東支部へ〜道中1
「なぁ、お嬢。東支部ってどんなとこなんだ?」
東支部へ向かう列車の中で理玖は隣で窓の外を眺めていた愛莉珠にそう聞いた。
「ん?どんなって………行ったことないの?東の方には」
「手前の密林の入り口ら辺は連れて行ってもらったことあるけど、それよりも奥には行った事ないし、連れて行ってもらえなかった」
「なるほどねぇ。まぁ、あそこはめっちゃ熱いからね。東支部がある場所は北方とほぼ真反対な感じだよ。極寒から極暑で一般的に思い浮かべる砂漠の気候そのまんま。あっちは主に砂漠からの魔獣の対処やリクがさっき言った密林の定期監視をやってるね」
「なんで砂漠なんかに支部作ったの。密林の近くに作れば良かったじゃんか」
「まぁそうなんだけど…………それが出来なかったんだよね。………リクさ。密林に行った時に猿見かけなかった?」
「猿?…………あぁ、そういえばいたな。4つ腕のデッカい猿の群れ。母さんと殴り合いして、ボコボコにされてた。その猿が原因?」
「………うん、その猿。というかその魔猿は僕でも数で来られると少し手こずる相手なんだけどね」
愛莉珠はそうして若干遠い目になって理玖に説明を始めた。
「あの密林は『緑の遺跡』って呼ばれていて、ありとあらゆる魔法植物や魔獣や鉱石が自生していて、更に森の奥地にもなると古い伝承や歴史書にも記載されてる様な希少な素材が数多くあるんだよ。
当然、魔術師達はそれら素材を手に入れようとしたんだけど、あそこにはアホみたいに強い魔猿軍団が万単位で生息してるんさ。
素の身体能力が1級戦乙女3人分あって、下手すると特級戦乙女クラスの身体能力を持っているギカントスガリルとか単一の魔法のみを極めて下手すると特級戦乙女とタメ張れるマジシャンドリルとか。しかもその強さに加えて繁殖能力がエゲツない。1番下の強さの軍隊猿なんて1匹辺り月に3匹は産むし」
「………猿ばっかりだな」
「そうさ。猿ばっかり。特に酷かったのはう○こ爆弾投げつけてくる糞猿。アイツらのう○こ爆弾受けるとひと月は匂い取れないよ。しかもそいつらやたら綺麗なフォームで投げつけてくるし、やたら俊敏でムカつくドヤ顔でやってくるし」
愛莉珠は昔遭遇した事が嫌な思い出になっているのか、怒りを含んだ黒い笑みを浮かべた。そして感情が昂った影響で彼女の周りには魔力が反応してパチパチと静電気が発生していた。
「お嬢、少し落ち着いて。ピリピリする」
「………あ、ごめん。まぁ、とにかくその猿軍団がめちゃくちゃ厄介でね。あそこで少量の採取とかは見逃してくれるんだけど、開拓とか始めちゃうと最低1級戦乙女クラスの強さの猿軍団が雄叫び上げて万単位で攻め込んでくるんだよ。
だからこの列車の路線は猿軍団を刺激しない様に密林を横断せずにぐるっと大回りして走ってるのさ。アイツらは密林を壊さなければ密林から出てこないからさ」
「うわぁ………、絶対敵対したくない。というかそれがわかってるってことは1回やらかしたの?」
「うん。昔、僕が産まれる前にあの辺りは烏咲家っていう御三家と同じくらい古い家系が管理していたんだよ。家紋は3羽の烏が翼広げてるやつ。結構嫌われてたんだよ。あの密林で採れた素材を独占して売ったり、売ったとしても低品質なやつを高額で売ったりね。
家の評判もかなり低くて、その家特有の能力が無くて魔法の方もお粗末なものに人は見下すは煽ってくるわ人体実験バンバンやるわでマジでクソだったみたいだよ。
あと、あの家の最後の当主がこれがまた節操なしでさ。気に入った女がいたら年齢問わず本人の意思とか関係無しに食ってたみたいだよ。ただまぁ、命中率はかなり低かったみたいだけど。有名な話だとキャバ嬢50人同時食いで命中率ゼロ」
「そこまでいくとなんか呪われてたんじゃないか?」
「だろうね。色んなところから恨み買ってたし。んで、その家はある晩に肉食魔獣の頭蓋骨を被ったビーストの野生児率いる猿軍団に屋敷ごと潰されたそうだよ。屋敷の人間は下っ端連中は全員行方不明。それなりの地位にいた男共は去勢されて二度と魔法が使えない身体にされて放置、女共は半永久的に猿の孕み袋にされてたみたい。
当主は二度と魔法が使えなくされた上に両手両足使えなくされて、こんがりと焼けた肉だるまにされてたみたい。しかも、骨も内臓もウェルダン状態で明らかに死んでいる見た目だったのに何故か生きていて、何故か痛みを感じていてその痛みで絶叫を上げてたよ」
「………………まるで見たことあるみたいだな。最後の」
「うん。あの密林に手を出したらこうなるんだっていう教材で魔術師協会に置いてあったよ。いやぁ、不思議なもんだったよ。だって、肉体はもう原型残って無くてグチャグチャのデロデロだったのに絶叫上げてんだもん。しかも狂わずに。いやぁ、怖いねぇ」
「………………別に怖いとは思ってないだろ。というか急に出てきたな野生児」
「野生児は奇跡的に見つかった人からの証言さ。大方、猿に育てられたんだろうさ。そんで、猿達はその野生児の指示動いていたそうだからきっと猿軍団のボスだったんだろうと思われてるよ。でもあれ以来目撃例が無くなったから居なくなったんじゃないかな?もしかすると猿達は後継者を探してるんじゃない?」
「猿の長になってこと?お嬢ならやれるんじゃない?」
「なんで僕がなるんだよ。どっちかというとリクだろ長になんの」
「いやお嬢は夜になれば猿みたいになるし」
「よしリクちゃんや。帰ったら1週間ぶっ通しで例の部屋でたっぷり『教育』してあげよう。もちろん、拒否権はないよ」
「全力で逃げさせてもらう」
「アハハッ♪鬼ごっこをするという事かな?じゃあ、僕が捕まえたら教育期間を倍にするからね」
「好きにすれば?」
東支部へ向かう列車の中で先頭車両に乗っている2人はそんな会話をしており、列車は今まさに件の密林の近くを通りかかろうとしていた。
そして列車がとある地点まで到達したその瞬間、線路が爆破された。




