お嬢の正体
あの後、神崎と別れて家に帰った理玖と愛莉珠。
理玖は洗濯物を取り込んだり、買ってきた服を閉まったりしている。愛莉珠はというと普段なら理玖を構い倒すところだが、帰った後ソファに突っ伏したまま動かなくなった。
理由はわかっている。先程のグラウシスの件である。
理玖はブチ切れた愛莉珠をはじめて見たがあまり怖いとは思っていなかった。矛先が自分に向いていなかったというのもあるが、怒った内容が自分のことというのもある。
「…………リク。こっちおいで」
理玖が愛莉珠の今の状態をどうやっていつもの彼女に治そうか考えていた時、力無い声で当人からお呼びがかかった。
「わかった」
理玖はすぐに返事をしてソファに突っ伏したまま動かない愛莉珠の側へと向かった。理玖が近づけば愛莉珠はゴロンと仰向けになって両手を広げた。要は抱き枕になれである。
彼女の意図を理解した理玖は文句などは言わず素直に愛莉珠の側に寝転がり抱き枕になった。
「…………ごめんねリク」
しばらくの沈黙の後、愛莉珠は理玖にそう言った。
「アレは事故だよお嬢。誰もあの場所であの女と鉢合わせするなんて思わないだろ?」
「そっちじゃない。いや、そっちもあるけど……」
「じゃあ、なに?」
「怖がらせて……ごめんって、こと」
「…………そっちか。俺は別に気にしてないよ。それに怖いとか思っていない」
「……………ほんと?嫌いになってない?」
「嫌いになってない。本当だよ」
「………そっか。………………ありがとう」
愛莉珠は理玖の回答に安心した様に小さく笑ってそのまま理玖を強く抱きしめてぐりぐりと顔を押し付けた。
「そういえばさっきの感じ悪い女ってなに?」
理玖はいつもの愛莉珠に戻ってひとまず問題ないだろうと考え、先程のグラウシスについて聞いた。
「アレは第一近衛隊の副隊長のグラウシスって奴だよ。金と家の権力で地位を得たボンボンだよ。変に力強いし根っからの魔術師だから自分より弱そうな奴とかビーストとか見下して影で虐めてたりしてるんだよ。ちなみに周りにいた取り巻きはアイツの側付きで似たような奴らだよ」
「………成金ガキ大将と金目当ての子分たち?」
「そうそう!そんな感じ!……というかリクあの時気分悪そうにしてたけど、そんなに神崎の尾が臭かったの?」
「いや、み……神崎管轄長のほうじゃないよ。あの人の尻尾はいい匂いだったし。気持ち悪かったのはあのグラウシスって奴の魔力。なんか発酵した塩漬けの魚みたいな匂いだったし」
「それってあの臭い缶詰……というか魔力に匂いなんてあったんだ」
「食い物と同じであるよ。ちなみにお嬢のは普段はやたら甘ったるい菓子みたいな匂いだけど怒ると火薬みたいな匂いがする」
「それはそれで嬉しいのか嬉しくないのか判断に困るなぁ………」
そうしてまた静かになる2人。
いつの間にか愛莉珠は理玖を抱えたままソファに座っており、理玖の腰に手を回して膝に乗せている状態である。そして理玖の髪に顔を埋めて鼻息荒くしている。
対する理玖もなにも言わずに抱きかかえられている。
………ただ、腰に回された手が徐々に胸へ行きそうなのを抑え込んでいるが。
「そういえばお嬢。さっき怒ったとき、アレの家ごと潰してやるとか言ってたけど、お嬢の実家ってそんな偉いの?」
となにか話題を出そうと思った理玖は愛莉珠にそう聞いた。
「偉いか偉くないかって言われたら偉いほうかなぁ。理玖は魔術師の家系の力関係って知ってる?」
「…………確か最も力がある御三家を頂点にして3段ピラミッドみたいな感じだっけ?」
「まぁ、大雑把に言えばそうだね。そして僕の生まれはその御三家の1つさ。あ、分家とかじゃなくて本家の方ね」
「………………………………………は?」
愛莉珠のさりげなく投下された特大爆弾に理玖は思考停止した。
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『天災』が起こった後の世界の力関係は昔に比べててかなり変わっている。
国の維持と運営する『政府』、ボイドの殲滅と治安維持を担当する『ユグドラシル』、そして経済の発展と技術提供を『魔術師』が行っている。
その中の『魔術師』は遥か昔から存在しているもので『天災』以前は表舞台には出てこずひっそりと黙々と魔術の研究などを行なっていた。
そんな万年裏方だった魔術師は『天災』以降に魔術でしか倒すことができない化け物が出現したことで表舞台へ出てくる様になったのだ。
初期の頃は多少の反発はあったものの元々研究費を稼ぐという目的で表舞台で事業を興しており、販売している商品に魔術を組み込むなどをして生活の安定を測ったり、ボイド討伐で稼いだりして彼らは全世界の日常に根強く知れ渡った。
ただ、魔術師というのは長い年月をかけて己の魔術を極めていく様な者達でよく創作物などに出てくる様な万民がイメージする魔術師というのはほんの一握りであった。
何世代もかけて極めていく魔術師に比べて特殊な施術を受けるだけで強力な魔術を扱える『戦乙女』の登場によりボイド討伐や護衛の仕事は激減。起業するにも昔ならいざ知らず、現在の企業情勢に入り込む力など無い。
更に言えば魔術を極める研究にも触媒やら道具やらで金がかかる。一時期、自己破産して一族断絶した家系も多数出た時もあった。
そんな魔術師の窮地に光を差し入れたのが前テルゼウス局長である。
前局長は魔術師のそれぞれの代表に契約を交わした。詳細は省くが、要はテルゼウスが研究費やらなんやら全額出資するからテルゼウスに技術提供しろというもの。ただし、審査込みで。
こうしてテルゼウスは御三家以外の魔術師の家系を支配下に入れたのである。
ちなみに御三家というのは魔術師の始まりともいえる家系のことでレイブンハルト、マリアキリア、ニコラスヒリの三家であり、それぞれが様々な事業のトップを務めている。
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「ちょっと待てお嬢。今なんて言った?」
思考停止状態から復活した理玖は愛莉珠の方に向き直ってそう聞いた。
「ん?だから僕の生まれは御三家の1つのレイブンハルト家だよ。食品事業に化粧品やファッション関係、貴金属やジュエリー事業などいろんなところに手出してるヤベェところだよ」
「苗字違う」
「礼華ってのはママの旧姓。僕、あんまり家の権力とか頼りたくないんだよね。出来る限り自分の力でやりたいからさ。あ、家族とは仲良いよ?また今度、リクにも紹介してあげるよ。………………さて小難しい話はこれでおしまい」
愛莉珠は笑いながらそう言って理玖の顔を自身の胸に埋めさせた。そしてガラ空きとなった手は理玖の腰から生えている2本の尾へと向かっていた。
「…………………付け根はやめろよ?」
「わかってるわかってるって。あの時は凄かったからねぇ。人様には見せられない顔してたし」
「…………うるさいっ」
愛莉珠が揶揄う様に言えば理玖は顔を赤くしてそれを隠す様に彼女の胸に顔を押し付けた。そんな理玖の恥ずかしがる様子に気を良くした愛莉珠はそのまま理玖の尻尾を愛で始める。
尻尾の手入れは神崎が鬼気迫る勢いで教えた為、非常に触り心地の良いものとなっている。愛莉珠はそのよく手入れされた尻尾を毛に逆らわずに手櫛でゆっくりと感触を楽しむ様に浅く深くと緩急をつけながら鋤いていった。
一方で理玖はその刺激は敏感な尻尾にはくすぐったくて堪らず、振りほどきたくて仕方ないがここで何か言えばヒートアップするので耐えている。
ビーストになって大体1ヶ月になるが、やはりまだ尻尾や耳の刺激は慣れないもの。夜奈に触られた時みたいな電流じみた衝撃は無くなったものの、今度は背筋がゾクゾクする様ななんとも言えない刺激が来ているのだ。
そんな思わず声をあげてしまいそうになる心地よい刺激を時折身体を震わせて耐えている理玖に愛莉珠は伏せている彼女の耳を片手で立てて言い聞かせる様に囁いた。
「ねぇ、リク?ビーストにとって尻尾や耳や角はデリケートな場所だって事は知ってるよね?触れば条件反射でかなーり強い反撃を繰り出してしまう………言ってしまえば弱点の1つであるそんな場所を触らせるなんて余程の信頼できる人じゃないとね?」
刺激に耐えている理玖は最初、愛莉珠がなにを言っているのかわからなかった。ただ、どうにかして顔を上げて彼女の顔を見ると彼女はニンマリと笑みを浮かべていた。
「僕がこうやって君の尻尾や耳を触っても君は僕に縋り付いてただ快楽に耐えているだけ。反撃もせずにね。つまり、リクにとって僕はそれだけ信頼できる者というわけだ」
そうして愛莉珠は理玖の耳の付け根を指でなぞりつつ、丁寧に手櫛で毛先まで鋤いていく。そうすると尻尾の時とはまた違う妙なくすぐったさと安心感が全身を包み込んでいった。
理玖は自分は今だらしない顔を見せていると思える程顔が緩んでいるのがわかった。
「…………今のリクの顔はとっても可愛いよ。思わず食べちゃいたいくらいに。まぁ、まだ食べたりしないけどね。…………あともうちょっとお預けだ」
そうして愛莉珠の愛撫はしばらく続いた。




