経過観察〜2
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小説タイトル変更『氷雷帝』→『極氷姫』
一通り普段着を選ばされた理玖。今度はコスプレじみた服を着せられています。
メイド服にチャイナ服、和服に巫女服といったものです。そして着せる度に澪と礼華隊員は計測器を用いて理玖の魔力上昇量を調べています。
この辺りは魔術師とハウンドにとって重要ですからね。
戦場ではほんの少しの魔力の量の差で生死を分けますから。テルゼウスの主力戦闘部隊、第二特殊戦闘部隊の隊長である礼華隊員の正式なハウンドとなればボイドとの戦闘や軍事活動は確実です。
ちなみに第一近衛部隊と第二特殊戦闘部隊の戦力を比べた場合どちらもほぼ同じですが、私を含めた隊長格を除くと圧倒的に第二特殊戦闘部隊が軍配を上げます。
ユグドラシルの警備を主とする第一近衛部隊と日夜ボイドとの戦闘を繰り返す第二特殊戦闘部隊とではそれも当然です。
………そろそろ本気で第一近衛部隊を解散させて再編成しようかと考えていますがやはり変に古い魔術師の家系が邪魔してきますからやりづらいんですよね。
さて本題に戻りましょう
理玖の場合だと礼華隊員と似た様な軍服タイプになる可能性が高いですね。理玖は派手な色や装飾はあまり好きではありませんから濃い茶色か黒でしょうか。
理玖の3つの異能力のうち、わかっているのが幸子の『群狼』と翔太さんの『空想錬金術』の2つです。
『群狼』は自身の魔力で生み出した異能生命体を使役する能力で幸子の場合は影をそのまま切り離した様な見た目の狼で大きさも普通の狼のものでした。
理玖の『群狼』は大きな前脚のみある鎧の異形狼です。大きさは幸子のものと同じですが、私はこれを『幼体』だと考えています。成長すれば4つ脚の鎧の異形狼となって大きさもひと回り大きくなるでしょう。
『空想錬金術』は自身の魔力で手元にあるオリジナルや頭で思い浮かべた物を複製する魔術です。
魔術師というより錬金術師が扱う魔術であり、その効果だけを聞くと物を無限に生み出せる非常に良い魔術に見えますが、魔導具や魔力触媒など魔力を帯びた物品は複製できませんし、やろうとすると術師が干からびて死にます。また、魔力から作り出した物である以上、術者の手から離れれば数十秒で跡形もなく消えます。
できることは魔力を帯びない物質の複製で錬金術師からしたら野外調査で道具を取りに行く手間を省く為の魔術という認識しかありません。
翔太さんは『収納魔術』と併用して自身の魔力に物を言わせ大量に錬成し剣の雨や剣山などを展開させて蹂躙していましたが。
……理玖はどうなんでしょうか?暴走時に大鎌を錬成させていたみたいですからまだ未知数ですが似た様なことはできるでしょう。
問題となるのは3つ目の異能力。覚醒ビーストは例外なく3つ目の異能力を発現します。それも強力なものを。
澪は『幻影魔法』と『炎操作』、そして『虚無反転』です。
最初の2つは名前の通りの能力です。澪は正面からの攻撃はあまり得意ではなく目眩しや撹乱などの搦手が主なスタイルです。
『虚無反転』の能力は『幻を現実に、現実を幻に変える』というものです。
どういう事かというと例えば『幻影魔法』で相手の腕や脚を切断した様に見せましょう。相手は最初は戸惑いますが所詮は幻影ですからダメージはありません。ただし、そこに『虚無反転』を使うとその幻影が現実となり、相手の手足は切れてしまう。
もっと大きな物だとカラカラに乾いた荒野の一角に湖の幻影を張り『虚無反転』を使えばその幻影の湖は本物となる。
はっきり言ってチートです。魔術も『幻影魔法』で真似した後に『虚無反転』を使用すればほぼ全ての魔術を使えるということになりますし、傷も幻影で隠した上で『虚無反転』を使用すればあっという間に治療が完了してしまいます。
欠点を挙げるならば幻影が不完全ならば『虚無反転』が発動しないことですかね?ただそれも澪の訓練でほぼ克服していますが。
とにかく覚醒ビーストというのは例外なく、この様な桁外れな異能力を有しています。
となれば理玖の3つ目の異能力がどの様なものになるのかが気になるところです。
身体的な異能力ならわかりやすいのですが内面的となると発現するまでわかりませんからね。
…………まぁわからないものは仕方ありません。
さて、私が考え事をしていたら、虚無な表情の理玖に肌が妙に艶々した感じになって笑顔の澪と礼華隊員の3人は既に会計を済ませて店から出てきていました。
しかしよくもまぁ、あんなに買えますね。いや礼華隊員の財力の話ではなく、単純に服の種類ですよ?私ならばサイズの合うシャツとズボンを選んで終了ですから。最近は澪がプリントTシャツ作りにハマってますからそれを着ていますね。
だって楽じゃないですか。シャツ一枚で過ごすの。
………このまま終われば良いですが、やはり面倒ごとは起きてしまうものです。
ユグドラシルの制服を着た一団が理玖たちに近づいてきて、それに気づいたら礼華隊員は露骨に顔を顰めました。
彼女があそこまで顔に出すという事はあの一団は第一近衛部隊の見回り隊、それも副隊長のグラウシスが率いるものでしょ。
礼華隊員は理玖の前に出て近づけさせない様にして、澪は普段は小さくしている尾を大きくして理玖を包んで隠しました。
まぁ、当然でしょうね。近頃グラウシスは自身を強化する"力"を求めている傾向があります。力を得たいならば訓練をすれば良いのですが、彼女は手っ取り早く力を得たい様です。
1番早い方法がビーストと契約してハウンドを得る事ですが、生憎彼女と合うハウンドは見つかっておらず素行の問題から契約の申請は却下されています。
ビーストと契約してハウンドを得る行為はハウンドに選ばれた者が辿ったであろう幸せな未来をこちらの都合で潰してしまう行為です。
その為、ハウンドを得る際には細心の注意を払います。それが例えビースト側の意志でもあっても。それに加えて我々戦乙女に対して定期的に適性テストを秘密裏に実施しています。
性格や価値観、その日の行動パターンなどを分析してハウンドと良好な関係を得る事ができるかのテストでこれに合格しなければハウンドを得る事はできません。
グラウシスはビーストや魔力未保持者などに対する差別的発言や行動で毎回引っかかっています。
今も取り巻き連れて礼華隊員に向かって嘲る様な表情で何か言ってます。礼華隊員も売り言葉に買い言葉といった感じで何か言ってます。
……………いやこれ望遠鏡なんですから声拾えないの当たり前じゃないですか。まぁ、一応私は読唇術を身につけていますからある程度ならわかります。
まぁ、あの2人は仲が悪い………というかグラウシスが礼華隊員のことを一方的に嫌って見下しているんですが。自分より下の家系なのになんで自分より強いんだというよくわからない理屈で。
…………アホなんでしょうか?自分より遥か上の家系の者に喧嘩吹っかけているの気づいていないんでしょうか?礼華隊員がその気になればグラウシスなんて消せるというのに……。情報収集もろくにできてないですね。
このまま終われば良いんですが、嫌な予感は的中するもの。
グラウシスの取り巻きの1人が理玖の存在に気づいてしまいました。その取り巻きはグラウシスに伝え、グラウシスは理玖をよく見ようと近づいていきます。
それを阻止しようと礼華隊員が静止していますが、タイミングが悪い事に理玖が澪の尾からひょっこり顔を出してしまいました。
あぁ………やってしまいました。
ある程度魔法の教養がある者ならば視認するだけで相手の魔力量を把握できます。今の理玖の魔力量は殆どゼロに近いですから虐められる対象に………
とここまで考えていた時、不思議とグラウシスの口の動きがやけにゆっくりとはっきりと見えました。その口の動きを読唇術で読み解くと………
『そのビースト、わたしによこせ』
となりました。
なるほど。そのビースト私に寄越せ……ですか。なるほどなるほど…………
「─────────よし、殺すか」
あの阿呆どものアホヅラを爆砕させましょうか。あ゛?家系問題?そんなの知ったこっちゃありませんよ。あの礼華隊員の側に置く事さえ3日程寝ずに書類と睨めっこして不備がないか何度も何度も確認して、それからなんとか折り合いを、な・ん・と・か折り合いをつけてようやく任せても大丈夫だろうとつい最近私の中で許可出したんですよ?それをあんな素行の悪い金に物言わせて我が物顔でやってきたゴミが私の大事な可愛い姪っ子の理玖に手を出すと?
──ブチコロシテサシアゲマショウカ。
決まればあとは早いもの。この場合は狙撃ですね。使う弾は局所爆裂ナパーム魔導狙撃弾です。これを使えばどこに着弾しようと人体の3分の2は爆散し更に魔力結界を貫通する特殊加工を施した特別性の常温気化爆液で辺りは煉獄になります。
澪にも技術部にも執行官にもストップがかかって封印指定されたこの弾を装填し────あ、これ望遠鏡でしたね。撃てないじゃないですか。
「…………………チッ」
興が削がれました。とにかく今回の件は見過ごせませんから第一近衛部隊は全部隊一時解散とし執行官の審査の元で公平に選びましょうか。
グラウシスと取り巻きは2級まで降格処分し激戦区の最前線に左遷させましょうか。お家の方には何か言えば支援を打ち切ると脅しとけばいいでしょう。
「さて、忙しくなりますね」




