表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

魂のフラグメント

作者: 矢宵羽鷺

ーー俺は同じ夢を見る。

 それはいくつもの長い夢で、すべては俺の記憶から生まれるようだ。

 「前世」ってものを信じては無いけど、目覚めてからも尚、身体のあちこちに残る感覚は鮮明だ。

 ある夢では、冷たい波が足を濡らし、眩しい太陽に瞳を眇める。たまには青い花を摘み香りを楽しんだり、そして君と散歩したり。

 そう何よりも、いま傍らで眠っている君の存在が、輪廻転生そのものだ。

 俺の隣には、いつも君がいる。

 夢の中で俺がどんな姿をしていても、君は変わらず君なんだ。

 今みたいに君の足元で丸くなっていても、言葉を持たなくても、俺には君がわかるんだ。

 君の寝顔は無防備で、薄く開いた唇は笑っている。いったいどん夢を見ているのか。その笑顔の先に、誰かがいるのだろうか……?

 いるかいないか分からない、夢の中の存在にまで嫉妬している。だって俺は……、君を笑顔にするのは、いつだって俺でありたいじゃないか。

 だけど、君は俺のものじゃない。そうだ、君は誰のものでもなく、とても自由だ。

 ブラインドの隙間から射し込む光が眩しい。規則正しく並ぶ光の平行線が、部屋の中を少しずつ移動する。

 枕元の観葉植物、読みかけの本、そして無惨にも顔の下で押しつぶされたメガネ、すべての障害物を避けて、君の顔を覗き込む。

 穏やかな息遣い、時おりおかしな呼吸音が混じっている。

 笑っていた口元を裏切って、その瞑った瞼からは涙が滲みこぼれていた。俺は涙の残る頬に、そっと鼻面を押しつける。

 濡れた鼻先の冷たさに、君はハッと目を開けた。そして目の前にいる俺の姿に焦点が合うと、ホッと安堵の吐息を漏らした。

「ミーチャ…… よかった」

 君は俺の名前を呼んで、優しく首の後ろに手を回し抱き寄せた。その力が強すぎて、俺はころんと倒れてしまった。

 ……どうしたのか、全身に力が入らない。心無しか呼吸も苦しくなってきた。

「ミーチャ? ミーチェンカ! 」

 俺を呼ぶ声もだんだんと遠く擦れて、ついにはただの音にしか聞こえなかった。

 どんどんと冷たくなる俺の身体と反対に、君はとても温かい。

 もう離しておくれ、君まで冷たくならないように……


ーーそして、俺は真っ暗な闇に立っていた。

 歩いている方角が合っているのか、目的地があるのかさえ分からない。

 君との別れの後は、いつもそうだ。

 ……ただ、瞼の奥には君の笑顔が鮮明に刻まれている。


 俺と君の輪廻(ループ)はいつもズレている。巡り会っても、別れはすぐにやってくる。

 それでも一緒にいる瞬間は、すべてが満たされていた。

 だけど欲を言うなら、君の名前を呼ぶ『言葉』が欲しい。そして自由になる腕がほしい。それがあれば、広げた腕の中に、君を閉じ込める事が出来るのに……


ーー突然、強烈な閃光が俺を襲った。

 あまりの光量に瞳の虹彩がショートする。

 俺は何度か瞬きを繰り返し、少しずつ光に慣れようとした。白っ茶けた景色が、瞬きをする度に薄い色を重ねて、輪郭をあらわし始めた。

 遠くからカモメの鳴き声が聞こえる。

「ああ、夢だったんだ」

 無意識に口から出た言葉に驚いた。本当に自分の声かと確かめるように、指で唇をなぞった。

 どうして言葉が……?

「目が覚めた? 」

 ゆらりとした影が太陽の光を遮る。

 ビーチチェアに仰向けになっている俺に、覆い被さるように半身を寄せてきた。

 瞼をゆっくりと開くと、君が首をかしげて笑っている。

 闇色の君の瞳は、光を反射してハシバミ色に輝く。そして背後に広がる真っ青な空には、雲がひとつもなかった。

「オレ、寝てたのか…… 」

「うん、そうだよ。すごく気持ち良さそうだった」

 そう言って君は、冷えた飲み物を俺のうなじに押し付けた。

「…… っ、つめたっ! 」

 いたずらっ子のように無邪気に笑うと、君はサッと立ち上がって駆け出した。

「まてっ! 」そして、俺は君の名を呼ぶ。

 砂浜に足を取られながらも、俊敏に身をかわす君は風のようだ。打ち上げられた流木を軽々と飛び越して、誘うように振り向いてみせる。

 とうとう、俺は波打ち際で君の腕を捕まえた。

「ハッ、ハハハーーッ! 」

 君の笑いが俺にも伝播して、まるで輪唱のようだ。そして二人の笑い声は潮騒に重なった。

 子犬のように戯れあって、砂浜を転げ回った。

「あはは…… ごめんって。もう止めて、くすぐったい! 」

 腕の自由を俺に奪われて、君は降参の白旗を宣言した。俺が腕の力を緩めると、君は弾んだ息を整えるように、砂浜に腕を広げて深呼吸した。

 君の息は甘い香りがした。

 ハシバミ色の瞳はキラキラと輝いている。

 俺は君の頬についた砂粒を、そっとぬぐう。君は少し驚いた顔で俺を見つめた。

 頬に触れた俺の手に君の手が重なる。そしてそのまま、君は自分の頬を俺の手のひらに預けた。


 世界中のすべてが消えて、ただただ二人だけ……


 俺たちは、互いの不足を補ってぴったりと重なる。そして、ひとつになって昇華した俺たちは、パラダイムシフトを起こすんだ。

 もし、それに名前をつけるなら、人は愛と呼ぶのかもしれない。

 だけど、それは愛なんて言葉では言い尽くせない。愛より強い絆が、俺たちの魂を繋いでいるんだ。

 俺のソウルメイト。


 いくつもの輪廻(ループ)から、たどり着いた場所。

 やっと、君に追いついた。

 夢から覚めた俺はここで、君といくつもの季節を越えて行く。

 君と一緒の未来を目指して、歩み続けるんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ