幕間〜LET’S PARTY!
辺りは静まり返り、聞こえてくるのは監獄内の空気を循環させているファンの駆動音と外の暴風によりガタガタと鳴っている鉄格子の窓だけである。
そんな監獄内の静寂は突如赤い回転ランプの光と共に鳴り響いたサイレン音により打ち砕かれる。
先程まで通路を塞いでいた重層で錆が目立つ防護壁が耳障りな音を立てて上へと上がり、壁によって閉ざされていた向こう側が露わとなる。
まず流れ込んできたのは異様なまでに湿気を帯びた熱波。そして何かが軋む様な音と無数の男達の荒い息遣いが聞こえてきた。
その音と息遣いに戦乙女とハウンド側の反応は大まかに分けて2つあった。
ひとつは何が起こるかわからないがなんだか嫌な予感を感じて顔が引き攣り始めている初参加組。もうひとつはまた地獄が来ると死んだ魚の目を通り越してどんな感情も見えない澄んだ目をしている前回参加組と常時参加組である。
防護壁が完全に上がり切るとそこには思わず顔が引き攣ってしまう光景が繰り広げられていた。
何十、何百もの筋骨隆々でつるりと光るスキンヘッドの男達がそれぞれボディビルのポージングをとって己が筋肉を主張していた。
ダブルバイセップス・フロントやサイドチェストなどのポージングで強調された筋肉は普通では考えられない鍛えられ方をされており、それはまるで某世界最強の親子喧嘩の漫画に出てくる米国最強の男を思わせる筋骨隆々のマッチョ達だった。
そして全員足元に水溜まりが出来るほど汗だくになっており、更には色とりどりのブーメランパンツを履いており、全身にはとある野球球児の漫画に登場する全身ギプスを着用し、黒い目隠しにボールギャグを嵌めていた。
ボールギャグの隙間から漏れる呻きとポージングをとる際に起こるギプスの軋む音。壁ひとつ隔てていただけなのにその向こうだけ空気が歪んで見えるのは気のせいではないだろう。その異様な光景に何処からか喉が引き攣った様な小さな悲鳴が聞こえてきた。
戦乙女のほぼ半分は魔術師の家系の出でいわゆる貴族の様なもの。教育は受けてはいるもののこういったものに対しては一切耐性がない。もちろん、そういった趣味の持ち主は除くが。
そんな時であった。
『れ、レディース、ア、アンドジェ、ジェントルメ、メン………お、お集まりの、み、皆さま、ご、ご機嫌……よう………ね、ねぇ?これほんとにやらなきゃだ、駄目なの?や、やっぱりニューゲートさん待った方がいいんじゃないかなぁ……?』
カラフルブーメランパンツ筋肉集団の奥から自信無さげなナヨナヨとしたそんな声がスピーカーを通して聞こえてきた。
『やるのです!やらなければなりません!!ご主人様はもうすぐ帰還すると隠密部隊から連絡がありました!その前に会場は暖めておく必要があります!そして今は副監獄長様はご不在の為、邪魔が入らない今やらなければなりませんっ!』
『 ……で、でも……』
『でもではありませんササラギ先生!貴女は信者達が織りなす美しき筋肉の演劇を観たくないのですか?!』
『めっちゃ見たいです既にこの光景だけで丼ご飯いけちゃいます』
『ならば良しです!!』
『よ、良しですね!』
その会話に鎮圧側は満場一致で『良しじゃねぇよ』と口に出さずに思った。あと隠密部隊とかなんだよとか色々とツッコミたかった。
『では変わりますね。………さぁ!お集まりの皆さまご機嫌YOU☆!今ここに集うは日々の刑罰の合間に己が肉体を鍛えに鍛え上げ更にはDr.アレーヌ様のお薬注射によりビルドアップした先鋭達デスッ!今宵は素晴らしい日になります事をお祈り申し上げますッ!!それではその肉体を更に輝かせる為の一手間を今行いますのでしばしご観覧を!…………総員、解放ッ!!』
「「「ブヒィィィィィィィッ!!!」」」
鈴の様な可憐な声の少女のやけにテンションが高い号令により男達はそんな叫び声を上げて一斉にモスト・マスキュを行う。
血管が浮き出るほど盛り上がった筋肉の肉圧によりギプスは軋みを上げ、接合部の金具が嫌な音を立てる。そして……
《《バキンッ!!》》
男達の全身を覆う強化ギプスが一斉に弾け飛んだ。もちろん汗も一緒に。そうして弾け飛んだギプスの残骸と汗の乱反射により男達側はキラキラと輝いて見える。
その奥の方で『き、筋肉がッ、今輝いて弾けてるぅ〜〜ッ!!』と歓喜に震えている事が容易にわかる声が聞こえて来た時、鎮圧側の常時参加組は無性にイラッと来た。
『レッッッツ!!パァァァァァァァティィィィィィッ!!!!』
「「「ブヒィィィィィィィッ!!!」」」
「「「イヤァァァァァァッ!!!!」」」
そんな奇声と共に一斉に走り出すゴリマッチョ軍団、それに対しての鎮圧側からの甲高い悲鳴が響き渡る。
鎮圧側から無数の銃弾が男達に向かって撃ち出される。もちろん弾は非殺傷性のゴム弾やスタン弾である。それでも当たればかなり痛いし、その痛みによって動きが鈍くなる。…………………そう普通ならば。
男達は弾丸の嵐を真正面から受けて全力疾走してきている。頬を赤く染め、息を荒くしながら。
それもそのはず。重犯罪者専用監獄『ラビュリンス』に服役している囚人はもれなく全員ニューゲート監獄長の調教を受けてアッチ方向に覚醒してしまっているのだから。
普段の敬愛なる女帝からの愛の鞭連打からしてみればゴム弾やスタン弾など節分の豆蒔きのごとく。むしろ、自分達の身体を引き締めてくれるという事で興奮している。
そんな変態集団の前に床を砕きながら白い影が飛び出して前を走っていた変態供を雷撃で吹き飛ばした。吹き飛ばされて倒れ込んだ瞬間、全身を氷漬けにされ身動きを封じられた。
砕かれた床により舞い上がった粉塵が晴れればそこには目の据わった愛莉珠がいた。メイン武器である双剣は手にしておらず素手だった。
変態集団は愛莉珠が隠そうともしていない不機嫌そうなオーラと殺気に一瞬怯んだが、それでも我らが教祖様が敬愛なる女帝の為に盛り上げているこの場を脱するとは許されない。あってはならない。故に向かう。雄叫びを上げて。
「「「ブヒィィィッ!!!!」」」
……………そう聞くに堪えない雄叫びを上げて。
「失せろ」
愛莉珠がそう凍える様な声で絶対零度の眼差しを向けながら言えば、彼女の姿は残像になり消え男達を空気中の水分を拳の周りに瓦礫の破片と一緒に凍らせて作った即席グローブで頭を殴って床にめり込ませて鎮める。
流石の変態供も床を砕き派手な音を立てて上半身を丸々めり込んでいく程の衝撃には目を回して大人しくなっていった。
そんな時だった。
愛莉珠の前方に他の男達よりもガタイが良く身体中に古傷がある一際強そうな男が立ち塞がった。
───彼はかつて裏の社会で名を馳せた殺し屋であった。
彼は武器は一切使わず、己が肉体のみを駆使して依頼をこなしていた。理由は2つ。まず、武器の持ち込みが規制された場所への侵入が容易である事。そして、道具に頼らない事が1番自身の力を誇示出来るということである。
そんな彼はある仕事でミスをして捕まり、ここ重犯罪者専用監獄『ラビュリンス』へと収監された。
そして真の主に出会い、生きる希望と信念を授かり、Dr.アレーヌに神なる力を授かった彼はもう怖いものなど無かった。
「ブモオオオォォォォォッ!!!」
彼は雄叫びを上げ、愛莉珠に向かって蹴りを放つ。狙うは顔。顔を攻撃されそうになれば誰でも怯みはする。その隙に一気に叩き込む算段だ。女がどうとか関係無しに責務は全うするのが彼の信条である。
………しかし今まで何人ものターゲットを屠ってきた剛槍の如しの鋭い蹴りは愛莉珠の顔に当たらなかった。
愛莉珠は首を少し傾けて蹴りを避けるとそのまま足を掴んでその細腕からでは考えられない怪力で自身の倍ほどはあるであろう男を振り回して床に叩きつける。
そして背中を強打して硬直している彼のある一点に向かって地面が陥没するほどの踏み込みをする。
そこはこの世の男達がどんなに身体を鍛えようとも鍛えられない急所。骨や筋肉といった装甲は無い皮だけの剥き出しの下半身の急所。……………そう、金的を。
「ブギャアアアアアアッ?!!?!」
男の絶叫が監獄内に響き渡る。男は口から泡を吹いて力尽きる。彼…………『剛脚のジム』の"男"としての人生が終わりを告げた瞬間でもあった。
その絶叫が合図となったのか一時的に戦場は痛いほど静まり返った。
その絶叫を出させた本人はまるで道端に転がる石ころを見るかの様な視線で更に追い討ちで男の脇腹を蹴り上げて壁にめり込ませる。
「……………ボクはさぁ。今、すっごく虫の居所が悪いんだよ」
カツンッ……カツンッ……と足音がやけに響く。愛莉珠の紅眼はハイライトが消えて赤一色であり、更には感情を一切感じさせない無の表情であるのがまた恐怖を誘う。
「リクがちゃんとボクのハウンドになるまで大体1ヶ月。そこからあの糞ババァの妨害で2週間。目の前にとびきりのご馳走があるのに手を出せなくて邪魔される気分はわかるかい?最初の1ヶ月はまだいいよ。仮契約状態でヤれば何があるかわからないからさ。それでついこの間色々仕組んでおいたアレコレが成功してあと一歩まで辿り着いたんだよ。
それなのにさぁ………………マジでふざけんなよ。糞ババァにこんな魔窟に連れてかれてマズ飯食わされた挙句、報酬は無しだって?…………………ブッ○す」
愛莉珠からの尋常ではない殺気に盛り上がっていた会場 (一方的に)は一気に冷めて男達は寒さが原因ではない震えに襲われている。
「どのみちテメェら潰さなきゃボクは帰れないんだよ。だから…………サンドバッグになってタマ潰させろや豚供がァァァァァァァッ!!!」
「「「ピギュイイイイイッ!?!?!?」」」
鬼の形相で突っ込んでいく愛莉珠にそれから全力逃走を図るカラフルブーメランパンツ変態集団の図が完成したのであった…………。




