助手の話。
まったり続きます。
ただ日南子と。
…………名字は忘れた。
遠い昔ーー。
「要らない子だ、お前など!!」
ろくに食べ物すら与えられず、あばら骨が目立つ。
すっぽりとその姿を隠すにはうってつけの橋の下で。
あとはただ、海原へと帰ってゆくだけだろう。
幼い頃両親に捨てられた、それだけが事実だった。
この世界に神様なんていやしない。
救いの手など、まるでないと。
すべてを諦めかけていた……その声を聞くまでは。
「生きてるか~い?」
いた。神様は。すぐそこに。
ずいぶん暢気な、まったり感。
「寝たら死ぬぞよ~」
ひどく熱かった、頬っぺたが。
何度も何度も叩かれていた、パンパンパンパンと。
いや、なにも雪山で見捨てられた遭難者でもない。
「いいか? 気力があるならーーついてこい」
今もあの時、差し出されたあんパンと牛乳パックが忘れられない。
やがて自堕落な、探偵の助手として。
命を救われた対価にこうして働くようになった。
彼に見倣ったワケではないが、日南子もまたボサボサの髪型をしている。
ついでにそれっぽく、ダサい眼鏡を愛用している。
伊達メガネというのはここだけの秘密だ。
素っぴんでも可愛いのに、敢えて化粧などはしない。
絶妙な立ち位置をよく理解していた。
「ちょっと遊夜さん。こんな美味しい話、あるわけないじゃん」
「いーや、あるよ♪」
「あっ、そうっすか……」
彼が言うなら、従うしかない。
お客様に紅茶を振る舞う。
そんなスキルばかりが上達してゆく。
「お~い、日南子。俺にも」
「はーい」
いつも、珈琲が欠かせないことを知っていた。
日南子は、いつもの場所に置かれていたマグカップにインスタントなヤツを適当に放り込み、コポコポと湯を注ぐ。
ただ、いまだに信じがたいのだーー何度聞いていても。
だが、今までもそれで解決してきたし、こうして立派な看板が成立している。
「俺って、他人の夢に入れるんだぜ~?」
何を宣っているのか、正直理解出来ない。
また今回も上手いことはぐらかされるのだろう。
それでも、稼げれば良いと。
「はい、遊夜さん」
「あ~りがっとさ~んっ♪」
猫舌だったことは最近知った。
ツナサンドが好きらしいことも。
日南子はいまや完璧な助手っぷりを発揮していた。
「じゃあ、ここで寝てくださ~い」
「…………えっ??」
依頼主も戸惑っているが、それ以上に日南子も遊夜の非常識っぷりにポカンと開いた口が塞がらなくなってしまっていたのであった。
「そこ、アンタの寝室じゃん……」
決して誰の耳にも届かないように、日南子は呟いた。
あからさまに分かる、おんぼろのソファーにお客さんを寝かそうとしている。
遊夜の無神経さには、いまだに慣れることはなかった。