モデルの仕事〜1
戦乙女とは『天災』により出現した人類共通の敵である『ボイド』に対抗すべく生み出された手段の1つである。
ある程度平和な世の中となった現在では対ボイド関係だけではなく対人戦にも起用され、更にはファッション誌のモデルやTVの出演など様々な場面で活躍している。
そんなある意味多忙な戦乙女を支えているのはバディのハウンドである。ハウンドとなった彼女達は戦闘の補助はもちろんのこと、メディア関係の対応や報告書などの書類関係やバディである戦乙女のマネージャーの様な立ち回りをする。
もちろんこれは人の向き不向きがある為、あくまでサポートであるが。
理玖のバディである愛莉珠は料理と性格以外は完璧超人である為、理玖がやる事は愛莉珠のサポートと面倒臭がりな彼女に仕事をさせる様に手を回す事である。
そして愛莉珠のサポートとなれば、当然彼女が行っているモデル業にも関わる事となる……………
何故この様な説明があるのかというと現在の状況が意味している。
場所は燦々と陽が輝くビーチの一角。周りは岩壁で囲われた入り江で完全貸し切り状態であり、海岸から離れた砂浜には大型の撮影機材が準備されていた。
そしてそんな撮影場所と言える場所から少し離れた所にある大きめのテントの中で………
「ほ〜らリク♪観念してこれ着なよ〜♪」
「ヴヴヴヴヴヴッ!!!!」
キラキラとした笑みを浮かべてそう言う愛莉珠に姿勢を低くして他のビーストと比べて遥かに大きい尻尾を更に大きく膨らませて必死な形相で威嚇する理玖がいた。
愛莉珠の手には白色のハイネックタイプの水着が握られていた。ちなみに愛莉珠は黒色のクロス・ホールタータイプの水着を着ていた。
「お願いだよ〜リクゥ〜♪ちょこっと着るだけ。ちょこっと着て一緒に写真撮るだけだからさぁ??」
「ヴヴヴヴヴッ!!!!」
笑顔でそう言う愛莉珠はゆっくりと威嚇している理玖をテントの端の方に追い詰めていった。テントの入り口には既に何人かの撮影スタッフが壁となって退路を塞いでいる。覚醒ビーストである理玖にとってそれは障害物にもならないが、そこに行くまでに愛莉珠に捕まるのは確実である。
「んー………頑固だなぁ。ちょっと姉さん手伝って!!」
一向に従わない理玖に愛莉珠は助っ人を呼んだ。
「はいよー♪ほ〜ら、可愛い原石わんこちゃんや!大人しくしようか!!」
「ヴヴゥガルルルルッ!!!」
「そんな反応されちゃうとこっちが滾っちゃうから抑えてね〜!はいッ!すっぽんぽん☆」
「ギ二ャアアアアアッッッッ!?!?!?」
愛莉珠が呼び出した助っ人の手腕により服をひん剥かれた理玖の悲鳴が綺麗な入り江に響き渡った。
***
〜数刻前〜
燦々と照りつける太陽に少し湿度のある空気。夏区域と呼ばれる場所を理玖と愛莉珠は車で移動していた。
『天災』以降の世界の気候は極寒の銀世界がある場所を境に砂漠地帯になったり、海も1年を通して嵐が止まない海域やバレーボールサイズの雹が降り注ぐ海域と滅茶苦茶なものとなっているが、それらの気候はRPGゲームのステージフィールドの様に特定区域に固定されている。
そして人類の殆どは比較的穏やかな気候の4つの区域で居住している。その区域の気候は『天災』以前の世界……世間では旧世界と呼ばれている……の四季と同じ気候で固定されている為、4つそれぞれ『春区域』『夏区域』『秋区域』『冬区域』と呼ばれている。
ちなみに理玖達が住んでいるのは春区域である。何故2人が夏区域にいるかというと、それは愛莉珠の仕事関係で来ていたのだ。
というのも気候が固定されて季節の循環が無くなった世界でも旧世界の名残りとして月毎に季節の概念は存在している。そして今の時期は春の終わり頃で愛莉珠に水着の撮影の仕事が入り、理玖は今後のサポート関係に必要な顔合わせというわけで連れられてきたのである。
「しっかしまぁ、夏区域は暑いねぇ。リクはこの辺りは来たことある?」
「小さい頃に旅行で1回来たきりだよ。………今回って水着の撮影だっけ?」
「そうそう。僕の姉さんが編集長やっている雑誌の依頼でね。時々やるからこの際リクとも顔合わせしておこうかなって」
「お嬢の姉さんってどんな人?」
「どんな人かって?ん〜……昔から性格が違う色違いの僕って呼ばれていたな」
「なるほど……?」
そんな会話をしていると2人は目的地に着いた。
既に撮影スタッフが現場に着いており、着々と撮影の準備が進められていた。
「さて着いた。おーい!姉さーん!来たよー!」
「───あ、アリスちゃん!やっほー!」
愛莉珠がそう大声で言うとスタッフの人混みの中からメガネを掛けた愛莉珠と瓜二つな女性がやって来た。愛莉珠と違う点は濡羽色の長髪をポニーテールにしており、目の色が蒼色という点だけで他はまんま愛莉珠であった。
「いや〜、急にごめんねアリスちゃん。なにぶん、しっくりくる場所がなくてさぁ。……ところでその隣の子が前に電話で話してたアリスちゃんのハウンドの子?」
「そうだよ。リク、この人は僕の双子の姉さんだよ。時々、撮影とかで一緒になるからね」
「初めまして〜。私は英春集社のファッション誌部門編集長のアロナ・シュメルローズ・レイブンハルトっていうの。アロナって呼んでね」
「どうも。おz………愛莉珠のハウンドの大泉 理玖です。今日はよろしくお願いしますアロナさん」
「よろしくねぇ大泉ちゃん。………さて、早速で悪いけど、アリスちゃんは今から着替えてきてね。大泉ちゃんはちょっとスタッフの手伝いをお願い。なにぶん話が急だったから人数が足りてなくてね」
「はいよわかった」
「わかりました」
アロナの指示で愛莉珠は既に設置してあるテントの中に行き、理玖は撮影スタッフの手伝いをする事になった。
しばらくすると愛莉珠の着替えとメイクが終わり、撮影が始まった。黒色のクロス・ホールタータイプの水着を着て慣れた様子でカメラに向かってポーズを取っていく愛莉珠はやはりプロだった。
というのも、今まで理玖が見てきた愛莉珠はだらしなかったり、ふざけていたり、変態地味ていたりしていた為、いまいちモデルモードの彼女の姿を想像出来ないでいた。
「いや〜、やっぱり仕事モードに入ったアリスちゃんは流石だねぇ。ねぇ、大泉ちゃん。大泉ちゃんと一緒にいる時のアリスちゃんってどんな感じ?」
「どうって……何かある事に抱きついてきたりしますね。あと明るくてよく笑っています」
「そっか……。そりゃあよかった。アリスちゃんは基本的にムスっとしていてねぇ。家族とか本当に仲のいい友達相手でも全然笑わなかったんだよ。…………妹をよろしくね大泉ちゃん」
「俺ができる範囲までならします」
そうしてある程度撮影が終わると一旦休憩に入った。
「そういえば姉さん。打ち合わせだともう1人相手役がいるって話だった気がするけど、そのもう1人はどうしたの?」
「それがまだ連絡が来てないのよねぇ。どうしたのかしら」
「ア、アロナさん!大変です!さっき相手方から連絡があって、事故に巻き込まれて来れなくなってしまったみたいです!」
そんな会話をしていると1人のスタッフが慌てた様子でやって来た。
「えぇ?!ちょっとそれ大丈夫なの?」
「は、はい。巻き込まれたと言っても前に走る車が玉突き事故を起こして道路が塞がれて渋滞に嵌ってしまったみたいです。……ただ、位置的に間に合わないというみたいで」
「ありゃりゃ……。どうするの姉さん?代役とかいないの?」
「今回の撮影はちょっと予定を前倒ししてやっているから代役を雇う暇が無かったのよ。外すにしてももう企画として決めちゃったから変更できないし………」
「ちなみにそのモデルってどんな人?」
「え?……えーと、今回のは普人部門とビースト部門の企画だから相手側はビーストよ?ほら前にアリスちゃんと一緒に撮ったシベハス系のビーストで…………」
アロナがそこまで言うと徐々に隣にいる理玖の方に視線が向いた。理玖は背は低いものの見た目は悪くなかった。そして尻尾や髪は毎日愛莉珠がケアしている為非常に整っている。おまけに犬系の源流である狼系であった。
「「…………………」」
愛莉珠とアロナはジィ………と理玖を見つめてゆっくりと行動を開始した。それはまるで獲物を捕まえる狩人の様であった。
他のスタッフも2人の意図に気がついた様でバレない様に包囲網を形成していった。
……………そして。
「確保ォォォォォォッ!!!」
アロナの号令により一斉に理玖を捕獲しに掛かった。しかし、理玖はそれを難なく躱していく。
「全員よく聞けッ!!リクは魔法や魔導具といった魔力関係軒並み無効化&吸収できる魔術師特攻の異能力持ちだッ!!魔法と魔導具による捕獲は僕の可愛いワンコに餌与えて元気爆発させるだけだから絶対に使うなッ!!」
『『『了解ッ!!!』』』
「何がなんでも逃しちゃ駄目だよッ!!全ては撮影の成功の為に!!!」
『『『Yes mum!!!』』』
「さぁリクゥ!!!僕と一緒に水着着て写真撮って共にイチャイチャしようじゃないかァァァァァァァッ!!!!」
「絶対に嫌だッ!!」
そうして燦々と太陽が照りつける砂浜で鬼気迫る鬼ごっこが始まり、冒頭へと繋がるのであった。




