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茶髪とパーカー 腐敗した日向

「うぉあっ! 死んだ!?」


 急に倒れたイブキに驚き、身を引く少女。

 野生の蛇でもからかうように、小枝のようなか細い脚でイブキの脇腹をつついてくる。


「い、生きてるって……」


 くすぐったくなり少女の脚を抑え、生存をアピールするイブキ。

 少女は目を丸くして答えた。


「あ、生きてた……ってきみ顔真っ白じゃんか。ヒルかなんかに血吸われた?」



 中学生位の背丈の少女だった。浅く被ったフードから覗かせる白い餅のようにぷっくりとした頬と末端部分に少しだけクシャっとパーマがかかったような青髪。

 ふた周りほど大きな灰色の袖の無い、パーカーに酷似したローブを纏っている。


 そんなイブキよりもずっと幼い見た目で、死体の散らばる現場で平然としていられる様は、イブキにしてみればかなり違和感だった。


「……ヒルは貧血するまで血は吸わないだろ……縄だ。こいつで縛っておけ」


「知ってるってば。てかラディが縛ってよ」


「俺は死体を調べる」


 少し奥から少女に頑丈なツルを投げ渡すラディと呼ばれた青年が1人。イブキは目を凝らしてそいつの姿を確認する。


 幾重にも入念にトリートメントされたように滑らかに整った茶髪に整った輪郭。猛禽類の様に鋭い茶色の瞳。

 長身で全体的にスラっとしており、程よく装いを着崩した伊達男の様な雰囲気を感じさせるも、シャツから覗く程よく血管の浮き出た腕は、逞しい男らしさを醸し出していた


 --あれ……? こいつどっかで……。


 イブキは彼の顔に見覚えがあった。すぐに思い出せない辺り大した間柄では無いということになるが、それでも知らない世界で既視感を覚えたのは、少し気になった。


 疲労困憊の目と思考を凝らしてその青年を見つめる。

 それをわざと遮るように顔をぬっと覗かせた少女は、


「ごめんごめん。ちょっとさ、縛んなきゃいけないのよ」


 何食わぬ顔で告げる少女。イブキはポカンと口を開け、


「……へ?」


「だってさ、君だけ五体満足で生きてるんだよ? この状況で…めっちゃ怪しくない?」


「いや……怪しくないっすよ! 寧ろ被害者というか……」


「しょーこは?」


「えぇ……」

 --あるわけないだろそんなの! こっちもさっきから滅茶苦茶な目にあってんだぞ!


「んまぁ、しばらく大人しくしてろってことでヨロシク」


「え……えぇ……」


 容赦なく少女がイブキの身体に縄を括りつけてくる。

 彼女が触れた瞬間、身体が微妙に痺れて来たこともあり、抵抗らしい抵抗も出来ずに縛られる。

 眼前でせっせと身体を固定する少女を横目に大きくため息を漏らすと、チリチリと縄の当たる部分が傷んでくる。


「ちょっ! なんかチクチクして痛いんすけどこの縄……てかその……もっと優しく……」


「うっさいなぁ〜その辺に落ちてたヤツなんだからしょーがないじゃんか」


「えぇ……」

 --まってまじで痛い……ねぇお願い許してお嬢ちゃん!!


 恨めしそうな視線を送るイブキをまるで気にせず縛り終えた少女は、奥で横たわるリアの死体を調べるラディの元へ向かう。

 傍らにあった大木に寄りかかりつつ神妙に問う。


「その女の人……さっき倒したヤツに似てんね…喉のあたりを剣かなんかでズブズブいかれてるけどさ、さっきのバケモノもそこでしばってるヤツも剣を使ってる感じしなかったよね? どーゆーことだろ」


 ラディはリアの傍らに落ちていた剣を拾い上げ、少し刃先を眺めた後、簡単に素振りする。

 眼前を遮る枝が綺麗に切断され、ガサガサと音を立てて落ちていく。


「……軽いな…それもビギナー用だ。恐らく初心者の女性冒険家かなんかのものだろう」


「知ってんの? 剣」


「レイの奴が詳しいだろ。クルド、依頼書をもう一度よく見せてみろ」


 前に付いたポケットから筒状に丸めておいた依頼書を手渡す、クルドと呼ばれた少女。ラディはそれを広げ、記載されている詳細をじっと眺める。


 横で背伸びをして依頼書を覗き込むクルドに目線を合わせるべくラディは腕を下ろすと、彼女は呟くように音読を始めた。


「『違反者拘束願…。“水龍”日向秀月はメテンという立場でありながら我々先住民冒険者専用依頼を身分を偽り不正に実行し多額の報酬を受け取った疑いがある。これは公安ギルドが設けたメテンへの規制内容の1つ、“先住民冒険者専用依頼をメテンが実行してはならない”に該当する立派な違反行為である。よって日向秀月を正式に違反者と看做し、同盟組織“龍小屋”に彼の拘束を依頼する』……ねぇ…」


「“水龍使い”は今日クロツノオオカミの討伐にここへやってきた。これは依頼を出してた民間ギルドの受け付け担当に確認済みだし、なによりそこら中にオオカミ共の死骸がある。問題は……」


「あのバケモノだよね。パーティーが全滅してる辺り相当強い奴だったに違いないけど……やっぱり別のメテンだったのかなぁ……」


「さぁな。もう死んでる以上、それを確認することは出来ない。まずは公安ギルドに依頼された“水龍使い”の拘束、それと……」


「フレイマ・ブライツベルン嬢を連れ戻すんだっけ? んまぁ、流石に将来名家を支えるかもしんない愛娘をいつ死ぬかも分からないメテンにくれてやる訳にはいかないよねぇ。最初は大喜びしてたみたいだし、それ思うとなんかちょっと不憫っていうか…」


 相槌が無かったので喋るのをやめ、ラディを見上げるクルド。

 彼女に視線が向いていなかったのが気に入らなかったか、ムッと頬を膨らませ、


「うわ無視ってるし。あたしかわいそ〜」


 皮肉めいた言葉にも反応しないラディに、クルドはおもしろくなさそうに口をへの字に曲げ、


「ラディってば」


「ってぇな…!」


 腕の皮膚を抓って興味を引くクルド。ラディは赤らんだ皮膚を抑え、面倒くさそうに答える。


「さっきからぼーっとしすぎ、なにが気になるのよ」


「……あれだ」


 ラディの指さす先は、先程メギトを焼き殺した場所だった。火のついた身体で派手に暴れ回ったおかげで草花は焦げて無くなり、その周辺だけが焼け野原となっている。


「確かに異様に呆気なかったけど……ほんとにしんだのかなぁ」


「あそこの中心地点に確かに男の焼死体が転がっていた。間違いは無いはずなんだが、挨拶代わりで打ち込んだ技がこうも上手く通るとは……あまりにも呆気なくて寧ろ妙だ」


「うわ! 話題合わせた瞬間べらべら返ってきた! これだからラディはさ〜」


「業務連絡は普通返すだろ…構って欲しいのか? お前は」


「だって無視されんのムカつくじゃんか」


 --なんだあいつら……なんの話しをしてるんだ? シューゲツって聞こえたような気も……!


 2人の会話に目と耳を凝らすイブキ。その馬鹿正直な視線を、彼等が気付かないはずはなかった。


「……ラディ。めっちゃ見てきてるよアイツ」


「分かっている。そういえばまだ奴からは事情聴取をしていなかったな」


 2人は歩を揃えてイブキが縛られた場所へ戻ってくる。少女は不敵な笑みを浮かべており、男の方はぶっきらぼうにこちらを睨み付けている。

 これからなにか恐ろしいことが始まるのかとイブキは肝を冷やし、生唾を飲み干した。


 目の前までやってくると、まずは少女が試すような口調で問いかけてくる。


「ねぇねぇ、これからあたしたちがする質問にさ、嘘偽りなく答えてくんないかな? 言っとくけど嘘は秒でバレるし、時間のムダになるだけだから真面目に頼むね」


 浅く被ったフード越しに見える瞳は相変わらずあどけない年頃の少女のものだった。

 ただその言葉は至って冷徹。物陰から獲物をじっと見据える狩人のようでもあり、少しでも嘘をつけば指をへし折って問いただそうとしてくるような“スゴ味”もあった。


 イブキは慄き、下手くそに笑う。


「つ、つかないっすよ……嘘なんて……」


「ふ〜ん。じゃあさ、コイツの顔……知ってる?」


 少しシワの目立つ茶色い紙。“WANTED”の横文字が並らぶ下には明らかに見覚えのある顔写真。


 --シューゲツ……? なんでこいつら……シューゲツの顔を!


 わかりやすく動揺する様に口角を上げる少女は、からかうように続けた。


「えへへ、めっちゃ反応してんじゃん。明らかだね関係性はさ」


 --どうしてこいつらがシューゲツを……! それに“WANTED”って!


「大人しく吐け。俺達に嘘は通用しない」


 青年が鋭い眼光で圧をかけてくる。先程のメギトへの一撃の通り、既に彼等がただものでは無いことを認知しているイブキ。

 嘘は通用しないと踏み、全てを正直に話すことを決心した。


「お、俺は……!」


 口を開いたまま、イブキは凍り付く。どうしたと固まる2人の奥でよろめきながら立ち上がる人影。


 シューゲツだった。ズタボロになった皮膚からはとめどなく血が滴っており、どう考えても立っていられる状況では無い。

 にもかかわらず、彼は少し俯いた状態でこちらを睨みつけ、立っていた。


「…………シューゲツ」


()()()()()()()はゾンビと化したリアやリナと同じ目をしていた。無造作に右手を開き、血の混じった水弾を生成している。


「やめろッ!!!」


 叫ぶイブキの言葉も入っていないようだった。肉が裂けている腕から放たれてるとは想像出来ないほどの速さで水弾が飛んでゆく。


 風を切る水弾は、キョトンとこちらを見つめる少女の後頭部にまで迫る。

 咄嗟に目を伏せるイブキ。脳天から血飛沫をあげて倒れる少女の姿が脳裏に浮かび、ガタガタと震えた。


「ん、冷たっ」


 それに相反して彼女の反応は、水風呂に脚を突っ込んだ時のようだった。

 肩に付いた氷の粒を払い、彼女は笑う。


「えへへ、自動防御結界(フルオート)…ちゃんと機能してて良かった」


「……え?」


 水弾は少女の直前で静止し、瞬間的に凍結してバラバラに砕けたようだった。どういう原理になっているのかも分からないイブキは、まるで無傷のクルドの様子に呆気を取られる。


「……どういうことだ」


 改めてシューゲツを睨むラディ。手配書と見比べ、動揺する。

 頭部から突き上げるように生える、かの狼らと同じ形をした黒紫色の角。

 同様に確認したクルドは小さく舌打ちをして、


「黒角……? めんどくさい事になってきたね」


「あの外傷……生きている方がおかしい。生気も感じ取れん……どういうことだ?」


 焦り、困惑する2人へ向けてシューゲツが大量の水弾を放つ。

 散開して殺到するそれから逃れると、クルドはフードを外し、ラディは両手足を龍の形に変化させ、挟み込むようにシューゲツの元へ駆けていく。


「お、おぉいちょっと!!」


 取り残されたイブキも、縛られながらもなんとか身体をくねらせて水弾を躱す。

 彼の頬を掠めた水弾が後ろの大木にぽっかりと穴を空けており、固唾を呑む。


 --シューゲツ……どーしちまったんだ? そんであの角……! 狼共と同じものか……?


 イブキの分析はつかの間、シューゲツへと向かっていった2人は程なくして彼に攻撃を仕掛けに回っていた。


「ハァッ!!」


 ラディの放った拳がシューゲツの顔面を捉える。手応えは充分だった。それだけにまるで反応も無く、ただ殴られた状態のまま無作用に右腕を握るその様子は、まるで“生命力”を感じない不気味な動作にも思えた。


「……ッ!?」


 動揺したラディの腹部にシューゲツの異形化した右腕がめり込む。重たいボディブローを受けたラディは、そのまま膝から崩れ苦悩の声を上げた。


「クソッ!! この野郎……!!」


 悪態をつきながらも思った以上に攻撃が効いていないことに驚き、眉をひそめる。


 先程の拳は顎付近にヒットしており、間違いなく脳を揺らしていた。

 ラディ自身でも、まともにぶつかり合った上でここまで綺麗に入るとは思ってもみなかった。だからこそ予想だにしなかった反撃に反応出来ず、大きな衝撃を受けていた。


「考えている場合ではないかッ!」


 反撃の為に見上げると、頭から血を被ったのかという程にまで血にまみれた顔面をこちらに近づけ、右腕を振り上げるシューゲツの姿があった。

 やはりその姿に生気は宿っていなかった。壊れて暴走する機械のような不気味さと恐怖をたたえた無機質な瞳でラディを見据え、その腕を振り下ろす。


「まずいッ!!」


 咄嗟に両腕で顔面を守るのと同じタイミングで、ドンッ! という衝撃音が鳴る。その刹那、拳を振り上げていたシューゲツの身体が発火した。


「今のラディ、めっちゃビビってたね?」


 手のひらで舞い踊る火の粉をフッとひと消しするクルドがいたずらな笑顔でからかう。ラディはそれを一睨みして肩をすくめた後、彼女の横に並んだ。


「お前……性格悪いだろ」


「えへへ。おもしろかったんだからしょーがない」


 煽り合う2人。但し互いに、その視線を燃え上がるシューゲツからそらすことは無い。

 そのあまりにも異様な様子に口を開いたのは、ポケットに手を入れて大木に寄りかかる少女。


「あれ、間違いなく死んでるね。黒角生えてるけど、死体を操って攻撃してくるっていうタイプのメテンかな…? なんで死体が動くのか原理はわかんないけど…。そいえばラディ、動く死体を倒すゲームが前世の世界にあったって前あたしに言ってたけど、あれに近い感じ?」


「“アンデット・バスター”の事を言ってるのか? そう言われるとそれに近い。まぁ実際にゾンビを見てみると想像以上に痛々しいものだな」


「あーそうそれそれ。ゾンビを機関銃かなんかで倒すってやつ。未だにプレステ? っていう奴の仕組みが分かんないんだけどさ」


「理解するな文明が違う。……とにかく、こいつを森の外に出すのはまずい。マジでゾンビならこの森一帯の生き物がこいつと同じようになって王都に襲いかかってくるかもしれないからな。とにかく手を貸せ、クルド」


「いいけど、詠唱はスキップするからほんとに陽動くらいしかしないよ?」


「構わん。代わりに数を出せ。間違っても俺に当てるなよ?」


「……当てたことないじゃんか」


 ムッとするクルドを差し置き、フラフラと不気味に揺れるシューゲツを睨むラディ。その両手足はメキメキとした音を立てながら茶色の鱗が並ぶ龍の皮膚へと変化していく。


 クルドは顔だけをイブキへと向けて、呟く。自信たっぷりに告げた。


「んまぁ、ちょっと休んでなよ」


 --シューゲツ……お前はもう…


 イブキの視線は話しかけてくる少女には向いておらず、血だらけの白目を剥いたシューゲツを見つめていた。


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