鏡に咲く二季草〜5
パルモンに依頼をしたその日の夜。
理玖と愛莉珠は普段と特段変わった様子もなく、1日を終えようとしていた。というのもウィステリアの保護作戦がその日始まったばかりでまだ何も情報が得られていない状態である。
加えて、2人が担当するのがウィステリア本人の確保な為、行動は次の日に決定されていた。
そして現在、理玖はいつも通りリビングのソファの上で愛莉珠の抱き枕状態となっていた。
「なぁ、お嬢。ウィステリアってどんな感じの人だった?」
「…………ん?急にどうしたのさリク」
「いや性格とか分かればある程度行動とか予想できそうだなって」
「あぁ、そういうこと。……ん〜、あの子はこれといって特徴が無かったな。グラウシスの後ろに付いていてこき使われていて、ずっと自分を押し殺して無理している感じだったな。まぁ、当時の僕は今ほど周りに興味なかったからあんまり覚えていないよ」
「そうか………」
愛莉珠からの答えに理玖は予想していたのかそれ以降何も言わなくなった。
「…………今回の件でもそうなんだけどね」
しばらく無言だった愛莉珠は始めにそう言って話し始めた。
「戦乙女とハウンドとのトラブルって今でこそ少なくなって来ているけど 昔から8割くらいは戦乙女側の問題だったんだよね。柳龍局長の前任がテルゼウスの組織維持の為に資金援助する代わりに色んな魔術師の家系から人やら研究結果やら集めてたんだよ。
そんで魔術師の家系出身の戦乙女が沢山出来たんだけど………そこでのハウンドの扱いは酷かった。ほんと奴隷みたいな扱いでさ。
当時はビーストについて否定的な考えを持つ人も多かったし、人種差別的な事をしていた。今は改善されてきてるけど、まだあるからね」
「ビーストのところは授業で習った事ある。あとは澪姉さんとか日暮さんとかに聞かされた」
「あの2人の時期は特に大変だったからね。それと君の母親である華重副隊長もね。………まぁ、あの人は見下されたり貶されたりされたらブチギレて、顔面変形するまで拳骨ラッシュした後に両手両足の関節を180度無理矢理回転させてたけどね。ちなみにバディである大泉隊長は王子様スマイルでその光景を写真撮って焼き増しした上でばら撒いていたけど」
「…………父さん母さんなにやってんの」
理玖は愛莉珠の口から出た両親の知らなかった一面に頭を抱えた。
「話戻すけど、戦乙女自身の能力を上げる手段として当時でもハウンドの契約が有力候補だったんだ。ただ、これは1回目は目に見えて能力が上がるんだけど、その後からはほんと微々たる量しか上がらないんだ。
それに戦乙女に限らず魔術師側にとってハウンドの契約破棄はそれ程デメリットは無いけど、ハウンド側は既に元契約主の魔力に染まっているから次の契約で身体の拒絶反応起こして最悪の場合死んじゃう。
だけど、魔術師にとって自身の能力を上げる事が最優先。使い魔の事なんて一欠片も興味がない。だから取っ替え引っ替え契約しては破棄の繰り返し。しかも、強い異能力持ちと契約すると普通の契約よりも格段に能力の向上があるっていうデマが周ってさ。
そのせいでビースト側は多数の犠牲者が出た。
更に魔術師側にとって都合の悪い事をビースト側に押し付けて自分は何にも知らないっていうケースも多かった。ちょうど今回のウィステリアの件がこれだね」
「……………今はどうなんだ?」
「そういった取っ替え引っ替えの契約は僕が生まれる直前辺りに一部例外を除いて協会から禁止されている。例外ってのは相手側が何らかの事情で契約を破棄せざるを得なかった時に破棄してもう一度契約し直すとか。もちろんこれには何個か厳しい審査をクリアしなきゃいけないけどね。それに契約したら必ず協会に行って登録しなきゃいけないよ。あ、もちろんリクのはちゃんと登録してあるからね。
テルゼウス・ユグドラシル局長が柳龍になった時もその辺りを大改革してね。魔術師に対してビーストの扱いに関する意識改革とか就業改革とかね。あとはハウンドに対しての暴行やら何やらを厳しく処罰したり。
色々やってたけど、やっぱり穴が出来ちゃうからグラウシスみたいなのが出てきちゃったんだよね。
…………というかさリク。リクはグラウシスを喰ったからアイツの魔法とか使えるんだよね?役立ってる?」
「アレの魔法は夜奈姉とお嬢の劣化版だったから全部強化素材にした。……ただ、強化元が強過ぎて殆ど足しにならなかった。精神支配系の魔法はあったけど、そっちは俺と相性最悪で跡形もなく消えた」
愛莉珠の質問に理玖がそう答えると彼女はキョトンとした顔になってがすぐに破顔して声を上げて笑った。
「───アッハハハハ!!そりゃあ、いい気味だわ!何人も使い棄ててちまちま高めた能力が意味ないもんになるなんてね!」
「……うるさい、頭に響く。あと夜」
「あぁ、ごめんごめん。ごめんよリク」
ひとしきり笑った後、愛莉珠はその笑い声で若干顔を顰めて耳を伏せた理玖を抱き直すと彼女の顔に頬ずりした。風呂上がりのスキンケアを欠かしていない為、理玖の肌はもちもちとしていて触ると吸い付いてくる。
「…………ねぇ、リク。僕はね君のことを大事に思っているよ。規約とか法がどうのこうの以前に何があってもハウンドの契約を破棄したりしたくないからね」
「急になんだよお嬢」
「ん〜?僕は絶対に捨てたりしないし捨てさせないって事だよ。………リクはもし僕がリクの事要らないって言ったらどうする?」
愛莉珠は自身の意思表示をした後に自分自身が絶対にやらないことを仮定として理玖に聞いた。すると理玖はモゾモゾと鼻先が付くくらいまで移動した。─────そして起き上がり愛莉珠を軽く押さえ付ける体勢を取ると……
「お嬢の喉噛み切って、俺1人で全部喰べる」
そういつもと変わらない口調で言い切った。
「………おやおや、それって僕をカニバっちゃうって事?」
「そういう事。誰にも譲らない。コイツらにも譲らない。『俺』1人で肉も骨も血の一滴も全部喰べる」
愛莉珠の質問に即答した暴食の獣のアメジストに似た紫色の瞳は初めての情事の時とは違って、仄かに暗くじっとりとしていた。そしてその愛莉珠を押さえ付けている格好は狼ぎ獲物を獲り押さえている様にも見えた。
「そうかそうか……。なら、僕はもしリクが僕を嫌になって逃げ出したら捕まえて首輪をつけて逃げられない様に足の腱を切って一生閉じ込めてあげる。流石にカニバるのは無理だからね」
対する愛莉珠は理玖を引き寄せて、彼女の両頬を包む様に両手を添えてそう言った。燃えるような深紅の瞳は以前理玖が見た時と変わらない煮えたぎったマグマの様などろどろとした感情が籠められていた。
「お嬢に捨てられない限りはしない。どっちも」
「僕がリクを捨てるなんて事万に一つあり得ないんだけどね。でも、わかった。僕も極力しない方向にするよ」
「……ん」
愛莉珠はそうして理玖の頭を撫でて、理玖はそれを気持ち良さそうに受けていた。
 




