日常〜2
「───以上でホームルームを終了する。部活動がない奴は早く帰れよ」
担任の教師がそう締めくくり、教室を出て行った。学校が終わり、理玖は帰宅の準備をして速やかに学校を出た。
他の3人はそれぞれ陸上部、柔道部、茶道部に入っている為、帰宅部の理玖とはあまり一緒に帰れない。ちなみに詩織は何故かよく理玖と嬉しそうに帰ろうとするが彼自身にもその理由がわからない。
理玖は一人暮らしの為、基本的に帰りにスーパーにより必要な食材などを調達してから帰路に着く。
今日は特に買い物の必要がなかった為、理玖はそのまま家に帰った。
そして、自分の家であるマンションに着き、玄関の鍵を開けて入ると理玖は部屋の電気が付いていることに気づいた。
理玖は玄関にあった靴からその部屋にいる人物が誰なのかわかり、ため息をついた。そして、電気がついた部屋に入るとそこには1人の小柄のビーストの女性がいた。
大きな闘牛の角に薄茶色のセミロングの髪、おっとりとした顔貌には朱色が入っている。よく見れば彼女の周りには缶ビールの残骸が転がっている。
「あ、理玖くん。おかえりなさい〜。お邪魔してましてますよ〜」
「……………日暮さん。また酒飲んでいたんですか。駄目じゃないですか。貴女、酒に弱いのに」
酔っているのか随分間延びした声に理玖は呆れながらそう言って周りに散乱している缶を片付け始めた。
彼女の名は日暮 伽耶子。ボイド殲滅と人類の救済を目的とした組織『テルゼウス』に所属する『ハウンド』の1人で理玖の保護者だ。
ちなみに『ハウンド』とは戦乙女と魔術契約を結んだビーストのことをいう。
理玖の両親は2年前、理玖が中学3年の時に亡くなった。理玖の両親は父が戦乙女、母がハウンドで亡くなった原因はボイドとの戦闘による殉死だ。
戦乙女には数は少ないが男も存在する。しかし、全体から見れば圧倒的に女が多い。故に戦"乙女"と呼ばれている。
日暮ともう1人の保護者は昔から理玖の両親と親密な関係にあったらしく、理玖も両親からその2人は信用してもいいと言われていたほどだ。
日暮は少なくとも週に1回は理玖が住むアパートに赴き、理玖の様子を見にやって来るが……必ず酒を持ち込んで呑んでいる。
「理玖くん〜……、大人の楽しみにとやかく言うもんじゃないですよ〜〜?ハウンドは〜、毎日大変なんですから〜〜……」
「はいはい……、夕飯は要りますか?」
「いりまーす!あ、それと芽衣子もそろそろ来るはずですよ〜」
「縁流さんもですか?わかりました」
理玖はそう言って、荷物を置いて台所へと向かい、夕食を作り始めた。普段から自炊をしており、バイトの方でも飲食店で働いている為ある程度の料理なら作ることが可能である。
そして理玖が料理を始めてからしばらく経つと玄関から来客を知らせるチャイムが鳴った。
「はいは〜い。今でますよ〜〜」
日暮は手が離せない理玖の代わりに玄関に向かい、来客を出迎えに行った。………片手には酒瓶を持って。
「いらっしゃ〜〜い!芽衣子!」
「……………お前はまた呑んでいるのか。明日の仕事に支障をきたすぞ?」
と日暮に出迎えられて入ってきたのは縁流だった。
縁流 芽衣子は『テルゼウス』に所属する戦乙女で日暮の相棒だ。
日暮と対照的な長身で水色のショートヘアにトレードマークの黒いカチューシャ、そしてどこか猫を彷彿とさせる顔貌をしている。
「どうも縁流さん、お久しぶりです。夕飯要りますか?」
「久しぶりだな理玖。頂くとしようか。それと……またウチのぐーたら牛が世話になっているな」
「誰がぐーたら牛ですかあ!!私は駄肉なんてついてないでしゅよコンニャローー!!」
日暮は酔いが回って呂律も怪しくなって来ていた。
「そうだな。お前は肉が付かんからな。まったく……、お前はいつもここに来るたびに酒呑んで酔い潰れているんだから。背負って連れ帰る身にもなれ」
「えぇ〜〜……、だって仕事大変じゃないですかあ〜。芽衣子が書類仕事苦手だから全部ぜーんぶ、私がやってるんですから感謝しなさい!!」
といった感じで日暮と縁流の言い争いが始まった。
「はいはい2人とも喧嘩しないでください。夕飯できましたから机の上の空き缶とか片付けてください」
理玖はそう言って出来た料理を運んできた。
「お〜、今日は回鍋肉ですね〜。またお酒が進みそうなもので」
「お前はもう飲むな」
そんなことで賑やかな食卓が始まった。
***
賑やかな夕飯が終わり、満腹と酔いで眠くなったのか日暮は仰向けになって寝てしまった。その様子に2人は呆れた顔になった。
「いつもすまないな理玖。……何度言ってもコイツの酒癖が治らなくてな」
「いや、縁流さんも日暮さんも毎日忙しくて大変なのはわかっています。ここに来た時くらい自由にしてもいいんじゃないかと」
「………そうか」
理玖がそう言うと縁流は小さく微笑んでそう呟いた。そうしてしばらく流れる静かな時間。理玖と縁流はあまり喋らない方で、基本的にはおしゃべりな日暮に合わせている。
故にこの静かな時間は苦痛ではない。
「───縁流さん。ひとついいですか?」
とここで理玖がその沈黙を破った。
「なにかな?」
「戦乙女にとってハウンドって一体どんな存在なんですか?」
「戦乙女にとってのハウンド?…………かけがえの無い存在という者もいるし、私の様に気の置けない居場所という者もいるし、君の両親の様に愛おしく感じられる相手という者もいる。
まぁ、それは人それぞれだな。どうして急にそんなことを?」
「いや、なんとなくですかね。縁流さん、いつも日暮さんを見る目が優しいですから。それに父さんも母さんのことを大事にしていましたから」
「なるほどね。………まぁ、こればかりは本人にしかわからない事だ。それに戦乙女は直感的にわかったとしてもビースト側からは何も分からず、急に迫って来るみたいなもんだからね」
「色々苦労するんですね」
「そうさ。まぁ、伽耶子はふたつ返事で了承したからこっちが面を食らったよ」
縁流はそう言って笑った。ちょうどその時、日暮が呻き声を上げて起き出した。
「ちょうど起きたみたいだな。それじゃあ私たちはこれで失礼するよ。ご馳走様」
「また今度ですね。おやすみなさい」
縁流は呻き出した日暮を肩に担いで帰っていった。
そうして部屋の中は耳鳴りがするくらい静かになった。先程まで暖かく感じていた空間も縁流たちが帰った途端、少し寒く感じた。
理玖は洗い物をした後にシャワーを浴びて、次の日の準備をし布団についた。
………最近になって感じる様になった小さな胸の痛みを無視しながら。