3.ハガキ
Eさんは故郷を離れ、都会で働いていた。
折しも厄介な伝染病が世界中に蔓延し、自分の周囲も例外ではなく感染者が出たため月の半分は在宅ワークになった。
Eさんは家でもパソコンがあれば仕事ができる。
その日もEさんは家で在宅ワークをしていた。
時計が12時の鐘を鳴らし、そろそろ休憩しようかとEさんは席をたった。ついでにオーディオのスイッチを入れる。
ラジオの音が軽やかに部屋に充満した。
いつも在宅ワークの日は、その音を聞きながらコーヒーを沸かして休憩するのだ。
実家でも、よくラジオを聞いていた。
父親が自転車屋を経営していて、昼間はラジオの音がBGMだったから。チャンネルは合わせっぱなしで、いつも同じ局だった。
そして自然と自分も、馴染みのある同じ局の放送を、家から出たあとも聴いている。
コーヒーを淹れたマグカップを机の上に置くと、ぼんやりEさんは外を見た。
真夏の太陽がジリジリと照らす、平日の昼間。部屋の中はクーラーで冷えていて、ラジオからは軽快な音楽。
『―――いやぁ、連日、暑い日が続きますねぇ。』
ラジオでDJが言う。
連日、熱中症で運ばれる人のニュースが聞こえてくる。
こんな日にマスクをして会社に行ったら、恐らく出社しただけで汗だくだろう。
今夜も熱帯夜でクーラーが消せそうにない。
(ああ……もうすぐ、夏の休暇か………)
コーヒーを一口啜って、Eさんは思い出す。
夏の暑い日。
父親が汗だくになりながら、パンク修理していたあの頃。
夏休みは何処へも行けなかったが、父親の傍で扇風機に当たりながら父の仕事を見ているのが好きだった。
『―――こんなハガキが届いています。ペンネーム、【シゲル】さん。』
【シゲル】……?
奇しくもEさんの父と同じ名前だった。DJは続ける。
『暑い夏。私は、ある年の夏が忘れられません。
それは、次男が小学生の時の事です。
私の仕事の都合で、夏休みは何処にも連れていけないので、長期休みに入る前の休日、家族を近所の川に連れていきました。そこでバーベキューをしたのです。』
よくある話だ。
Eさん自身も、何度か家族で田舎の川でバーベキューをしたことがある。
楽しかったあの日を思い出した。
『その時、幼い次男は兄を追いかけて河原で転び、足に擦り傷を作ってしまいました。岩場だった為に、かなり酷い傷でした。
慌てた私は、早く洗わないといけないと思い、息子を連れて川で傷口を洗ったのです。
すると、翌日、息子の足は腫れ上がり、病院に行きましたら、傷口に雑菌が入って化膿してしまったとのこと。
結局、その夏、息子はプールに入れず、友達と遊べず、寂しい思いをさせてしまったのです。』
―― あ〜、あったあった。そんなこと。
Eさんは小学3年の夏を思い出した。
あの日、バーベキューと釣りをしていた。
兄が仕掛けていた竿が引いたと駆け出したのを追って、Eさんも駆け出した。しかし岩場に足を取られて転んだのだ。
駆け寄った父は近くの川でEさんの傷口を洗い、母に怒られていた。川は綺麗に見えたが、雑菌があると。
でも家族で過ごす日が楽しくて。
Eさんは、その日は痛みなどすっかり忘れていた。
次の日、母の悪い予想が当たり、傷は化膿して、病院で足を包帯でグルグル巻にされた。治るのにひと月かかり、プールは勿論、腫れが酷くて風呂に入るのも苦労した。
(………自分と同じような人、世の中には結構、居るんだな。)
父は数年前に亡くなった。
伝染病の問題もあり、ここ数年、田舎には戻っていない。法事も行動制限の為に出られなかった。
『今では次男も成人し、覚えているかわかりませんが、私は夏になるとその夏の事を思い出します。
ですって……… ああ、夏休み前に怪我、あるあるかもしれませんねぇ。』
Eさんはラジオを聞きながら、昼食の支度を始めた。
二週間後。
Eさんは電話の音に起こされた。
(こんな早くに誰だろう?)
出てみると、実家の母だった。
『アンタ宛にラジオ局から封書が届いてるよ!』
開けると、ステッカーが入っているという。
『ハガキを読んだから、そのお礼らしいよ?!なにか投稿した?』
いや、投稿した覚えは無い。
――― しかし、父の名で読まれた投稿を聞いた。まさか。
『E、アンタ、今年のお盆は帰ってこないの?お父さん、寂しがっていると思うわ。』
「………ああ、そうだね。」
Eさんは、今年の夏、久しぶりに帰郷することにしたという。