密林の乱3
夜が明け、暗闇に包まれていた密林に光が差し込み始めたとき、愛莉珠が心配している中理玖はというと好物の1つである採れたて密林産バナナを貪っていた。
ちなみにそのバナナは中央で売るとなると1本約1000円する高級品であったりする。そんなバナナを木から房ごとしかも更に値が張る完熟状態の物を普通のバナナの様にムシャムシャ食べている。
現在、クソ不味いレンガと缶詰を朝食にしている特戦隊の面々に知られれば恨み節の1つや2つ言われるのは確実である。
房ごとの高級バナナを食べ終えた理玖は軽く準備体操をして森の中を走り始めた。手付かずの大自然の足場はかなり悪いが、慣れてしまえば舗装された道を走るかの様に移動できると母の幸子は言っていた。
ちなみに父の翔太は普通なら無理だと断言していたが。
ある程度走っていると少し開けた場所へと辿り着き、そこには何十匹もの大柄の魔猿が待ち構えていた。
魔猿のほとんどが通常の個体よりも体格も大きく屈強であり、身体には数多の古傷が刻まれており、歴戦の猛者である事が充分にわかる。
並の戦乙女でも怯むであろう視線を物ともせず、理玖は着ていたコートと軍帽を脱ぎ捨てて、広場の中央へと歩みを進めた。
そしてそれに応じるかの様に魔猿達の中から1匹のギカントスガリルが広場の中央へと出てきた。
1人と1匹は徐々にその歩みを早めて殺気を高めていき、両者は同時に殴りかかった。ただし、理玖の方は殴るというよりも飛び蹴りの方が正しい。
ギカントスガリルよりも遥かに小柄な理玖はギカントスガリルの4つ剛拳を軽々と避け、勢いを殺さずに鼻先に鋭い蹴りを喰らわせた。
しかしギカントスガリルは至近距離で撃たれた銃弾すら視認した後に指で摘んで止める程の反射神経を有している。その巨漢に見合わない速度で避け、その避け側に蹴りで伸びた理玖の足を掴むとその豪腕を持って彼女を地面に叩きつけた。
叩きつけられた衝撃で理玖を中心に小さなクレーターができ、彼女はまるでゴム毬の様に地面を跳ねた。しかし、すぐに体勢を立て直して大地をしっかりと踏み締め停止させる。
その硬直をギカントスガリルは当然見逃さず、両足に力を込めて最早瞬間移動とも言える速度で接近し、4つの豪腕でラッシュをかけた。
赤い鮮血が宙に舞った。しかし、それは理玖のものでは無かった。
ラッシュを決めたギカントスガリルの顔には驚愕の表情が浮かび上がっており、彼の視線の先には指が千切れ飛んでいる己の拳があった。
そして、ちょうど背後から何かを吐き捨てる音が聞こえ、慌てて振り返るとそこには口元を血で汚した理玖がおり、すぐ側の地面には歯型の付いたギカントスガリルの指が転がっていた。
彼女の爛々と輝くアメジストに似た瞳と三日月の様に裂けた笑みを見た ギカントスガリルは思い出した。
その昔、まだ彼が若かった頃。密林は派閥争いが絶えない無法地帯であった。数多の派閥が生まれては消えてを繰り返していたその混沌の中に突如現れた狂獣。
夜を切り取った様な毛色に晴れた空の様な瞳を持った半獣の人間。
密林のどの種族よりも小柄で非力な筈のその人間は自らの手で仕留めた獣の頭蓋骨を被り、嬉々として派閥争いの中へと飛び込んできた。
高笑いと自分達に似た鳴き声でやって来たその人間は自分達はおろか当時最強クラスであった個体を次々と倒していき、密林の長へと成り上がった。
ギカントスガリルも果敢にもその人間に挑んだが片目を潰され、その強固な肉体にも傷を負った。
屈辱を味わったと同時に彼はこう思った。
───"また闘いたい。そして今度こそ勝利を"と。
それは他の仲間もそうであった。故に仲間と共に鍛練を続けた。
そして以前よりも遥かに強くなり、またその長に勝負をと思った頃には既にその人間は密林から姿を消していた。
………………そして時が経ち、幾億もの昼夜を鍛練に注ぎ込んでいたある時。目の前の人間が現れた。
毛色は夜を切り取った様なものから栗色と銀の混ざったものに変わり、纏う空気は狂獣のそれとは変わらず、ただし冷たい冬の様な気配が足されていた。
きっと長の子だろう。そして長は自分の全てを目の前の人間に授けたに違いない。
人間はワラウ。自分も釣られて牙を剥き出した笑みを浮かべているのもわかった。
次は負けぬ様に己の全てを出し切る様に。
2匹の獣は笑いながら死合いに望む。周りの挑戦者もその空気に触発され歓喜の咆哮を上げる。
武器の使用などお笑い事。魔法の使用など持っての外。全ては己の拳、己の脚、己の肉体唯一つのみ。
これは熱き密林の戦士の漢の儀式である。
「………………ねぇ、なにこのむさ苦しい地獄は」
「幸子の時もこんな感じでしたよ」