事務所にて。
「それって結局ーー、彼女は毎日父親に犯されてその度に殺されていたっていうんですか!?」
「夢の中でってのを忘れないでね……とぉっ!」
バンっと激しく叩きつけられたせいで、せっかく彼女が淹れてくれた珈琲が台無しになるところだった。
「うおっとーー、 話は最後まで聞きなさいな、日南子さんや」
ナイスキャッチしたのち、どこか達観したような面持ちでずず~うっと珈琲を啜る。
それはまるでどこぞのご隠居さまが縁側でお茶を啜るようにも見えるだろう。
「あ、ごめんなさい遊夜さん……それで、それで??」
食い気味だったのは意外だった。
爛々と光輝く瞳を向けられていて、謝っていないことだけは分かる。
ただ、あの頃からすれば…………日南子はずいぶん明るくなった。
しみじみと、かつての出逢いを思い出したりしながら。
「実際には、そんなことなんてなかったんだよ」
いやーーあったとしても。
日南子をさらにイヤな気分にさせるだけだ。
毎朝楽しみにしているサンドイッチが不味くなるのはじつに困る。
こうも優秀な助手を手放すのだけはどうしても避けたい。
「最初っから胡散臭いとは思ってたけどなぁ……」
「?? なんのことですか??」
首をかしげる日南子に対して、遊夜はうまく誤魔化そうとしていた。
ウソはつくことは悪いことだが、結果さえ良ければと。
「まぁ……事件は解決したよ。 わりと簡単だった」
バサッと、机の上に幾つかの資料が投げ出される。
日南子が一枚ずつ目を通そうとするなか、遊夜は続けて。
「彼女はただーー、独りよがりな悪夢に取り憑かれていたんだ」
「え……、それって…………」
実際にあったとは思えなかった。
許されざる行為は。
ただ、それは遊夜は依頼主の屋敷に訪れた時のこと。
勝手だったがーー、
今は亡き彼女の父親の姿が恭しく飾られていたのを確かに見ていた。
「ちょっと、トイレをかりても良いですか」と。
そのついでに。
それがどうやって、あの悪夢と繋がるのだろう。
いったいどれほど愛され、感謝されていたのか。
線香の香りはものすごく高級品だったし、決して枯れることのない。
瑞々しい花束が見事に咲き誇っている。
そのことからーー、推測して。
「あとは、ちょちょいっとね?」
「何ですか、そのちょちょいって!」
夢の中で事実をすり替える。
あくまでも詐欺師ではない。
一流のカウンセラーという肩書きが相応しいだろう。
「ただーーなぁ」
「?? どうしたんですか??」
事件は解決したように思えた。
2杯目の珈琲を注ごうとした。
そんな日南子に。
「あったんだよ、アレがさ」
「え…………またぁ…………ウソですよね?」
これは二人にしか通じない。
「まさか狂った羊の銅像ですか??」
「うん、まさかのそれ」
『夢探偵』という、この特殊な職業に就いてからというモノ。
確かに邪魔モノがいた。
それはただ粛々とーー、ふたりの行く末を断ち切ろうとしている。
「はぁ……面倒臭いなぁ……」
本当にねぇと。
助手の日南子も心底そう感じざるを得なかった。
「あいつめ……」
キャハハハと嗤っている。
ヤツとはいずれーー、決着をつけなければならない。
「うふふふふ♪ 遊夜っち。 また逢えるよねぇ♡」
長く伸びた舌を這わせる。
その微笑みはまるで都市伝説の◻️裂け女のようだった。
狂気はーー、もうすぐ…………そこまで来ている。
「わたしがぜんぶ支配してやるんだからぁ♡」
難しい依頼を解決して、ようやく眠りにつこうとした。
それなのに、ビクッと恐怖を感じる。
遊夜はただ、どうかいつもみたいに安穏と迎えることをただ願っていた。




