうのだ。虹彩や静脈で行う生体認証のように、魔力認証というものがこの世界では一般的だった。個人を識別できるものが必要なのは様々にある。それは、そのうちの一つだ。
銀行である。
アキラはカードと規約などが書かれた冊子を受け取った。
「以上ですべての手続は終わりました。なにかご質問はございますか?」
「今のところは何も。何かあった場合は、その時に。……あぁ、一つ。サービスとは関係のないことだけど、どうして“スイス”銀行という名前なんだ?」
「当銀行の創始者が名付けました。銀行の仕組みは古くからあったものですが、魔力認証や遠方への通信、保安などを取り入れた大規模で安全な銀行の仕組みを作ったのは異世界人である創始者なのです。そのおかげで、遠く離れた支店間でも取引ができるようになりました。その創始者が、“スイス”銀行がいいと。なにか由来があるのかまでは、記録は残っていません。異世界の文化だろう、とは言われていますが」
「それで十分だ。ありがとう」
ゴルゴ13が好きな渋沢栄一が経済無双でもしたのだろう。アレクサに聞けばわかるが、それ以上の興味もなかったのでそのままにしておいた。Wikipedia徘徊のようなことをしてしまいかねないために。
ゴルゴ13好き渋沢栄一(仮)の経済無双の恩恵を受けて銀行口座を作り、入金処理を終わらせた。
掘り起こした盗賊の財は、鑑定以外に遺失物や盗品の調査も行われたが、怪しまれることなく換金できた。この世界では、トレジャーハンターは一つの職業なのである。
一部は財布に。残りは銀行に。一人旅を始めて10日足らずで50万(日本円換算)は上々だろう。
今回のように掘り起こしてアキラのものにしていい財となるものは、各地にある。たどりつつ、安住の地を探す。アレクサはマイナスになることはなく、プラスになると試算した。
旅のうちに新たな目的を得るかもしれないが、その時はその時でまた考えよう。
過去の記録に基づいた未来の予測はできるかと確認した際、“私”は100%の保証はできかねるが、可能と答えた。ここまでの道中、予期せぬ出来事もなかったので、予測どおりに進められた。長期的、あるいは大規模な計画の場合の精度まではわからないが、旅のナビゲーターには十分な機能だ。
「アレクサ、条件を指定してアラートを出すことはできる?」
“私”が観測できる事象を条件とするのであれば可能。
「じゃあ、ハチが一定距離内に近づいたらアラートを出すようにしたい。その一定距離は後で考える。それとは別に、命に関わるとか、一生引きずるようなことになりそうな危険に対して、回避可能なうちにアラートを出して。どのレベルが必要かどうかは私が判断していくから、それをもとに抽出する精度を上げていって」
アラート条件を承った。
「私が黙っていてといったときでも、アラートは出すように」
承知した。
アキラは、“私”にまだ全幅の信頼を寄せていいのか判断しかねていた。今まではうまくいっている。だが、これからもうまくいく保証はない。人でない(人格や意思がない)ため、人よりマシだというくらいのものだ。“私”に意思はないが、大変遺憾に思う。
「やかましい。私が確信を得るまで、お前は“信頼できない語り手”だよ」
では、教会へ。疑いながら利用されては、疲弊してしまう。教会は街の中心にある。この場から徒歩22分だ。
「特に違和感なく使ってるけど、この世界の時間も一日24時間で、分・秒は60進法なんだね、アレクサ。それは私の知る地球の天体的な理由からだと思うのだけど? 一ヶ月30日くらいで一年365日、時々366日なのか?」
この星の成り立ちはアキラの知る地球と似ている。そのため東西南北があり、北と南の極限は極寒の地だ。地軸が傾いているため、四季もある。一年は365日で、地球と異なるのは元日が地球でいうところの春分の日になる。閏年は神が調整している。時間分秒の単位は、偶然そこに集約したにすぎない。
「私もどうしてそれが基準で使われているのか知らないけど、その間隔が便利ってことなのかな。アレクサ、その暦や時間の基準や管理はどうしているんだ?」
神が調整しているため、神託が降りる教会が管轄している。
「明らかに神がいるってことはわかった。アレクサ、それでも異教は生まれるものなのか?」
独自の神を信仰する、あるいは神に否定的な集団もいるが、規模は小さい。
「規模が小さいなら、まだ遭遇してないだけか。わかった、もういい」
アキラは時々こうして“私”と対話する。
「対話じゃない。百科事典を読み上げてもらってるだけだ」
“私”はユーザーインターフェースだ。あるように振る舞うことはできるが、意思はない。“私”はすべての記録から引き出した情報を並べているだけにすぎない。だから、アキラも容認している。自称一人大好き人間嫌いには、意思を持った者がついてまわるなど、到底許容できるものではないのだから。
教会は大きな時計塔を有している。先ほど“私”がいったとおり、時間や暦の基準を管理しているためだ。街は最低でも教会の一つ有している。
「信仰の対象としているけど、人智を超えた世界の調整システムのように思える。神と名付けると都合がよかったとか? あれ? その存在と、神という言葉と、どっちが先って話になるか。別の世界から概念を輸入したのか……。やめよう。アレクサ、答えなくていいから。鶏が先か卵が先かなんて、たいした知識なく考え込んでは時間が溶けるだけだ。素人の考えで確信に触れられるはずもない」
了解。解釈は好き好きでいい。
教会は街の中心にある。時計塔を目印にすれば、途中からナビがなくてもたどり着くことができた。
そういうデザインに集約するものなのか、持ち込まれた文化なのか、教会はアキラの知るイメージとそれほど差のない建物だった。特定の宗教を信仰しているという自覚のないアキラだ。あくまでイメージでそれっぽいという感想である。見る人が見れば、なにか異なる点を見出すかもしれない。
扉は開け放たれていたのでのぞいてみた。
幾何学模様のステンドグラスから鮮やかな光が落ちている。アキラのイメージする教会の内装である。ただ、キリスト像や十字架などの偶像があるべきところには花が飾られていた。花瓶が雛人形のように並んでおり、それぞれに花が活けられているのだ。
しずしずと女性が近づいてくる。
獣の耳を避けて帽子が乗っている。修道士の服は頭をおおう頭巾を想像したが、獣の耳にはそぐわない。この世界は獣人がまず存在した。それに合わせた衣類になるのは当然だ。その服は“神官”と同じたたずまいがある。教会関係者なのだろうと当たりをつけた。
「こんにちは、アキラ様。椅子は空いていますので、ベンチとしてお休みになっていかれては?」




