転校生として
普人からビーストへ変わった理玖は『転校生』として特別科に入る事になった。ちなみに特別科はその該当人数が少ない為、1学年に1クラスという事になっている。
もちろん、教職員には事前に神崎が出向いて事情は説明してある。理玖が覚醒ビーストになり、戦乙女のハウンドとなった事や説明できる範囲での能力の開示などだ。
ちなみに覚醒ビーストの能力は機密保持の観点から基本的に公表されない。されたとしても一般的なビーストと同じく2つまでである。
そして現在、理玖は『転校生』にありがちな洗礼を受けていた。
「ねぇ大泉さん!前はどこに住んでたの?」
「テルゼウス本部近くの中央区です」
「学園の双女神とはどんな関係?」
「幼馴染です。昔はご近所でよく一緒に遊んだりしていました」
「その尻尾って生まれつきそうなの?あと入れ墨みたいなのあるし」
「尻尾は戦乙女のハウンドになってからこうなりましたね。入れ墨は戦乙女とバディの契約を結んだ証です」
「そのバディの契約をした戦乙女って誰?」
「すみません。それは言えません」
………………そう、質問攻めである。
理玖は笑顔を浮かべ、優しい口調で返せる範囲で返答をしていた。ただ、その仕草や口調は外行き用に貼り付けたものというのは詩織と美桜はわかっていた。
愛莉珠が見たらきっと微妙な表情を見せたであろう。そしていつも通り甘やかす。それだけ彼女は明らかに無理しているのだ。
質問攻めに来ているのは全員ビーストの女子生徒である。
オーソドックスな犬耳や猫耳や狐耳、日暮と同じ牛タイプや兎耳もおり、変わりどころだと両腕が翼の鳥人や爬虫類の尾を持つ者もいる。
………ビーストについてまだわかっていない部分はあるものの、どの出身地によってどの型のビーストになるのかは大体わかっている。
例えば、寒冷地である北方では寒さに強い動物……熊やトナカイやペンギンなどが元となるビーストが出てくる。逆に湿地帯や温暖な島だと昆虫以外の水性生物や爬虫類系が元となるビーストが出てくる。
もっとも、これはあくまで目安である為、参考程度にしかならないが。
そんなことで早く質問タイムが終わってほしいと思っていた理玖はふと覚えのある魔力の流れを感じ取り辺りを見渡す。すると微かにパキンッという音が鳴り、その音の出所を見るとビーストではない生徒……つまりは魔術師の生徒だけが集まっているところにいるインテリそうな見た目の男子生徒が砕けた札みたいなのを持って狼狽していた。
(あれは確か………お嬢も持っていた相手の能力が見れるやつ………だったけ?)
例の事件が終息してからの1週間。愛莉珠は理玖に何が効果あって何が効果がないのかという事を知るために様々な魔導具を試していた。
結果、杖や魔剣や護符など本人が使用して効果が発動した場合使えたものの、逆の場合では効果が無いどころか普通ならば壊れない筈の魔導具が破損してしまったのだ。
……ちなみに愛莉珠が面白がって『付与護符板』……他者の魔術を付与して本人以外でも使えるようにした高級魔導具………を大量に使って破損させて修理するレイチェルにもうやめてくれと泣きつかれた。
そして今回、男子生徒が使ったのはその『付与護符板』の親戚である『鑑定板』で効果は名前の通りである。
さて、未遂とはいえ個人情報を盗み見ようとしていた男子生徒を理玖がどうするかというとどうもしない。というか実際、あまり気にしていない。
………だが、愛莉珠には『それやられたら顔の原型無くなるまでぶん殴れ。ついでにひん剥いて裸にして晒し者にしとけ』と言われている。要は舐められるなというわけである。
しかし、ここでそれをやるわけにはいかない。彼方は隠れてコソコソとやっていたし、下手に言及して実行すれば、クラスの印象は確実に悪くなる。
ならどうするか。………と悩んでいた時、理玖はふと自分が幼かった頃に夜奈がしてきた助言を思い出した。
『いいですか理玖。相手に陰口や変なことをされたらそいつに向かって笑顔を見せつけるのです。笑顔は生き物にとっての攻撃体勢ですから本能的に危険を察知します。いいですか?このようにするのですよ』
その日見せた夜奈の笑顔は非常に不気味なものでしばらく夜中にトイレが行けなくなった程である。
そしてちょうど良くその男子生徒と目が合った為、理玖はその時の夜奈の笑みを真似てみようと思った。
まずは口角を吊り上げて目を若干細める。そして顔を若干傾ける。あとは相手側を食べ物だと思ってひたすら焦点を合わせる。これで夜奈直伝の不気味な笑みの完成である。
ちなみにこれは詩織たちからはかなり不評で更に言えば両親に見せたら理玖の母親である幸子は教えた犯人である夜奈を鬼の形相で狼の軍団を呼び出して鬼ごっこを始め、父親である翔太からは優しく且つ丁寧に長々と説教をくらった。
その時の笑みを見た皆の感想はというと『絶対にヤバい事をやらかすサイコじみた笑み』というもの。
実際、その笑みを向けられた男子生徒は小さく悲鳴を上げて顔を青くした。その周りの生徒たちも彼の異変に気づきその視線の先にいる理玖を見て顔を引き攣らせる。
そんな彼らの様子を見て理玖はふと何故彼らは先程からあの様に集まって遠巻きに見ているのか疑問に思った。そしてその不気味な笑みを維持したまま考えを巡らせていると頭を軽く叩かれた。
「こら。そんなゲス顔しないの。あっちの方、怖がってるじゃないの」
笑みを解いて見上げればそこには呆れた表情を浮かべている美桜がいた。
「久しぶりにやったけどやっぱりゲス顔なのか?」
「思いっきりね。しかも凶悪さが磨きかかっている。一体何があったらそんな顔できるのよ」
「色々とあったんだよ………色々と」
「は、はぁ?」
理玖の解答に美桜は疑問符を浮かべているとちょうど休み時間の終了の合図でもあり授業の始まりの合図でもあるチャイムが鳴った。