幕内〜九尾の狐の過去・中
もう少し続きます
〜side神崎
母が殺されてあの家での地獄の日々のせいであの頃のわっちの目に映る景色は全て色褪せて見えていた。暖色系の色は少し分かるが、寒色系は微かと言った感じである。
症状が酷い時期には人の話し声でさえ古いテレビの砂嵐の様なザァザァとした音になっていたが、それは幸子と夜奈に出会って自然の中で過ごしているうちに治った。
だが、景色が白黒に見えてしまう症状は助けられた当時には治らなかった。
それが治ったのが夜奈と和解した時の事であった。
わっちが誘拐されかけたあの日、2人して笑っていたら段々と周りの景色に色が入っていくのがわかった。
そして、ひとしきり笑った後、夜奈が言ってくれた言葉で完全に治った。何故治ったのかは分からんがあの時の胸の内が少し埋まった感覚がきっかけなのだろう。
それからというもの、色が戻った世界は文字通り色付いて輝かしい思い出となった。
まず真っ先に変化したのは夜奈との接し方。
今までは触れるどころか近づく事すら拒否していたが、夜奈とあのクソ供と分別が着いたあの日以降は拒否しない事にした。
最初の頃の夜奈の反応は面白かった。
ある日、また懲りずに音を立てずにわっちに近づこうとしてわっちに気づかれるとダルマさんが転んだみたいに固まって動かなくなって、ゆっくりと実にゆっくりと後退して行った。
それに見かねたわっちが自ら夜奈の側に寄って近くに座ったら、今度はビシリッと音が鳴る感じで動かなくなって気絶した。
あの頃の夜奈は頭ハイスペックではあったが、心はピュアじゃったからな。それでようやく慣れた頃には愛莉珠と理玖坊の普段のスキンシップをマイルドにした感じになったが。
………それでもわっちの尻尾に頭を突っ込んでそのまま寝るのは勘弁してもらいたかった。息が付け根に当たってこそばゆくて仕方なかった。
まぁ、今でもたまに夜奈の電池が切れた時に与えてやっておるが。夜奈曰く、わっちの尻尾は保温ヒーター付きの高級布団だそうだ。
あとは後ろから抱きついて魔力補給をしたりと。ちなみに今まではどうしていたのか聞いたらわっちが完全に寝た時にこっそりやっていたの事。
幸子曰く、わっちが寝入った真夜中に息で起こさぬ様に鼻栓をして口いっぱいに綿を詰め込んだ状態で音を立てぬ様に目を爛々と輝かせて匍匐前進でゆっくりと移動してくる様は非常に怖かったのこと。
他には遠征に行く時、必ず夜奈と幸子のどっちかがわっちを連れ行く様になった。
理由は言わずもがな例の誘拐未遂事件のせいである。またあるかも知れないと念には念を入れて2人のどちらかか、3人でいる様になった。
おかげでとんでもない目に遭わされた。
夜奈の音爆弾の実験に付き合ったら至近距離で大爆発が起きてしばらく耳が聞こえなくなり、そのままフラフラとしていたら机の上の何かが連鎖反応起こしてカラフルな煙を吹き出しながらこれまた目に悪そうなド派手な色の光に目がやられたりした。
幸子と特訓中に原生林に生息している魔猿の中でも最低最悪の出来れば絶対遭遇したくない『糞猿 (残念ながら正式名称)』にこれまた使えたらある意味最悪で使い道が皆無の超レア希少魔法の『糞魔法 (読んで字の如くの効果)』で白手袋の決闘申し込みならぬこやし爆弾を投げ込まれて、ブチ切れた幸子と一緒に鋼の様に固いアイアンヤシの実をわっちの『炎操作』の練習がてら炎を纏わせて、煉獄千本ノックしてぶち込んだりしていた。
…………というかあの原生林、何故に猿が種類豊富なんじゃ?覚えてる限りざっと50種類くらいおったぞ?
とまぁ、色々とあったが、それでも毎日が楽しくて幸せだった。幸子と一緒にいると毎日が驚きの連続であったし、夜奈と一緒にいると心がポカポカして暖かくなった。
あの2人のおかげでわっちはまともな視界と聴力を取り戻す事ができた。あの2人のおかげでわっちは笑顔を取り戻せた。
─────────だから、この幸せを壊したくなかった。
***
きっかけは夜になって突然現れた黒ずくめの男だった。
その日も3人で川の字になって寝ていて、わっちが夜中に目が覚めてとりあえず水を飲もうとした時に其奴はまるでその時を待っていたかの様に現れた。
驚いて思わず身体をこわばって水差しがカタンッと鳴り、その僅かな衝撃で先程まで爆睡していたスーパー野生児とオール天才児が飛び起きてほぼ直感で枕元に置いてある侵入者撃退爆弾を豪速球でぶん投げて男の顔面にクリティカルヒットさせた。
ちなみに侵入者撃退爆弾とは夜奈が調合した粉薬をぶち撒ける代物で中身は吸えば一瞬で身体全体が麻痺する強化麻痺粉にあらゆる唐辛子を焙煎して混ぜ合わせたヘルパウダーである。
………結果、男は干からびるんじゃないかと思えるくらい顔から鼻水と涙と唾液をダラダラだして無様に地面に沈んだ。
ほぼ反射的にその男を撃退した後、わっち達は其奴の身包みを下着を含めて全部剥いで雄の尻を掘る (意味深)のが趣味な青いツナギみたいな模様が身体に表れているギカントスガリル (無駄にハンサム顔の超絶倫)に与えた。
そんな身包みを剥いでいた時に見つけたのがもう二度と見たくなった3羽の鳥が翼を広げている家紋だった。
わっちはその家紋を見て顔を顰めていたらしく、夜奈にどうしたのかと聞かれた。
最初は言いづらくて逸らしていたわっちだったが、段々近づきながら聞いてくる夜奈とそれに便乗してわっちの周りでカバディカバディと言いながらぐるぐる回る幸子に根負けして、過去のことを話した。
生まれの事、母の事、クソ魔術師の気狂い供の事を全部。なんで全部話したかは正確な理由は覚えていない。だが、この2人ならば言ってもいいと思えたのだろう。
────で、わっちの話を聞いた2人はというと…………。
仲良く目のハイライトを消して武器庫からありったけの爆弾を持ってカチコミしに行こうとした。
わっちが慌てて止めると今度は2人から『あ゛ぁ゛??』と低い声を頂戴した。………解せぬ。
わっちはいくら小さくても魔術師の家系にカチコミ行くんじゃない。何かあればやられるのはこっちの方だと説明した。
わっちの説明に2人はしばらく顔を見合わせるとわかった………と渋々頷いてくれた。
これで騒動は収まるかと思ったが、その1週間後の少し小高い丘に………………
単一の魔法のみを極めて下手すると特級戦乙女とタメ張れるポテンシャルを持っている約300体のハイテンションな殺気を振り撒く魔猿軍団に向かって迫真の猿語で演説をする幸子と2メートルほどある薙刀を手にしていつぞやのスーパー野生児と同じ『ウゥッッキィィィィィィッ!!!』と叫ぶポ○テの怒り顔の夜奈がいた。
………………………………
ど う し て こ う な っ た………
わっちは頭を抱えるしかなかった。