鏡に咲く二季草〜1
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私は勇者というのが嫌いだ。
1人の少年か少女が使命を与えられ、仲間と共に命の危険を侵してまで世界の平和を脅かす諸悪の権化である魔王を倒す。
非常にありふれたファンタジー物の物語の始まり方。
けれど、その少年少女は自らその使命を選んだのか?自分の命を投げ打ってまでやる事?
普通はやらない。だってまともな感性を持っているなら人間誰しも命が欲しいから。
なら、何故選んだのか。それは強制させられたから。周りの人々に果てには神に言われてやったから。逃げれば理不尽に後ろ指を指されて最悪殺されるか身分剥奪になる。
そうして、そんなやりたくも無いことをやらされてようやく使命を果たした後には何が待っている?
祝福?富?名声?
そんなものは無い。あるのは恐怖と拒絶と妬み。
だってそうでしょ?誰にもどうすることもできなかった魔王を倒したんだから。力がない人々が恐怖の対象として見るのも時間の問題だ。
そしてそんな何から何まで他人任せだった人々は勇者"だった"少年か少女を化け物扱いして遠ざける。仲間"だった"奴らも自分の名声の為にと利用し尽くした挙句、平気で捨て去る。
結果、救った筈の人々から拒絶され、恐れられて、裏切られて、孤独となった勇者は絶望して新たな"魔王"となり、そして新たな"勇者"が生み出される。
もちろん、これが全ての結末じゃないってくらいはわかっている。順風満帆な結末もあれば穏やかな結末もある。
けど………人は異物を恐れるモノ。異物を拒絶するモノ。自分と少しでも違えば、交流があっても手のひら返しで追い払う。
だから、私は勇者というのが嫌いだ。自分と似ているから。アイツは私を無理矢理縛って道具として使った挙句、要らなくなったと言って捨てた。しかも私に自分がやらかした事を全部被して。
心底憎んだ。誰も信じられなくなった。だから全部ぶっ壊す。
……………………でも。
やっぱり、誰かに必要とされたいと思ってしまう。信じたくなってしまう。
だから…………誰か私を…………必要としてください。
***
その日は春区では珍しい雨の日であった。
春区で1番賑やかと云われる場所『明星都市部』
煌びやかなビル群が建ち並び、雨降る夜の暗闇をネオンの光で鮮やかに照らしている。道沿いにはカフェや土産屋、レストランなどが所狭しと建ち並んでおり、昼時には大いに賑わいを見せている。
そんなとある一角に建つテルゼウスが所有している外部業務用テナントビルの前に1つの人影がいた。
全身をすっぽりと覆うレインコートを着ており、ただじっとビルの前で佇んでいる。雨だからレインコートを着ているのは不自然では無い。しかし、何もせずにただ見ているだけというのはいささか不自然だった。
その人物はビルのガラス戸に手を付けるとガラスはまるで水面の様に波紋を広げ、その人物をガラスの中へと向かい入れた。
レインコートの人物は暗いビル内を歩いて行く。
警備員はいるが何故か気づかない。監視カメラにもレインコートの人物は映っていない。けれどもその人物はビルの中にいた。
そしてその人物はビルの至る場所に片手サイズの小箱を幾つも置いて行き、ビルの外へと出た。
そして、懐から小さな機械を取り出してその機械にあるボタンを押すと──────
ビルから焦げ付くような灼熱の炎が爆音と共に空気を震わせて弾けた。下から順に連鎖式で爆発していき、最後はビルがゆっくりと轟音を上げて倒壊していった。
突然の出来事に真夜中にも関わらず多くの人々の悲鳴が響き渡り、辺りは逃げ惑う人々で騒然とする。
逃げ惑う人々の中をレインコートの人物は鼻歌でも歌っているかの様な楽しげな様子で歩みを進め、路地裏の暗闇へと消えていった。
***
明星都市部のビル爆破事件の翌日、愛莉珠率いる第二特殊戦闘部隊はその現場にいた。
「──というか、こういうのって大体警察の仕事じゃないんですか?なんでテルゼウスが事件調査なんか」
と瓦礫の撤去作業を手伝っていた理玖が近くで指揮を取っていたレイチェルにそう聞いた。
「普通の事件ならウチらは介入せんよ。……ただ今回はちぃと規模がデカ過ぎるからなぁ。それに今回はちょっとこっち側案件」
「………あぁ。なんかお嬢も言ってましたね。確か監視カメラの映像から元第一近衛部隊所属だったというハウンドが実行犯だってわかったて」
「そうそう。しかも無理矢理ハウンド契約させられた挙句、そのバディがやらかした後ろ暗いやつを被せられて退職させられておるんや。今回の件の実行犯もその被害者の1人や」
「濡れ衣を着せられた故の逆恨みですか。それならユグドラシルかそのバディ本人に報復しますよね?1回契約したハウンドならそれなりの力ありますし」
「いやユグドラシルを襲うのは無理やろ。戦乙女の巣窟を潰すなんて理玖ちゃんみたいな覚醒ハウンドやないと出来ないし。それにバディ本人の方も無理や。行方不明で消えてしもうたからな」
「誰ですかそれ?」
「あー……ほら、理玖ちゃんも会った事あるやろ。あんの成り金ボンボンのお花畑娘」
「………アレの被害者ですか。名前は………………何でしたっけ?」
「アレの名前覚えているよりも今はもっと重要な事あるで。ほらほら、理玖ちゃん。次はあっちを手伝ってな」
「あ、はい」
レイチェルにそう言われた理玖は別の場所の援軍に向かった。そして1人になったレイチェルはぼんやりと瓦礫の山となったビルとその周辺を見ていた。
実はこのテロでの死傷者は殆ど出ていない。
というのも警備員は全員爆破前に鏡から伸びた手により外部に弾き出されており、崩壊時は巻き込まれた者曰く『瓦礫が身体をすり抜けた』といった具合である。
怪我人は避難時の転倒や爆発の余波での家具などの崩落よるものが殆どである。犯人はこれほどの規模のテロを引き起こしたのにも関わらず人的被害を極力出さない様にしていた様だ。
「……………ほんま、どうしたいんやろな。リアちゃんは」
レイチェルは脳裏に人として終わっていたあの女の側にいた、今にも死にそうな顔をしていたかつての同僚の事を思い浮かべて、そう独り言を呟いた。
以前書いていた小説のボツ案を引っ張ってきました。
ちなみにボツにした理由は出来上がった時に読んだらその書いていた小説の世界観に合ってなかったからです。