来たるイベント〜1
理玖は現在とある問題に直面していた。
愛莉珠のハウンド発覚後のゴタゴタは彼女が虫除け用にくれた首輪のおかげで収まっている。特に問題もなく、平和な日々である。
しかし、そんな日々に新たな問題が発生した。
それは理玖が今持っている保護者説明用の用紙に記入されているの行事内容である。
メールなどの電子技術に加えて鳥メールなどの魔術関連も発達している今のご時世にプリントで連絡をするのかというのはさておき、問題はそのプリントの1番上に書かれている行事の名前。
それは数多の学生にとってビッグイベントであり、小学生ならば嬉しさ満点だが中高生はあったとしても嬉しさよりも恥ずかしさが勝つ公開処刑にも等しい行事。
────────その名は『授業参観』
両親が既に他界している理玖にとっての保護者は愛莉珠と夜奈と神崎と縁流と日暮の5人である。
1番マシな縁流と日暮は執行官の管轄トップである為多忙な事とあくまで保護者代理という立場であった為、来れる線が薄い。
神崎は前の2人に比べたら来れるかもしれないが、いらないオマケがついて来る可能性が大である。そして、彼女は愉快犯な気質がある為、サプライズと称して何しでかすかわからない。
ちなみに愛莉珠と夜奈は最初から参観日の候補から外してある。理由はあの2人の肩書きから予想される大混乱を避ける為である。
そして伝えようならばあの2人ならば嬉々として行くであろうと考えられる為、一切伝えていない。愛莉珠の時でさえヤバかったのだから、もし2人揃って来たら大惨事である。
というわけで理玖はそのプリントをベランダで焼却処分した後、その燃え滓を風に乗せて隠滅するのであった。
***
授業参観は保護者に日ごろの授業を見てもらうためであり、先生と保護者との信頼関係を深めたり、子どもが通っている学校がどのような方針・方法で教育をしているのかを知ったりするために実施するものである。
……………ただし、プライドが高い魔術師にとっては授業参観など親達のマウント取りの1つになる。
「今年も来たね………憂鬱な授業参観」
「……授業参観で何かあったのか?」
と理玖とおしゃべりをしていた普段から明るい詩織が珍しく少し嫌そうにそう呟き、その声を聞いた理玖は彼女にそう聞いた。
「あー……そういえば理玖くんは知らないんだっけ。このクラスって魔術師の家出身が半数くらいでしょ?大体保護者が参加する行事になるとその保護者組がマウント取りまくって教室がめちゃくちゃギスギスするの。おまけに魔術師の家ってまだ私達をよく思っていない人が多くて上から目線で見下してくるから嫌になっちゃうんだよ」
「なるほどな………お嬢もなんか言ってたな。時代に取り残されたオツムが腐ってる皺くちゃミイラ爺婆が腐った汁垂れ流して新芽の魔術師の子を腐らしてるだって」
「……………なんか凄い言い方だね」
詩織が説明すると理玖が前に愛莉珠が心底嫌そうな顔をして言っていた事を思い出し、それを言うと詩織はなんとも言えない表情となった。
ちなみに愛莉珠が言っていた皺くちゃミイラ爺婆……通称お腐れ老害 (神崎と夜奈命名)は魔術師界隈では既に爪弾きにされている。
女性の3人に1人がビーストに加えて、長い年月の末に純血の魔術師も御三家を除いて圧倒的に少なくなった今の時代。いつまでも差別意識を持っていては時代に取り残されて自分の首を絞めていくだけである。
しかし、長年界隈を牛耳っていた為、影響力は凄まじい。特にその爺婆の子………つまり理玖達から見た親世代が少なからず影響を受けている為、ビーストや非魔術師に対して差別意識がある。
そしてこの学園に在籍する魔術師関係の生徒の親の三分の一がこれに当てはまってしまっている。
「まぁ、そういう類の輩は最近少なくなってきているとも言っていたな」
「へぇ、そうなんだ。………というか礼華さんって今日来るの?」
「いや。というか言ってない。来たら色々面倒くさい事になる筈だし」
「……………確かに」
とそんな会話をしていると徐々に生徒の保護者と思しき人達が教室内に入ってきた。きっちりとしたスーツ姿から若干古臭い魔術師らしい姿だったりしており、威圧を目的に魔力をだしているのかその人達が入ってくると教室内の空気が重くなった。
そしてその魔力を攻撃と勘違いした理玖の魔狼達が影の中で唸り始めた。影が水面に石を投げ入れた様に波打ち、無数の赤い燐光が現れ、飢えた獣特有の殺気が漏れ出していた。
保護者組もその殺気に気づき、何事かと騒ぎ始める。
「り、理玖くんっ……抑えて抑えて」
理玖の異変にいち早く気づいた詩織は宥めようとするが、一度火が付いてしまった魔狼の戦闘本能はそう簡単には鎮火できない。
そんな一触即発な空気の中、その空気をぶち破る人物が現れた。
「─────どうしましたか理玖。随分と魔狼が殺気立っていますが」
凛とした声が響き、周りの騒めきが耳が痛くなるほど静かになり、その声の主を理玖が確認すると彼女は誰の目から見ても分かりやすく驚いた様子を見せた。
その人物の服装は紺色のハイネックニートにゆったりとした白パンツと他の保護者組と比べるとカジュアルなものではある。シミや日焼けなどした事無いと言わしめる透き通る様に白い肌に腰まで生やした夜烏色の髪を後ろで一纏めにしており、淡い空色のした瞳を嵌め込んだ顔貌はどことなく理玖に似ていた。
「……………………………………………なんでいるの夜奈姉」
理玖はこの場に絶対にいない筈の今来たら大惨事確定の人物その2の夜奈にそうたっぷりと間を開けて聞いた。
「可愛い姪っ子の授業参観ですよ。今までは立場の問題で参加できませんが、貴女が絶対的な身分を得た今では問題ありません」
「いやそうじゃなくて……どうやって知ったの?というか仕事は?まさか澪姉さんに何も言わずに来たの?」
「授業参観については私独自のネットワークで調べ上げました。澪には書き置きを残してあるので。仕事の方は礼華隊員に全て押し付けました。執務室に結界を施して閉じ込めましたので彼女の力量からするに半日は持つでしょう」
「なるほど……………」
夜奈の説明に理玖は遂に頭を抱えた。その間にも夜奈はいつの間にかひょっこりと影から顔を出した魔狼に周りの大人が顔真っ青になるレベルの尋常じゃない量の魔力をほのぼのとした表情で与えていた。
そんな時だった。理玖が持っている携帯が鳴り出したのは。
理玖が半ば条件反射で通話ボタン……というかスピーカーモードをONする。
『お、繋がった。おーい理玖坊!そっちにマジカルゴジラな夜奈行っておらんか!?あやつこれから会議だというのに急に消えたんじゃが?!』
「……………夜奈姉ならこっちにいるよ」
『やっぱりか!ゴラァア〝ア〝ッ!!夜奈ッ!!早う戻って来んかッ!!!お前こんな顔文字だけの書き置き残して予算会議すっぽかすとはどういう事じゃッ!!閉じ込められてキレた愛莉珠が暴れてビル倒壊しとるんじゃぞ!!』
「そんなもの知りません。私は今から授業参観に参加しますので切りますね」
『はぁ!?ちょッ待たんか夜n───』
夜奈はスッと理玖から携帯を取ると短くそう言って電話を切った。その後、夜奈の方の携帯も鳴り出したが、電源を切って対処した。
「…………夜奈姉」
「別に構いませんよ。会議は別の日にやればいいですし。………それに幸子と翔太さんが亡くなった後、色々構ってあげられませんでしたから、これくらいは許してください」
「……………わかった」
夜奈がそう言って理玖の頭を撫でると理玖は表情こそ変わらなかったが、大きな尻尾が嬉しそうに揺れた。
こうして普段とは違う授業参観が始まった。
 




