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極氷姫の猟犬  作者: 骸崎 ミウ
第2章
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最悪の事態

雷を纏いながらひたすら飛んで行く愛莉珠。その目は完全に据わっており、後方からの静止も耳には入らない程、内心荒れていた。



やることはただ1つ。大事な愛犬(理玖)を盗み出したグラウシス(クソ成金女)を物理的にひき肉になるまで叩き潰すということ。



場所はわかっている。理玖にペナルティとして付けた首輪には発信器が仕込んであるからだ。仕込んだ理由としてはもし理玖がどこかで迷子になったりした時、真っ先に自分が見つければ好感度が上がるんじゃないかと思った為である。



…………元々首輪はアレ系のプレイとして使う予定だったが。



理玖は気に入ったのかあのペナルティ以後ずっと付けたままで生活していた為、すぐに居場所がわかったという訳だ。ちなみにあの首輪は愛莉珠でないと外せない様に封印術式が組み込まれている。



そんなことで一刻も早く理玖を救い出してそのあとは怖い思いをしているであろう彼女に寄り添ってそのままゴールインする構想を練っていた。



そんな時だった。後ろから誰かに襟首を掴まれて愛莉珠は急停止させられた。




「───ぐえっ?!ちょっと誰!?」



「私です」




振り返ればそこには炎の模様をあしらった和風の軍服タイプの戦闘服に身を包んだ夜奈がいた。




「少しは落ち着きなさい。焦っては冷静な判断ができませんよ」



「問題無い。リクを取り返してアイツをミンチにするだけだから」



「問題大ありです。そもそも、グラウシスの処遇はこちらでします」



「じゃあ、一体どんな風にやるのさ?まさか北監獄にぶち込むだけとは言わないよね?」



「そんなもったいない事はしません。まずは両手足をぶつ切りにしてダルマにします。そのあとは全身の皮を剥がして再生しての繰り返しです。もちろん、壊れない様に精神の保護はします。………どうですか?」



「…………………悪くはない。けど、あんたってそんな過激思想だったけ?」




「いいですか?そもそも私はあの子を貴女に預けるのもかなり吟味したんですよ?貴女の初日の奇行を見た後に毎日毎日寝ずに書類と睨めっこして3日くらい睨めっこして澪にどやされるまで睨めっこしてようやく渋々承認したんですよ?それはそうでしょう何故ならあの子を貴女に預けようならば貴女は大事なあの子の身も心も汚そうと考えていましたからね。そんなことをしようものなら名家だろうがなんだろうが私はなにがなんでも今持っている全権力を使用して阻止します。しかし理玖が貴女のことを信頼して懐いていますからこれに関しては不問にします。ですが今回のあの馬鹿の行為は度し難い行為です。許容範囲外です。今すぐあのイカれ頭に炸裂ナパーム弾ぶち込みたいですね。しかしそれだと罰にならないのでお家取り潰しで全財産没収しましょうか。いやそれがいいですねそうしましょう」




そんな感じで捲し立てる夜奈の淡い空色の瞳は暗い海の底の様にどこまでも続くハイライトの無いダークブルーになっていた。そして無表情且つ至近距離でそれをやられた愛莉珠は先程までの心の荒ぶりは何処へやら、完全にドン引きしていた。



そんな時に遅れてやって来たのが神崎、縁流、日暮、ロザリア、炎乃華の5人だった。




「ちょ、ちょっと神崎。あんたのバディ、ぶっ壊れてるけど?」



「いつものことじゃから気にせんでええよ。理玖坊が絡むと此奴はポンコツになる。それよりも……礼華や。先程から一直線に飛んでおったが理玖坊の居場所がわかるのかの?」



「ん?あぁ、そうだよ。リクが付けている首輪に発信器を仕込んであるからね。ほらこの端末で位置が丸わかり」




そう言って取り出した端末の画面には簡単な地図に赤く点滅している丸印が映し出されていた。




「その赤い丸が理玖坊の位置かの?」



「そうそう………ん?赤い丸?……………あ、やばい。これ暴走寸ぜ────」




その時だった。端末からけたたましいサイレン音が大音量で流れ始めた。そして、今まさに理玖がいるであろう方向から大量の狼の咆哮の大合唱が風に乗って聞こえて来た。




「……………ごめん局長。グラウシス達、多分喰われたよ。丸ごと全部」



「………その様ですね。まぁ、アレも理玖の糧になったと考えれば良いことでしょう」



「というかさ?なんであんたがそんなにリクのこと気にかけてるの?」



「それは理玖は私の──」




愛莉珠の質問に夜奈が答えようとした時、ちょうど良いタイミングで愛莉珠が持っている通信端末に連絡が入り、名前を見るとそこには『エロ河童(レイチェル)』とあった。




「……なにレイチェル?今はちょっとマズいことになってるんだけど?」



『それって理玖ちゃんが暴走引き起こしたんか?それなら早ようしないと2次被害が出るなぁ』



「は?なに言ってんの?というか連絡入れた理由を教えて」



『理玖ちゃん、ちょうど今3つ目の異能力が顕現したで。それもすんごいやつ』




レイチェルの報告を聞いて愛莉珠は額に手を当てて空を仰いだ。状況は面白い様に悪化しているのに空は雲ひとつ無い快晴なのがなんとも言えない。




『あー……、報告続けてもええか?』



「………………続けて。どのみちわからないと対処のしようがない」



『りょーかい。そんで理玖ちゃんの3つ目の異能力なんやけど、それが─────………』




………その後、レイチェルの説明を受けた一行は血相変えて暴走状態の理玖の元へ急いだ。



2次被害なんて生易しいものではない。早急に対処しなければ十数年前のボイドが始めて出現した『天災』に匹敵する大災害が引き起こされる可能性が非常に高くなったのだ。






***





時は少しばかり遡り、理玖が暴走する直前のこと。理玖を誘拐したグラウシスは想定外の事態に焦りを浮かべていた。




「なんでっ!……どうして!一体どうなってるのよ!なんで上書き出来ないのよ!?」




そう落ち着きなく歩き回るグラウシスの足元には明らかに弱っている理玖が鎖で繋がれて倒れ込んでいた。



両手足首には枷が付けられており、鎖は身体全体に巻き付いている。そして、枷と鎖はどちらも鈍く赤く光っており、理玖の下の地面には紫色の古めかしい魔法陣が敷かれていた。



理玖に取り付けられている枷と鎖は取り付けた対象の体力を一時的に奪う魔導具で元々は魔獣を生きたまま捕獲する為のものであり、魔法陣は契約の上書きの為のものである。




「ちょっと!コイツ本当にただのビーストよね?!あり得ないくらい魔力喰うんだけど!?」



「そ、そのはずです。本部のデータベースで調べた情報ですから間違いなく……」



「だったらこの状況はどういうわけよ!?使いたくない箱全部使ったのに上書きの予兆すらでないなんて!!」




彼女達の周りには空になった魔蓄箱が10個ほど転がっていた。魔蓄箱の上限は登録した本人の保有魔力の3倍まで。つまり理玖はグラウシス30人分の魔力を平らげだというわけだ。



ここまで魔力を消費しても契約の上書きが出来ない理由はいくつかある。



まずグラウシスが言うビーストの契約の上書きは対象に今まで込められた魔力を上回る量の魔力を与えることで完了する。そしてここで言うビーストとは通常(・・)のビーストである。



通常のビーストであるならばそれだけでいいが、覚醒ビーストだと今まで込められていた魔力の2倍は必要である。わかりやすくカードゲームで例えると通常のビーストが10コストで召喚できるのに対して覚醒ビーストは20コスト必要なのだ。



次にグラウシスと愛莉珠の魔力量の差である。



両者を比べると明らかに愛莉珠の方が魔力量がダントツである。具体的な量は愛莉珠1人に対してグラウシス約3人分。何故ここまで差があるかというと血筋が関係している。



片や長い歴史の中で純粋に魔導師のみで血統を守って来たレイブンハルト家の令嬢。片や必要だったとはいえ魔力を持たない者を血筋に入れて来た分家の者。



そうしたことで魔力量に差が出来るのは必然である。



そんな愛莉珠が1か月の間毎日枯渇寸前まで魔力を与えて、更には愛莉珠に匹敵する魔力量の夜奈の魔蓄箱を5つほど消費している。



つまり、グラウシスが理玖と愛莉珠の契約を上書きするには彼女自身の魔蓄箱が約80個(グラウシス240人分)必要となる。



もちろんそれだけの量の魔蓄箱をグラウシスは持っているはずなく、仮に持っていたとしても相性の悪さからまた数倍必要となる。どのみち無理な話であるのだ。



そして更に付け加えるとすれば理玖に取り付けられている枷と鎖。グラウシス達はこれを体力を奪う魔導具だと勘違いしているが実際には魔力を奪う代物。魔獣は体力=魔力量という摩訶不思議な生態を有しているのだ。



つまり、今は消費と供給が完全に偏っている状態で理玖は弱っているというより飢餓状態で暴走寸前なのである。




「あぁもう!!こんなことに時間費やしてる暇ないってのに!!早く染まりなさいよこの駄犬ッ!!」




グラウシスが理玖の髪を掴みながらそう叫ぶ。髪を引っ張られ揺らされているにも関わらず無反応な彼女の様子に周りの取り巻きは不審がった。




「グラウシス様。なんかそれ………様子がおかしくないですか?」



「は?………あら?ちょっと?どうしたのよ急に」




取り巻きの指摘に気づいたグラウシスは理玖の頭を軽く小突くがそれでも無反応。まさか死んだのでは?とグラウシスが思ったその時──



グラウシスの背後に突如、体高だけでも5メートルはある黒塗りの鎧の様な外皮を持った異形の狼が出現し、グラウシスを丸ごと捕食した。



赤い血が撒き散らされ、異形の狼が咀嚼するたびに肉が潰される音と骨が砕ける音が辺りに響き渡る。そして突然の出来事に頭が追いついていない取り巻き達の喉元には一回り小さい異形の狼達が喰らい付き、ひと噛みで首の骨を噛み砕く。



そうして1匹、また1匹と理玖の影から狼の群勢が現れて物言わぬ肉とかしたソレを毛の一本、血の一滴を残さず平らげた。



狼達は自らの群れの長が置かれている状況を理解して鎖と枷を外そうとしたが、身体全てが魔力で構成されている彼らにとって、その鎖と枷に触れることは自殺行為であった。



ではどうするか。



ここにはあのいつも優しくて自分達を認めてくれた銀髪のあの人はいない。あの人が来るかもわからない。



狼達は考えた。そして1つの結論を出した。



"力を蓄えればいい"と。魔力を喰らって力を蓄えて強くなれば群れの長も自力で外すことが出来るはずだと。



ならば………狩りだ。



狼達は一斉に遠吠えを上げた。彼らは群れ、連携し、狩りをする。幸いにも近場には非常に美味そうな匂いが大量にある場所がある。




そうして彼らは群れを成して狩場へと向かった。




さぁ……………魔狼の狩猟(ワイルドハント)の始まりだ。

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