北方支部へ〜歓迎2
基本的に戦乙女の所属先の振り分けはまず第一にバディであるハウンドの特性や体質に合った環境が最優先であり、北方支部に駐屯しているビーストもといハウンドのおよそ8割はグズリやヒグマといった寒さに強い動物が元となっている者である。
ちなみに残りの2割は偶々現在のバディと相性が良かった者であり、そういった寒さに不慣れなハウンドは基本的に後方支援を行っている。
そして、ビーストはその元となった動物の性質に多少なりとも似通っているともあって、北方支部に駐屯するビーストはその傾向が顕著であり、体格ががっしりとしている。これは寒冷地での動物の特徴とも言える。
そして、これは元の動物問わず北方支部のビーストに共通する事であるが、これに関してはユグドラシルのほぼ毎日バディに食われている (意味深)不幸体質な九尾がこう述べている。
『あそこのもんは、皆冬眠に失敗したヒグマみたいな感じじゃ』
***
愛莉珠の情け無い絶叫が北方支部に響き渡っていた丁度その頃、理玖は己の本能に従って雪玉を繰り出して回避していた。
昔、両親に連れられて北方支部へと来た時にそこのウサ耳のオ姉様に教わったのだ。
『いい?理玖チャン。もし、何か大変な事に直面した時は本能に従うのヨ?本能は決してアナタを裏切らないワ』
『………わかった。おにい──』
『オ姉様とお呼び』
『わかった。オ姉様』
今思い出してみれば、あの人は自分が覚醒ビーストだと確信していたんじゃないだろうかと理玖は思っている。見た目は強烈だったが、とてもいい人だったのだ。
四方八方から迫り来る雪玉を避け、己も雪玉を作り直感に従って投げる。何発かは当てた気がするが、そんな事は理玖にとってどうでも良かった。
ただ純粋にこの戦いを楽しむ。それが一番大切だ。そして、それは北方の戦士達も同じであった。
特戦隊が来る数日前に全隊員に知らせがあった。
それは昔からよく魔獣を狩りに来たり、よく遊んだりした元特戦隊の隊長副隊長夫婦の一人息子が覚醒ビーストとなって挨拶周りとして北方支部にやって来ると。
最初は半信半疑ではあったが、以前の定例会議に行って実際に見てきたロザリアから真実であると写真付きで告げられた。ちなみにその写真の内容は満面の笑みの愛莉珠が虚無顔の理玖に抱きついているものであった。
両親が覚醒ビーストの条件に一致していた事と顔つきがほとんど変わってないのも幸いして、すぐに信用たる情報だと確定された。
そして、とりあえず隣に写っているハウンドを得て有頂天になっているであろう真っ白女にお灸を据えてやろうと一致団結した。
というのも北方支部の隊員にとって理玖は数少ない癒しだった。
外は年中気温がマイナスから上がらず下手すると凍死する可能性があり、支部内部は保温の目的で外壁が分厚く閉塞感が拭えず、物質は食料や消耗品を優先して娯楽品はあまり取り寄せる事ができず、動物でも見て紛らわそうにも魔獣は兎の様な見た目のやつでも肉食で獰猛で可愛くない。
仕事と訓練以外でやる事は持ってきた本の読み回しや身体を使った室内競技 (家具を壊さない程度の)くらいである。
そんな事にやってきたのが元特戦隊の隊長副隊長夫婦とその一人息子の理玖だった。理玖は顔つきは母親似で色味は父親似の年相応にふくふくとした可愛らしい美少女に見える美少年だった。
叔母から貰ったというそこら辺の魔法装備と比べ物にならないくらい強固な結界と保護魔法が編み込まれたシロクマの全体パーカーを着て、アメジスト色の目をキラキラさせて雪を見てはしゃいでいた。……………ただし、表情は非常に薄かった。
あの鬼畜且つ化け物級の2人からどうしてこんな子が産まれたのかとか、親に似て少々アグレッシブな所もあるとかそんな事を氷の大地に放り投げて、北方のマッチョな乙女達はそれはもう可愛がった。だってする事ないし癒しだし。
氷切り出しで働いている野郎や見た目詐欺なファンシー (笑)な魔獣では得られない栄養があるものである。
元特戦隊の隊長副隊長夫婦が亡くなってからはすっかり疎遠になってしまい、少し寂しくは思っていたそんな時の知らせ。
そして、ロザリアの話によれば現在進行形であの才色兼備の体現者で好き嫌いの激しい気分屋の愛莉珠に性的に喰われようとしているそうだ。
そんなことを聞いた北方の古参組は階級とか家柄とかそんなの関係無しにぶちのめそうと一致団結した。
─────そして現在、北方の戦士達は1人……また1人と雪玉に撃沈していった。
そして先程、シマエナガのビーストが理玖に雪玉を当てられて空中からの奇襲に失敗し、雪かきで積もった雪山に突き刺さった。その表情何故か清々しいものだった。
「───退きなさい。アナタ達じゃあ、今のあの子には敵わないワ」
雪玉に撃沈してまだ戦える戦士が残り少なくなったその時、野太い声が聞こえ吹雪の中から1人の英雄が現れた。
胸元まで伸びた艶のある赤毛はポニーテールにしており、劇画のような濃ゆい顔に嵌め込まれたアクアマリンの様な瞳は歴戦の猛者を思わせるほど鋭い。身長は2メートル近くあり、全身を覆う筋肉はまるで鋼の様であった。頭には劇画の顔には似合わないモフモフのウサ耳が生えており、額にはソフトボールサイズの赤い宝石が埋め込まれていた。
……………そして服装は非常に奇抜なものであったあった。
丸太の様に極太でバッキバキの太ももを覆うのは網目状のタイツ。鋼の様な筋肉の鎧を包み込んでいるのは黒のハイレグで極太の首元には可愛らしい蝶ネクタイがつけられている。
…………そう、バニーコスである。
更に彼女……彼女?の全身は赤い鮮血で染まっており、小さな子供が見たらギャン泣き確定のものである。
この血塗れ筋肉バニーこそとある苦労人なドラゴン娘が『エセオカマ』と呼んでいた北方支部の覚醒ビースト、クリスティーヌ・アルフォストである。
ちなみにビーストとある様に肉体的にも生物学的にも性自認でも女性である。
「久し振りネ、理玖チャン。元気にしていたカシラ?」
「………オ姉様、久し振り。どうしたのその血」
「ちょっと夕食を狩りに行っていたのヨ。数が多くて少し汚れちゃって。理玖チャンは見た目はそんなに変わらなかったのネ。お母さんによく似てやんちゃしてるし」
「雪を見るとなんだか気分が良くなってきたから」
「わかるワ。私も昔はそうだった。…………さて、理玖チャン。ここから先は私が相手ヨ。昔みたいに楽しみまショ」
「…………わかった。全力でやる」
2人は少しばかり会話に花を咲かせると理玖は両脇に魔狼を出して、狼の狩りを思わせる様に体勢を低く取った。
「ふふふ……いい顔になったじゃない。それじゃあ、私もその心意気に答えてあげるワ!!」
そう言ってクリスティーヌは子供どころか大人でも怖気つく様な凶悪な笑みを浮かべて、ただでさえ分厚い筋肉を更に隆起させて臨戦状態に移行した。
「さぁ………共に死合おうじゃないかッ!!」
「……グルルルッ!!」
そうして極寒の吹雪の中、飢えた狼と殺戮☆兎の戦が始まった。
「…………ねぇ。これって雪合戦だよね?何であそこだけ空気違うの?」
「雪合戦ですよ?久し振りに理玖くんに会えてクリスティーヌも年甲斐なくはしゃいじゃって」
「いや、あのゴリウサの雪玉投げる余波で建物ブッ壊れてるけど?リクも雪玉マシンガン作って乱射して穴ボコだらけにしてるけど?修復とかどうすんの?」
「大丈夫ですよ。民間人の避難は既に済ましていますし、ウチの修復チームは優秀ですからこのくらいの都市の修復なら2時間で済ませます」
「そう………まぁ、いいけど」




