ありがとね
20XX年、2月4日。
「あっまた! 懲りずに来おってからに!」
「別にええやないですか。疲れちょんのよ〜」
「おたくの相手で、わしが疲れるんやて」
「コロナに文句言うてや。あいつら、しぶとすぎ」
「それは否定せん」
強くねがいながら目を閉じると、『そこ』へ行くことができます。
ちょっとした特技になっちゃいましたね、てへ。
「このご時世やし、実家にも帰れとらんの。多目に見てくれてもええやん?」
「それとこれとは別でな……」
「あっはは! ただいまー!」
「聞けや!」
彼は話し出すと長いんです。適当に受け流して、今日も今日とて、懐かしい家へと向かいます。
そして3歩と行かずに覚えた、違和感。
「あれ……なに? この車……」
家のすぐ前にある、砂利を敷いただけの駐車場。その、母が車を停めていたはずの場所に、見覚えのない、白いワゴン車を見つけました。
おかしいな。前来たときは、なかったのに。
首を傾げていた、そのときです。
タタタッと、物音がしました。
今まさに入ろうとしていた、家の中から。
あぁ……あれは、階段を駆け上がる足音です。
なんて軽快でしょう。それに、なんて楽しげな、こどもの声……
「おにいさん、ありがとね」
「なんや急に」
「いやね、かえりたいなって、思って」
「そらまぁ、よかったわ」
彼はそれだけ言って、多くを尋ねることはしませんでした。
「ほい、さっさと行った行った」
「最後まで冷たいな〜」
「遅刻せんようにな、気をつけて」
「唐突なデレ!」
「おっと、救急車のサイレンが」
「わーお仕事やぁ! 行きます行きます!」
お別れの挨拶は済ませました。
駆け出したら、もう振り返ることはしません。
「もう来んなや。──おたくには、帰る場所があるんやから」
最後の最後に、アラームに混じって、そんな空耳が、聞こえたような気がしました。