魂のフラグメント
ーー俺は同じ夢を見る。
それはいくつもの長い夢で、すべては俺の記憶から生まれるようだ。
「前世」ってものを信じては無いけど、目覚めてからも尚、身体のあちこちに残る感覚は鮮明だ。
ある夢では、冷たい波が足を濡らし、眩しい太陽に瞳を眇める。たまには青い花を摘み香りを楽しんだり、そして君と散歩したり。
そう何よりも、いま傍らで眠っている君の存在が、輪廻転生そのものだ。
俺の隣には、いつも君がいる。
夢の中で俺がどんな姿をしていても、君は変わらず君なんだ。
今みたいに君の足元で丸くなっていても、言葉を持たなくても、俺には君がわかるんだ。
君の寝顔は無防備で、薄く開いた唇は笑っている。いったいどん夢を見ているのか。その笑顔の先に、誰かがいるのだろうか……?
いるかいないか分からない、夢の中の存在にまで嫉妬している。だって俺は……、君を笑顔にするのは、いつだって俺でありたいじゃないか。
だけど、君は俺のものじゃない。そうだ、君は誰のものでもなく、とても自由だ。
ブラインドの隙間から射し込む光が眩しい。規則正しく並ぶ光の平行線が、部屋の中を少しずつ移動する。
枕元の観葉植物、読みかけの本、そして無惨にも顔の下で押しつぶされたメガネ、すべての障害物を避けて、君の顔を覗き込む。
穏やかな息遣い、時おりおかしな呼吸音が混じっている。
笑っていた口元を裏切って、その瞑った瞼からは涙が滲みこぼれていた。俺は涙の残る頬に、そっと鼻面を押しつける。
濡れた鼻先の冷たさに、君はハッと目を開けた。そして目の前にいる俺の姿に焦点が合うと、ホッと安堵の吐息を漏らした。
「ミーチャ…… よかった」
君は俺の名前を呼んで、優しく首の後ろに手を回し抱き寄せた。その力が強すぎて、俺はころんと倒れてしまった。
……どうしたのか、全身に力が入らない。心無しか呼吸も苦しくなってきた。
「ミーチャ? ミーチェンカ! 」
俺を呼ぶ声もだんだんと遠く擦れて、ついにはただの音にしか聞こえなかった。
どんどんと冷たくなる俺の身体と反対に、君はとても温かい。
もう離しておくれ、君まで冷たくならないように……
ーーそして、俺は真っ暗な闇に立っていた。
歩いている方角が合っているのか、目的地があるのかさえ分からない。
君との別れの後は、いつもそうだ。
……ただ、瞼の奥には君の笑顔が鮮明に刻まれている。
俺と君の輪廻はいつもズレている。巡り会っても、別れはすぐにやってくる。
それでも一緒にいる瞬間は、すべてが満たされていた。
だけど欲を言うなら、君の名前を呼ぶ『言葉』が欲しい。そして自由になる腕がほしい。それがあれば、広げた腕の中に、君を閉じ込める事が出来るのに……
ーー突然、強烈な閃光が俺を襲った。
あまりの光量に瞳の虹彩がショートする。
俺は何度か瞬きを繰り返し、少しずつ光に慣れようとした。白っ茶けた景色が、瞬きをする度に薄い色を重ねて、輪郭をあらわし始めた。
遠くからカモメの鳴き声が聞こえる。
「ああ、夢だったんだ」
無意識に口から出た言葉に驚いた。本当に自分の声かと確かめるように、指で唇をなぞった。
どうして言葉が……?
「目が覚めた? 」
ゆらりとした影が太陽の光を遮る。
ビーチチェアに仰向けになっている俺に、覆い被さるように半身を寄せてきた。
瞼をゆっくりと開くと、君が首をかしげて笑っている。
闇色の君の瞳は、光を反射してハシバミ色に輝く。そして背後に広がる真っ青な空には、雲がひとつもなかった。
「オレ、寝てたのか…… 」
「うん、そうだよ。すごく気持ち良さそうだった」
そう言って君は、冷えた飲み物を俺のうなじに押し付けた。
「…… っ、つめたっ! 」
いたずらっ子のように無邪気に笑うと、君はサッと立ち上がって駆け出した。
「まてっ! 」そして、俺は君の名を呼ぶ。
砂浜に足を取られながらも、俊敏に身をかわす君は風のようだ。打ち上げられた流木を軽々と飛び越して、誘うように振り向いてみせる。
とうとう、俺は波打ち際で君の腕を捕まえた。
「ハッ、ハハハーーッ! 」
君の笑いが俺にも伝播して、まるで輪唱のようだ。そして二人の笑い声は潮騒に重なった。
子犬のように戯れあって、砂浜を転げ回った。
「あはは…… ごめんって。もう止めて、くすぐったい! 」
腕の自由を俺に奪われて、君は降参の白旗を宣言した。俺が腕の力を緩めると、君は弾んだ息を整えるように、砂浜に腕を広げて深呼吸した。
君の息は甘い香りがした。
ハシバミ色の瞳はキラキラと輝いている。
俺は君の頬についた砂粒を、そっとぬぐう。君は少し驚いた顔で俺を見つめた。
頬に触れた俺の手に君の手が重なる。そしてそのまま、君は自分の頬を俺の手のひらに預けた。
世界中のすべてが消えて、ただただ二人だけ……
俺たちは、互いの不足を補ってぴったりと重なる。そして、ひとつになって昇華した俺たちは、パラダイムシフトを起こすんだ。
もし、それに名前をつけるなら、人は愛と呼ぶのかもしれない。
だけど、それは愛なんて言葉では言い尽くせない。愛より強い絆が、俺たちの魂を繋いでいるんだ。
俺のソウルメイト。
いくつもの輪廻から、たどり着いた場所。
やっと、君に追いついた。
夢から覚めた俺はここで、君といくつもの季節を越えて行く。
君と一緒の未来を目指して、歩み続けるんだ。