幕間〜とあるお家のお茶会1
今回はいつぞやのお話に出てきたお方のお話です。
どうも。私はフローレン家三女のマキリア・フローレンといいます。
え、知らない?そりゃあ当然ですよ。だって末端の私のこと知ってたらなんか怖いし。
出身は代々魔導具やら呪いやらの鑑定と解除を家業としているフローレン家です。父がフローレン家で母が魔術師御三家の1つであるニコラスヒリ家の出という事ですがあまり意味のない事です。
母曰く、母はもうあちらとはほとんど縁が切れている感じで父と母の結婚は当時後ろ盾が欲しかったフローレン家側の申し出から来た政略結婚だったそうです。ちなみに2人はそれでもイチャラブです。
魔導具やら呪いやらの鑑定と解除を家業といってもそういう依頼は時々あるくらいで基本的にうちは家計を支えるために副業として魔術師向けの酪農業をやっております。
普通の酪農とは違い、雷系魔法の触媒に使う雷雲毛が取れる雷毛羊や色々事故って骨が折れた際に飲むスクレマ薬の原料となる硬骨乳が取れるボルフォールカウなどの魔獣の中でも比較的大人しくて繁殖がしやすい魔獣を育てております。
というか家業の鑑定よりもこっちの方が最近主流になってきています。いやぁ、依頼が不定期の鑑定業と違って酪農は顧客が一定数居て尚且つ稼ぎが鑑定よりかは安定していますから。
………まぁ、前置きは置いといて。
突然ですが、私は現在精神的に死にそうです。
突然過ぎてなんのこっちゃと言われても仕方ありません。
まず、前提としてこれは私の浅はかな考えからの結果からなる自業自得です。
始まりは……そう、私がつい最近転校してきたというとある方のハウンドである大泉 理玖さんの契約紋にかけられていた隠蔽魔法を剥がした時からです。
大泉さんの第一印象はなんというか『怖い』でした。
見た目こそはクラスにいるビーストの生徒と変わりありません。魔力も一見すると時折見かける普通のハウンドが纏っている魔力量でした。
『至って普通』
それが他のみんなが思った反応でした。
ですが、私からすれば違って見えました。
私はフローレン家の十八番とも言える解析特化型であり、それに加えて裸眼で見た対象の性質や本質を見破る魔眼……分析眼を宿しています。
一見するとフローレン家の集大成と言える様なものですが、私は完全特化型な為、解析系の魔法以外の適性はほとんどなくて攻撃系魔法も子供騙しくらいの威力しかありません。加えてこの魔眼は見え過ぎて日常生活に支障をきたす為、特殊加工された眼鏡が手放せません。
ちなみに長女が私の上位互換な為、家督争いとかありません。というかそんな事やってる暇があるなら私は羊と戯れます。
そんな見たくなくても見えてしまう眼を持つ私が大泉さんに対して見えたのは影の中に住み着いている獣と狂気でした。
ぐるりぐるりと大泉さんの影の中を囲う様に群れを成していたそれらは魔獣でもボイドでもありませんでした。狼の様な見た目をしていましたが、アレはそんな生易しいものなんかじゃありません。喰いつけばズタボロに喰い尽くすまで離れない飢餓の炎に身を焼き続ける暴食の呪い。
大泉さんは時折姿がパソコンの画面にエラーが走ったかの様に不鮮明になり、それが無くなると今度は血塗れで黒い靄を身に纏っていて、何故かこちらに顔を向けて紫色の生気の無い瞳で見ていました。完全にこちらを獲物として見る目でした。魔眼封じの眼鏡を付けると普通に談笑しているのに眼鏡を外すとジィ……っと顔を向けて見ていました。
…………あれは軽くホラーですよ。
しかも魔眼で見ていた事がバレたのか、その日は一日中視界の端の影の中に彼女の影の中にいた呪いがチラチラと写っていました。
ただ、すぐに害は無いとわかったのか1日で消えてくれましたが。
これは自分のためにも下手に刺激したりちょっかいかけない方がいいものです。大泉さんは兎も角、狼の呪い達の機嫌を損ねればあの影の中にある肉団子の一部になってしまうかもしれません。
現に周りにバレない様に自分の印象を良くしてモテやすくするくらいの弱めの精神支配系の魔法を無差別放射していたナルシストな男子は、最近狼の群れに喰われる悪夢を連日見る様で寝不足な様です。今日も片足を狼の呪いにガジガジと甘噛みされていますし。
しかし私はそうした恐怖の感情とはまた別に興味が湧いてきました。
下手すると自分どころか周りまで喰い尽くすであろう力を有する大泉さんをハウンドにして良好な関係を築いている人物とは一体どんな人なのかと。
ハウンドに関する情報網で調べても絶対に目立つ筈の大泉さんの名前は契約者が規制かけてるのか見当たらず、契約紋を確認しようにもどこに出ているかわかりません。かといって対して親しくもないのに見せてほしいと頼めませんし。
一度気になりだしたら気になってしょうがない。しかし、どこに地雷があるかもわからないといった感じで悶々としていたところにチャンスがやってきました。
そう、あれは体育の授業の前の着替えの時。大泉さんとは幼馴染だという如月さんと岩瀬さんの2人(影で学園双女神と言われている)が大泉さんの契約紋を見つけて、周りも興味津々でした。
契約紋はやはりというかガチガチの隠蔽工作がされて見えなくされていました。
これは逆に見たくなる。
私はなんとか自然な形で契約紋を見る許可を大泉さんから取って、使い慣れた解析魔法を使って隠蔽魔法の穴を頼りにパッパッと剥がしていきました。
先に許可を得ていますから狼達に睨まれる心配はありませんし、許可を得た事で魔法を掛けられるという認識ができた為魔法が弾かれる心配もありません。
それに、今までわからなかった事がわかるという事で当時の私は内心有頂天になっていました。
…………………その時の自分が暴こうとしているものがパンドラの箱だったことに気づかずに。
今思えばあの隠蔽魔法、やたらガチガチだったのに何故かすぐに穴が見つかってするすると解けたなぁ………まるで教科書の課題の様に。
多分あれは罠だったのでしょうね……………
そうして開けてしまった隠蔽魔法の先にあったのは幼い頃から頭の中に叩き込まれた『絶対に敵対してはいけない家系』の『絶対に機嫌を損ねてはいけない超危険人物』の契約紋。私の魔眼にコンニチハしてきました。
契約紋は個人によって形が異なり、ほぼ全ての魔術師は10歳になると魔術師組合に行き、そこで自身の契約紋を登録します。契約紋は契約獣の目印として使われる他にも自分の手で作った魔導具などにも刻印して『これは○○○が所有又は使役している』と示します。
フローレン家はその家業故に、出自不明の魔導具が出た際にその契約紋から本来の所有者を探して返却したりしますから、契約紋に関しては叩き込まれます。
そして大泉さんの契約紋はというと『三つの竜の頭に荊を纏った剣が交差しているソフトボールサイズの物』でした。
交差する荊を纏った剣はかの有名な御三家レイブンハルト家の共通の印。そして3つの竜の頭で該当する人物はただ1人。
約600年程の歴史を持つ歴代の御三家や名だたる名家の当主達が通い卒業していった魔術師界屈指の名門校にして最難関の"ライブラリーゼ魔法学院"を首席で卒業し、テルゼウスの戦乙女になった後破竹の勢いで特級戦乙女に昇格。更には2年前に起きたボイドの大進軍、第二の『天災』と呼ばれる大災害『死の猟団』にて最前線にて雷と冷気を操り暴れ回り、その戦いぶりから付いた二つ名は『極氷姫』に『迅雷姫』に『白い暴竜』など。最近はメディアにも顔を出す様になり、その名前からなる影響力は計り知れません。
テルゼウスの5本指に入る特級戦乙女でレイブンハルト家次女。才色兼備の体現者で好き嫌いの激しい気分屋。
その人物の名前は礼華 愛莉珠。魔術師としての本名をアリス・ドラゴローズ・レイブンハルト。
そんなビッグネームの契約紋が大泉さんにあるということは、大泉さんのバディは『極氷姫』という事になって………
そんな考えが頭の中で駆け巡っていたら、突然鳴り響く着信音。まるで私が隠蔽魔法を破るのを待っていたかの様なタイミングで鳴った音の出所は大泉さんの影でした。
そして大泉さんは少し顔を顰めながらその電話に出ました。随分と気安い感じの会話の中に『両手足の指全部関節と逆側に折る』とか『家の前に晒しもん』とか所々物騒な単語が飛び交いましたが、最後は申し訳なさそうに私に電話を手渡してきました。
出てみれば初っ端、氷の様に澄んでいて、だけど嘘などは絶対に許さないといったニュアンスを含んだ威圧感たっぷりの声が聞こえてきました。
…………うん、ご本人だ。
その時の私はそう直感しました。
その声と自分が興味本位でやらかしたことで私はちょうどお昼前で空っぽの胃がキリキリ痛み始めました。
それでなんやかんやあって先方からお茶会のお誘いをされて、そして目の前にはそのお茶会という名のテルゼウスへの勧誘会の招待状があります。
………はっきり言って意味がわかりません。