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僕らの世界はすべてが言葉で出来ている。  作者: 絢郷水沙
回文編

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105/226

・名探偵貝部『怪盗母炉炉事件』

「大変です、大変です、大変ですよ貝部さん!!」

「どうしたんだ瀬柿。そんなに慌てて」

「怪文書が届いたんですよ。見てくださいよこれ!」

 瀬柿は手にしていたそれを貝部の前に差し出した。それは瀬柿の汗でふにゃりと柔らかくなっていた。


 ※この物語はかつて怪物かいぶつと恐れられた男、貝部かいぶとその助手であせかきな瀬柿せかきが繰り広げる謎解きミステリーです。


 ポカポカとした陽気が眠気を誘う昼の十二時。貝部は自らが所長を務める探偵事務所のデスクで事務作業を行なっていた。

 ふああ、と欠伸あくび背伸せのびをしていると、助手の瀬柿が慌てた様子で何かを手にして近寄ってきた。

 それがこの手紙である。

「どれ、見せてみろ」

 受け取った貝部は中をあらためた。そこにはこう書かれていた。


『貝部へ。以下のカイブン書を読ミ解いてミロ。読み解けタラお前の勝チ。読み解けナケレバ、ある物を奪イ、お前の日常に不快をモタラソウ。フハハハハ。


 “疎い客、堕胎を拒み、児は親。私は〇〇〇〇を頂く”。


 怪盗 母炉炉より。』


「何なんですかねこれ怖すぎですよぉ〜」

 瀬柿が貝部の横で震えた声を出した。

「誰なんですか〜こんな不気味な物送りつけてきたのは〜」

「なにこんなもの。犯人なら目星はついている」

「え!? 本当ですか貝部さん」

「ああ。というか、その手に持っている壺はなんだ」

「これですか? これは魔除けの壺です」

「魔除けってお前。って! おい馬鹿何をする!」

 瀬柿は壺の中に入っていた塩を撒いた。

「盛り塩じゃなくて撒き塩です」

「いい加減にしろアホ。ほらついてこい。腹減っているからちょうどいい。昼飯ついでにこんな馬鹿な手紙を出したやつのところに行くぞ」


 そして貝部は瀬柿を引っ張って事務所を飛び出した。


 ◇◆◇


「よ、谷口」

「ああ、お前ら……」

「相席いいか」

 貝部たちは、街中のある食堂で昼飯のカツ丼を頬張っている刑事の谷口に会いにいった。

 二人が谷口の向かいの席に腰を下ろすと、割烹着を着た店員がお冷やを運んできた。

「カツ丼二人前」

「あ、三人前で」

「こいつ二人前一人で食うつもりかよ」

 瀬柿は健啖家だった。

 谷口はなぜ自分の前にこの二人が現れたのかを理解しているようだった。が、瀬柿はなぜ自分がそこにいるのかよくわかっていなかった。だからこそ頓珍漢なことを聞いてしまった。

「谷口さん。見てくださいこの怪文書。突然送られてきたんですよ」

 瀬柿はどこからともなく汗でよれた怪文書を谷口に見せた。

 谷口はそれを見て笑ったが、貝部は呆れている様子だった。

「刑事であるあなたなら何か知っているんですよね!?」

 瀬柿はテーブルに乗り出して谷口に迫った。

 そんな瀬柿を貝部は声で制した。

「馬鹿か。ていうか座れ」

 そして頭の悪い子供に二度目の注意をするように貝部は言った。

「なあ瀬柿。俺はなんて言ってここに向かったか覚えているか?」

「へ? そんなの覚えているに決まってるじゃないですか。確か……あ!」

 思い出したようで、瀬柿は目を丸くした。

「まさか谷口さんが犯人だって言うんですか!」

 まさしくその通りだった。

 瀬柿が谷口に顔を向けると、谷口はカツ丼を頬張りながら頷いた。

「どうして……」

 谷口はあっけらかんとした態度で言った。

「ん。ただの嫌がらせだ」

「ちょ、やめてくださいよ〜」

 瀬柿はノリが軽かった。

「それでなにを盗もうとしてたんですか?」

 瀬柿は馬鹿だったので犯人に答えを求めた。貝部はまた呆れた。

「あのなあ、それがわからなかったら()()()の負けなんだぞ」

「あそっか」

 その言葉を谷口は聞き漏らさなかった。

「今『俺たち』って言ったな。貝部、お前は当然答えに辿り着いていると思うが、それは言うなよ。その手紙はお前宛に出したが、よし、こいつも解けなかったら俺の勝ちだからな」

 貝部は平然としていた。

「ああいいさ。その代わり解けたらここでの飯奢れよ」

 谷口は頷いた。

「さあ、瀬柿解け。解けなかったらお前が奢れ」

「そんなあ〜」

「解きゃあ良いんだよ。ヒントはカイブン書ってことだ」

「お前なあ」

「こんぐらい良いだろ」

 そんな会話をしているとカツ丼が運ばれてきた。三人前だ。

「さあ、俺がこの店を出るまでに答えてくれよ」

 谷口の丼にはもう四半分もない。

 瀬柿は額に汗を滲ませた。考えに考えること二十秒。わかった! と大声を出した。

「答えは『ゴミ箱』ですね!」

 舌打ちして頷く谷口。正解だった。


 つまるところカイブン書とは、怪文書ではなく、回文書だったのだ。そこさえ気づけば、あとは適切にひらがな変換するだけだ。

『疎い客、堕胎を拒み、児は親。私は〇〇〇〇を頂く。怪盗』

 ↓

『うといかく、だたいをこばみ、ごはした。わたしは〇〇〇〇(ごみばこ)をいただく。かいとう』

 ゆえに盗まれるのは「ゴミ箱」だ。

 普通、客を「かく」とは言わないし、親を「した」と読ませるには「しい」と送り仮名をつけないとおかしい。だが、予測変換では候補にちゃんとでてくる。谷口はあえてそうしたのだろう。


「今回は俺の負けだが今度は覚悟しろよ」

「ああいいぜ。飯代が浮いて助かるよ」

 谷口警部はちっ、とまた舌打ちして、レジへと向かった。

 これで瀬柿もカツ丼にありつける。と、ふと疑問に思った。

「それにしてもどうして犯人が谷口警部だってわかったんですか?」

 どうも瀬柿は探偵には向いていないようだ。貝部はめんどくさそうに教えた。

「そんなの簡単だろ。谷口という漢字を縦に書いてみろ」

 言われて瀬柿は頭の中で思い浮かべた。


   ハ

 谷 ハ

 口 ロ

   ロ


「あ!」

 これも言葉遊びだった。谷口という字を分解すれば「母炉炉ハハロロ」と読める。

(仲がいいんだか悪いんだか……)

 瀬柿はそんなことを思いながら笑い、カツ丼を頬張った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 言葉あそび尽くしの小説ですね。謎解き小説としてとても面白かったです。 怪文と言ってしまえば、どんな回文も成立するというズルを思いつきました笑。 回文て、文字数と労力が見合わない感じが、すご…
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