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4.リスナー

 Fさんは家に帰って直ぐに、惨状を目にした。


(ラジオが壊されている。)


 1Kの部屋の真ん中、ラグの敷いていない場所に、叩きつけられたラジオとその部品が散乱している。


 Fさんは片付ける前に、先ずはスマホを取り出して、その壊された現状を写真に取った。


 もう、これで何回目だろうか。


 処理も大分手慣れてきてしまった。





 最初にラジオが壊れたのは、Fさんがこのアパートに越してきて半年が経った頃。

 帰ってきてみると、長年愛用してきたラジカセが棚から落ちて壊れていた。


 これは親から譲り受けたもので、カセット部分は使えなくなっていたが、ラジオだけを使っていた。そのラジオ部分もそろそろ怪しくなっていて、買い替えようかと考えていたところ。


 比較的高い棚に置いていたので、その時は何かの弾みで落ちてしまったのだろうと考えた。



 次に壊れたのは買い替えてひと月程経った頃。

 小型のラジオを枕元のサイドテーブルに置いていた。それが床に落ちて、更に傍にあった飲みかけのペットボトルの水がかかっていたのである。


(う〜ん………何かの拍子に転がった……?)


 いや、落ちるだけならわかるが、蓋をしてあったペットボトルの水までかかるのは不思議だ。


 腑に落ちないが、『まぁこんな事もあるだろう』程度に考えていた。




 しかし3回目は、流石にこれは可怪しいと思った。



 買ったばかりで、まだ箱に入ったままのラジオが叩き壊されていたのだ。


 気持ち悪くなったFさんは、近くの交番に相談した。



 直ぐに駐在員が来て、様子を見てくれたが、通帳や金目の物は残っていたし、他に何か取られたり壊されたものは無いし、あまり高価なラジオではなかったということで、もし次に何かあったら呼ぶように言って帰っていった。



 Fさんはラジオの愛好家で、夜、寝る前にラジオを付けて聴いている。これは高校時代、勉強の息抜きに付けて寝ていた癖なのだ。

 音量を小さくして付けっぱなしにしているだけだが、人の話し声に安心するようで、無いときより早く入眠する気がする。


(また、ラジオを買わなくちゃ………。)


 無ければ無いで過ごせるが、無いと思うと寂しい。

 スマホでラジオも聞くことが出来るが、付けたまま寝るのは忍びない。



 Fさんはまた、小型のラジオを買った。



------------------------------------------------------------------------


 Fさんの職場は都内である。

 現在、住んでいるアパートからは電車で片道一時間半。早く家を出ないと、椅子に座れない。


 その日、朝早く家を出て階段を降りると、アパートの前で男が掃除をしていた。

 不動産会社から特に紹介はされていないが、恐らくこのアパートの管理人だろう。何度も掃除をしているのを見た。


「おはようございます。」


「…………おはようございます。」



 この管理人は、アパートの1階に住んでいて、どうもFさんと同年代らしい。

 以前、夜遅く帰ったとき、部屋の前からラジオの音、それもFさんの好きな番組が流れていたので、Fさんは勝手に親近感を持っていた。



「昨日は、〇〇がゲストでしたね。」


 昨夜、聴いたラジオの話題を出してみた。


「………あ、ああ。そうでしたね。」


 手を動かしながら、管理人は曖昧に頷く。マスクをしているからか、声が聞こえにくい。


「あの人は下ネタばかり言ってて、DJが困ってましたね〜。」


「あ、………ハイ………。」


「じゃ、そろそろ電車の時間なので。行ってきます。」


「行ってらっしゃい。」



------------------------------------------------------------------------



 帰ってくると、Fさんのラジオは壊されていた。


 もう6度目。


 警察を呼んで、調べてもらっているところに管理人が来た。


「どうしました?」


「いやぁ、どうも泥棒が入ったみたいで。」


 今回は鑑識が数人来ていたので、騒々しかったのだろう。


 最初、駐在員は『自分で壊したのでは?』とも思っていたらしいが、何度も通報があり、壊れたラジオの写真をみて、ストーカーか何かと考えはじめた。

 流石に6回目となると鑑識を連れてきた。しかし、指紋や痕跡が残っていないということで帰っていった。


 警察は『怨恨の線もあるんじゃないか』と言っている。

 しかしFさんに心当たりがない。

 近くに知り合いが居ないのだ。今、お付き合いしている彼女も居ないし。


 引っ越しも勧められたが、越して来てまだ一年足らず。社会人一年目で、まだお金も貯まっていない状況で、次の引越し先はそう簡単には見つからない。



 結局、警察から何の連絡もなく、そのまま数日が過ぎた。



 Fさんはまたラジオを買った。

 ただ、今度はラジオと一緒にペットカメラも買ったのである。出費は痛いが、仕方ない。

 セットして数日は何事も無かった。




 その日もまた、玄関先で管理人と顔を合わせる。


「おはようございます。」


「………おはようございます。」


 今日はなんだか管理人の顔が暗い。

 いつ会っても、あまり人と話したがらないし陰気な雰囲気だが、今日は一段と声が小さく余所余所しく感じた。

 まぁ、気になったのは数分で、通勤の電車に揺られてFさんはすっかり管理人の事を忘れた。



 Fさんの職場は都内の、とあるラジオ放送局の総務である。

 就活の際、このラジオ局の募集が出ていたのを見つけ、一か八かで応募した。

 面接で『御社のラジオ番組が好きで、いつも聴いていました。』と答えたのが良かったのか、採用されたのだ。

 制作畑ではないが、Fさんは放送の一端を担っている気がして、とても充実している。




 さて、昼休みに、突然、部長からFさんは呼び出された。

 何か大きなミスをしたかと思ったら、応接室へ連れて行かれる。


 そこには、制服を着た警察官が二人、座っていた。


「Fさんですね?」


「………はい。」


 Fさんと部長は、警察官の向かいに座る。すると警察官は


「………先程、貴方の部屋を荒らしていた犯人が捕まりました。」


「えっ?!」


 話を知らない部長は、Fさんに説明を求めた。

 家に何度も人が入り、ラジオが何度も壊されたことをFさんは、会社に言っていなかったのだ。


「先日の通報の後、Fさんの部屋を重点的に張っていましたら、犯人が出てきたのです。」


「………は、犯人は………?」


「Fさんのお住まいのアパートの、1階の住人でした。」


「え。」


 詳しく聞くと、あの管理人らしい。


「彼は数年前に親戚の伝手で、G不動産管理会社に就職し、同じアパートに管理業務をする目的で住んでいました。3ヶ月前から、精神面に不調が出たとかで休職していたのです。」


「精神面での不調。」


「それで、何故、Fの部屋に忍び込むことになったのでしょうか?」


 その通りである。

 何故、彼はFさんの部屋に忍び込み、ラジオを壊すのか。



 その後の警察の話は、理解し難いものだった。



 管理人、彼はあるラジオ番組の熱狂的なファンだった。

 Fさんの勤める、この放送局の番組である。勿論、Fさんもよく聞いていた。


「ハガキ職人、というのでしたっけ?ネタを書いて沢山投稿するファンのことを。」


 彼は、沢山ハガキを送るリスナーで、局内で有名だった。それが今年に入ってから、滅多に番組内で読まれなくなったという。



 理由は『特定の人物を名指しして扱き下ろす』内容が多くなった為。

 彼は私生活で上手くいかないとその鬱憤をハガキに書いていた。

 軽いものなら内輪ネタのような感じで流せるが、彼の書いた内容は度を越してしまっていたらしい。根拠の無い誹謗中傷が多かった。


 放送できないものは没として落とされていく。勿論、その理由は放送では流されず、本人にも『没になった』連絡は届かない。


 犯人の管理人は、更に不満を募らせていく。



 そしてその不満をFさんのラジオにぶつけたのである。



「なんで………」


「入居する際に、勤め先の住所を見たようです。」



 管理人はFさんの会社の住所から、番組の放送局であることを割り出し、勝手にFさんが制作部門だと思い込んだのだ。


 そして、Fさんが制作部門に言って、自分のハガキを没にしたと逆恨みした。


「……丁度、アパートに入居した時期と没になりだした頃が重なったみたいで。」


「ぼ、僕は彼の名前も知らないし、制作部門じゃないのに。」



 捕まった時、彼は『Fのせいだ。全部、Fが悪いから、俺は天誅を加えたのだ。』と叫んだという。


「被害妄想ですね………。」


 制作部門で彼のハガキが没になる理由はよく知られているが、制作部門ではないFさんは何も知らない。管理人のペンネームすらFさんは知らなかった。


 Fさんは目眩がした。



 その後、投稿されて没になったハガキを調べに一人の警察官が、後から呼ばれてきた制作部門の部長と席を立った。


 ふとFさんは思い出す。


(………ペットカメラ!)


 アレは、クラウドにデータ保管できるもので、スマホで映像が確認できる。

 見守るペットは居ないので、最初に動作確認して以降、映像は見ていない。

 映っているかわからないが、その場でFさんはチェックしてみる。




 ……そこはカーテンが引かれて薄暗い部屋の中。


 カチャリと音がして、部屋に一人、男性が入ってきた。合鍵で入ったらしい。

 手には軍手をはめ、足はモコモコスリッパ、頭に帽子、顔にはマスクをした変な格好の男は、真っ先にラジオを手に取ると、床に置いて手に持った金槌で叩き始めた。前回も同様に叩き壊されている。


 粗方壊すと男はフラリと立ち上がった。ぐるりと辺りを見回すと、近寄ってきた。サイドボードに置いたカメラに気付いたのだ。


 それを手に取ったからか、顔がアップになった。


 何を考えているのかわからないような濁んだ目。マスクをしていても分かる無精髭。


 ふと顔を歪ませると、映像はそこで途切れた。




 完全なる犯行状況が映っていた。


 Fさんの背筋を冷たいものが伝う。身体が震えるのを感じた。

 部長も声が出なかった。

 一緒に見ていた警察官は、「これを証拠として任意提出してください。」と事務的に言った。

 





 それからFさんは、それから遠い場所へ引っ越した。犯人の親戚だった不動産会社が協力した為、直ぐに条件の良い転居先が見つかったらしい。


 引っ越してから、ラジオは壊されていないという。


最後は一番、人が怖いということで。

お読みいただきありがとうございました。

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