ダイビング。
そこはまったく何も問題のないーー、むしろ恵まれ過ぎていた。
違いがひどい、酷い。
分厚い門がオートマチック気味に開く。
いわば、金持ちの庭だった
「はじめまして……遊夜さまでございますね。 どうぞこちらへ」
漆黒の上衣と純白のシャツ。
じつに恭しくしている。
執事のなかの執事ーー、キングof執事が遊夜の登場に万全の態勢だった。
「ーーはっ。 これだから金持ちは……」
誰にも聴こえないように呟く。
遊夜が依頼主の元に足を運ぶことは滅多に無い。
ただ今件は特例だった。
遥かに身分が違っていたから。
助手である日南子からも、とにかく釘を刺されていた。
「良いですか!? 絶対に偉そうにしないでくださいよ!!」
屋敷までたどり着くのに、小一時間は要するのではないだろうか。
どうして、こうなった。
優秀な助手である日南子が一緒であったら、こんなに苦しむことはなかっただろう。
「もうすぐでございます」
「あぁ、はい……」
ここまで彼が縮こまるのは珍しい。
執事に招待されたのは、いわゆる本館ではなく『離れ』だった。
きっと、誰にも聴かれたくはない。
いわゆる本気なのだろう。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
いまーー、遊夜の前には。
ひどく憔悴していてはいたが気品溢れる淑女がいた。
「どうか、お許しくださいませ……」
「いやいや! こちらこそ!!」
身分の違いというかーー、思わず卑屈になってしまう。
実際、彼からしてみれば場違いというしかない。
「でーー、どうなされたのですか?」
探り探り……とにかく平身低頭。
少しでも違和感など抱かれたくはなかったのだ。
デカイ依頼だ。
遊夜はとにかくーー、まるでどこかの下っ端のようにするしかなかった。
「サブ……ありがとうな」
前例がいた。
あとはアレンジしてみるしかない。
「お嬢様は、いつも苛まされておられるのです」
心痛な面持ちで執事が俯く。
「セバスチャン、控えなさいーー」
「は、了承しました」
そこから依頼主による、切実な内容が語られていった。
前から聞いてはいたが、じつにキツイ。
「実は両親から……命を狙われているのです。 どうか助けてくださいませんか」
いままでも数々、似たような依頼はあった。
だが、そのほとんどは被害妄想に過ぎなかった。
たぶん、今件もそうだろう。
「これが証拠です」
依頼主の首筋には、くっきりと痣があった。
まるで息を止めるようにーー、明らかに殺意を感じる。
「分かりました……解決しましょう」
そして遊夜は覚悟を決めた。
「お嬢様ーー、あのようなモノに託してもよろしいのでしょうか?」
「セバスチャン。 どうしたって助からないのなら……ね?」
まだ彼に会う前。
正直ーー、『夢探偵』などという肩書きに頼ってしまったのが間違いだろう。
ただ、今は。
深い眠りにつく。
二人の希望など露知らず、遊夜は飛び込んでいった。
長く、暗い闇を通り抜けてーー、ダイブしてゆく。
深くーー、深く。
真実を突き止めるために、ごぽごぽと。
やがて待ち受けていたのは、怒りに満ちていた。
まるで閻魔さまのような雰囲気の、依頼主の父親なのであった。




