幕間〜地獄に連行された極氷姫は何か吹っ切れた
しばらく違う視点になります
〜side愛莉珠
テルゼウスの本拠地であるユグドラシルから見て北西方向に距離にして往復約1週間もする位置にある重犯罪者専用監獄『ラビュリンス』。
そこはテロ行為を犯した者やら世界情勢に著しいダメージを与えたもしくは与えようとした者やら数十人単位で殺った連続殺人鬼やら要するにヤバい奴らが収容されている監獄だ。
ここの囚人は例外無く終身刑か死刑が言い渡される為、入ったら最後二度と出られない。
脱獄しようにも外は岩1つ無いだだっ広い荒野に加えて昼は超絶強い魔獣がわんさか、夜はマイナス数十度まで冷え込む気候。更には4時間に1回というエグい速さで天候がしっちゃかめっちゃかになるというオマケ付き。
例えばさっきまで海の水がそのまま落ちてきたかの様な土砂降りだったのに次の瞬間サウナの中かと思えるくらいエグい暑さになったり。
その為、ちゃんとした装備無しで脱獄するなんて命取りである。……………もっとも。ここの連中はそんなことを考えたりは絶対にしないだが。
……まぁ、この話は置いといて。
今は彼方が休眠状態だからその間にこっちは補給と食事を取っている。こういった時間にやっておかないとやってけないから。
周りを見れば死んだ魚の様な目をした者がちらほらと。そういえばさっき、誰かが発狂してたな。大方、奴らの筋肉の悪夢を思い出したんだろう………
とりあえずは飯にでも………はぁ。マズ飯嫌だなぁ………どうにかなんないかなぁ?
***
ここで1つ携帯食料について説明する。
携帯食料はどの環境下でも長期保存が可能で尚且つ遠征で不足しがちな栄養素を効率的に摂取出来なければならない。更には言えば持ち運びが苦にならず嵩張らない物という条件も付く。
過去には缶詰やレトルトなどが起用されたが水が手に入れずらい環境下や火が扱えない場所などでは不向きで道具も必要な場合もある。
そこでテルゼウスの医療機関が考案した完全栄養食が『長期保存固形レーション』である。名付けは医療機関のトップであり、なんの捻りもなく名前の通りの代物である。
この携帯食料は1本で1日に必要な栄養が取れる上に水分を含む事で胃の中で膨れ、ある程度の満足感を得られる。更には魔力の回復を促進してくれる素晴らしい代物である。
…………………ただし制作途中、誰も味に関しては全く考えなかった為非常に不味い。
***
モソモソと食べれば形容し難い味が口いっぱいに広がる。なんというか………噛めば噛む程味がカラフルに変わってくる。その味はタバスコと抹茶を合体させた様な味だったり、ミント味の歯磨き粉と塩辛を合体させた様な味だったり。要するにクソ不味い。
しかも保存の為かカラカラに乾いていて石食ってるんじゃないかって思えるくらい硬い。口に入れれば水分全部持ってかれるし早く飲み込まないと体積が増えて余計に飲み込みづらくなる。
………最初の頃は皆んなどうにかして良くしようと努力したさ。
砂糖や塩など調味料や果物とかと一緒に食べたり、余裕がある時は砕いてお粥もどきにしたり。
けど、全部ダメだった。
調味料や果物程度じゃこの携帯食料……皆んなはレンガって呼んでるこれの味は消せないどころか更に増す。まるで今はリクの肉餌になってくれたクソ成金頭お花畑娘のムカつくかまってちゃん自己主張の様に。
お粥もどきは1番酷かった。
砕いて水に入れた途端、ぶくぶくと水が虹色の泡吹いて水の体積分だけふやけたコイツができた。ならばと更に水を加えて火にかけてドロドロにしたら何故かバリウムとゴムを悪魔合体した様な味になって全員吐いた。
以前、リクにコイツをあげてみた。ひと口齧ったリクは可愛い尻尾と耳をへにょりと萎ませて普段の薄い表情が完全な"無"になった。そしてしばらく何も反応しなくなった。
ちなみにこのレンガは今のところ医療の連中が毎日死んだ目でエナドリ片手に消費している。だって栄養に関してだけはピカイチだし、それに毎日忙しいから満足にご飯食えないから。
…………この前、新人が誤発注して段ボール3箱 (1箱100個入りの返送不可)を段ボール300個やった時はマジでブッ殺してやろうかって思ったわ。レイチェルは甲高い奇声をあげてバールを振り回しながらその新人を追いかけていた。
アイツというか技術部の連中は医療の連中に次いでレンガの消費を余儀なくされてるからね。やっと在庫が切れて歓喜の叫びを上げたその直後にそれだったから奇声を上げてブッコロしたくなるわ。
ちなみその廃棄しようにも色々面倒なゴミの塊は何をどうやったのかリクが粉々に砕いて混ぜ混ぜしたらクッキーになった。普通に食べれる味になってたのは正直言って泣いた。死んだ目をしていた医療の連中もエナドリ片手に号泣していた。レイチェルも泣きながら食べた。…………ちなみにレイチェルは五袋目を食べた後、顔を青くしてトイレに駆け込んで行った。
つまり5袋食べるとやばいわけだ。
そのクッキーは現在、食堂の1番端っこで一袋100円で売っている。売れ行きはまぁまぁ。
……………あぁ、リクのご飯が食べたい。………お腹いっぱい食べたい。こんなクソ不味いレンガと気休め程度の紙パックの野菜ジュースじゃなくて、リクのあったかいご飯が食べたい。…………リクを食べたいな。
とそんな考えてたら、隣に誰かが座ってきた。見ればそこは僕をこの地獄に連れ込んだバb──柳龍局長だった。
「…………あと数時間でニューゲート監獄長が帰還すると通達がありました。それまで辛抱です」
柳龍はそれだけ伝えるとレンガの包み袋を乱暴に開けて無理矢理口に押し込んでガリガリ食った。よくそんな勢いで食えるなって思ったら案の定奴の目は濁っていた。
「あっそ。………はぁぁぁぁぁぁ。やっと終わるか」
僕は柳龍の知らせにようやくひと息つけた。
─── 重犯罪者専用監獄『ラビュリンス』には絶対的な支配権を持っている女帝が存在する。
それが『雷鞭女帝』の二つ名を持つ『ラビュリンス』監獄長のシュヴァルツ・ニューゲートである。
彼女は主に契約を背いた魔術師を処刑する一族の生まれで拷問のスペシャリスト。メイン武器は5メートルもある鞭で彼女はその鞭を変幻自在に操り、おまけにボッキュッボンのナイスバディの美女。ちなみに階級は僕と同じ特級で僕の数少ない話の合う同期である。
ただし、彼女は超が付くほどサディストで執務の半分以上を部下に任せては心の赴くまま鞭を振るっている。身分や刑罰の重さに関係なく、囚人たちのことは等しく豚と罵ってる。いや、囚人であるとかないとか関係無しに目について気になったら即ロックオンだな。
そのおかげで奴がまだユグドラシルにいた頃色々とやらかして困り果てた上層部は彼女をここ『ラビュリンス』の監獄長にする事で封じ込めた。まぁ、これに関しては正解だな。無法地帯だった監獄は歪だけどある程度纏まったし。
だけど、その中身がこのレンガ並みに混沌としているから重犯罪者専用監獄『ラビュリンス』は一癖も二癖もある者しか派遣されてこない。だって、皆んなあんな狂人と一緒に仕事したくないし。
まず彼女のハウンドは昔国家転覆を図ったカルト宗教家で彼女の事を『ご主人様』と崇拝している元美男の真性ドマゾ覚醒ビースト。コイツの行動原理は全てご主人様であるニューゲートのみであり、ニューゲートにお仕置きされるのが生き甲斐のビーストとしても性癖としても覚醒しちゃってる超真性ドM。
ちなみにお仕置きされたいからと定期的に洒落にならない問題行動を起こしてる。
次に監獄医療長。コイツは自己肯定感がゼロを突き抜けてマイナスに落ちてる為、よく頭にキノコ生やして偶に自殺紛いの事をする。重度の筋肉フェチで今回の騒動の主犯格その2。
次に監獄医療長のハウンド。こっちは極度の人見知り&コミュ障。基本的に頭から全身をスッポリと覆う段ボールを被ってバディの医療長の影にいる。ちなみに段ボールを無理矢理取ると泡吹いてぶっ倒れる。今はどっかの倉庫で補給物資用の段ボールに擬態して気配を消している。
次に看守長。こっちはニューゲートと違うベクトルでやばいマッドサイエンティスト。チェンソー片手にヒャッハーして囚人の身体を魔改造しようとしたり変なお薬を作ったりしている。現在は彼女のハウンドによって監禁中。
次に看守長のハウンド。頭のネジがダース単位で吹っ飛んだ変人と狂人と変態しかいない監獄での大変希少な常識人。ただし、血を見ると暴走して見境なく破壊活動を行う。しかも自身の能力も血液関係な為、手に負えないバーサーカーとなる。
最後に副監獄長。執行官の長である縁流から直々にニューゲートの監視という事で地獄に送られた胃薬と頭痛薬が手放せない非常に可愛そうな常識人。尚、現在ハウンド無し。
これまでどんなに優秀な執行官でもニューゲートの前では早くて1週間で堕ちてしまっていたのに対して彼女は8年間正気を保ったままニューゲートや看守長などの狂人を物理的に鎮圧してきたある意味英雄的な存在。現在はストレスにより胃が完全崩壊して遠く離れた病院で点滴治療を受けている。
最後見た時は真っ白な顔して輝かしい笑顔で血反吐吐いて気絶していた。絶対今回の騒動に参加出来なくて嬉しがってるよアレ。
「というかさ柳龍。これ参加したって事は僕にもあるんだよね?」
「………何がです?」
「いや報酬!いつも貼っても人来ないポスターのやつだよ!!知らないとか言うんじゃないよ?!」
毎回この時期に成れば食堂の掲示板にデカデカと貼られる監獄鎮圧作戦の募集。全員正気を保ちたいから見てみぬふりをしてるから最近では違反者の罰則として強制参加させられてるけど。
ちなみに報酬は翌月から半年の間給料3倍アップと有給休暇3ヶ月分 (どのタイミングでも可)とかなり破格なもの。…………尚、それでも寄り付かないのはそれだけ地獄だから。
これに食いつくのは何も知らない新人か本当に食い詰めて後先無くなった奴だけである。
僕は給料については別にいい。それなりに貰ってるし溜め込んでるから。僕が欲しいのは有給の方。今度は邪魔が入らない様に実家の私有地にリクを連れ込んでそこでこの前の続きをおっ始めるのだ。流石のコイツも御三家の私有地に乗り込んでは来ないだろうと思ったからだ。
いやぁ……あれは絶対に堕ちたね。うん。あとは前々から用意していたアレとかアレとか使っt─────
「そんなものは貴女には存在しません。正式な手続きを踏まずに連行してきましたからタダ働きですよ。そもそもこれはペナルティですから報酬なんてものは貴女には最初から渡しません」
「────────────────は?」
頭の中で何かがプッツン切れた様な感覚があった。




