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日向ぼっこはもう終わり

シューゲツと名乗る少年と個性愉快な美少女たちと共に見知らぬ森を進んでゆくことになったイブキ。

そんな二人を、森の奥で誰かが監視していて……

「フレイマ、この辺で合ってるかな?クロツノオオカミの巣は」


 自身で生成した水の玉を掌でコロコロと遊ばせるシューゲツは、横で軽やかに脚を運ぶフレイマに語りかける。


「はい! もう少しで彼らのボスが拠点としているポイントに辿り着きます! そこでの作戦は……」


「うん。僕が水圧弾で粗方撃ち殺しておくから、後は逃げ遅れた奴をみんなで狩って貰おうかな」


「ちょっと! またあんたの一人舞台になるじゃない!」


 リアが不服そうに突っかかる。


「アハハハ……じゃあリアにはボスの対処をよろしくしようかな? ボスを倒さないといつでも群れは復活するらしいし、そこだけはしっかり一対一で討伐を確認しよう」


 重要な役割を任されたリアはシューゲツから目を逸らし、喜びを隠しきれない表情で『しょーがないわね……』と呟く。


 --うっわ。なにわかりやすくはにかんじゃってんのー!


 シューゲツと女性陣の誰かがイチャつく度に嫉妬心が蠢くイブキ。一連のやり取りにかなりの嫌悪感を示しながらも、それ以上に気になってたあることを尋ねてみることにした。


「あの、さっきから“〇〇らしい”とかってこう…イマイチぼかしてる感じなんすかね?」


 問いかけられたシューゲツは、あちゃーと言わんばかりに肩をくすめ、愛想笑いを交えながら答えた。


「アハハ…痛いご指摘だね。実は僕、魔狩り担当の冒険者になってまだ3ヶ月と少しなんだ。だから……正直分からないことも多くてね」


 --絶妙なタイミングでタメ語に変えて距離詰めてきた! これが“コミュ強”って奴なのか!?


 シューゲツのコミュニケーション能力に驚く。無自覚でそれを成してみせているのか、唖然とする彼に気付かず、シューゲツは申し訳なさそうに顔を掻いていた。


「えへへ〜! シューゲツ君は凄いんですよ! 突然私達の町にやってきたかと思ったら、急にとんでもない水の力を発揮して中級魔物の群れを一網打尽にしちゃったんですから!」


 突然ひょいと現れたフレイマがシューゲツの腰に手を回して、彼の武勇伝を付け加える。


「わっ! 近いよフレイマぁ……」


 流石のシューゲツも急なハグに驚き、顔を真っ赤に染め上げて固まる。容赦なくフレイマは彼の胸に顔を押し付け、更に深く抱き寄ろうとすると、


「こらちょっとフレイマッ!! ふしだらよッ!!」


 一番前を歩いていたリアが飛んでくるなり二人を引き剥がす。はぁ、と緊張から解放されたようにため息をつくシューゲツに、少し残念そうに口をへの字に曲げるフレイマは、


「リアちゃんも素直になっちゃえばいいのにねぇ」


「フレイマさん、おねぇちゃんは元から素直ですよ? 最初に私たちが会った時だっておねぇちゃん、凄いシューゲツさんに感謝してま……」


「ちょっと! その話は禁止だってば!」


 慌てて妹の口を押えるリア。彼女らの妄信的なほどに抱いているシューゲツへの信頼感の正体は、彼らの出会いに関係しているらしい。

 未だに信用しきれていないイブキにとって、そういった彼らの過去に関する情報は貴重なものだった。


「アハハ……たまたま上手くいっただけだよ。僕もそれが初めての魔狩りで、そのあとの仕組みなんかを教えてくれたのは2人だったし、会えてよかったと思ってるよ」


「なッ ──!!」


「うぅ……はぃぃ……」


 --うっわ。また顔面茹で上がってるよ。


 好意的なシューゲツの発言に姉妹揃って頬を赤らめ、鈍感な彼が不思議そうに首を傾げ、傍らのイブキが心の中で毒を吐くという流れは、このメンバー限定の恒例となっていた。


 しかし、イブキも単に嫉妬する為だけに先ほどの質問したわけでは無い。得られた回答の中から、イブキが彼に抱いていたとある疑惑に繋がる情報を絞り出し、確信へと近づける。


 --散々強いって言われるだけの実力があるのにも関わらず、戦闘経験そのものは薄い。オマケに名前がこいつだけ俺とそっくりだし……つまり……。


 --こいつ、もしかして俺と一緒……?


「な…なぁあんた……」


「ん? どうしたんだい?」


「いや……」

 ーー言えるわけねぇか……流石にこんな超現象を歩きながら自然なノリで聞ける奴なんていないだろうし……もし仮に俺と同じだとしたら…こいつにも同じ使命感が植え付けられているってことになる……。


 押し黙るイブキ。質問を躊躇する裏にはやはり、心の内で眠る例の使命感。


 同じ立場の者と争わなければならない───。

 ほんの一瞬でも打ち明けようと考えてしまった自分が恐ろしかった。


 胸にしまい込まなければならない、誰かに背負わされた宿命の重荷。勿論、そんなものに従う気は更々ないイブキではあるが、その“同じ立場の者”の中には、それに忠実に従おうとする輩がいてもおかしくない。

 仮にシューゲツが“忠実”だったとするならば、打ち明けた時点でイブキの心臓に風穴が空き、呆気なく終わってしまうことは容易に想像がつく。


 今現時点でシューゲツが同種への殺傷をいとわない“忠実”な男とは考えられないが、リアにフレイマをはじめとした女性陣の時々見られる他排的な対応がどうしても気になるイブキ。

 念のためにも、ここではとりあえず立場を打ち明けることは辞めようと心に誓った時だった。


「ああ、僕がこの世界の人間じゃないっていう話かな?」


 突然の暴露にイブキは勢いよく振り向く。

 鈍感に首を傾げてこちらの返答を待つシューゲツの胸倉をつかみ、


「ちょおま!!! なにスラッと言ってんだよ!!」


「え? ええ?」


 イブキに一喝された理由が理解できないシューゲツは、必死に叫ぶ彼に慄き、きょとんとなる。


「ど、どうしたんだい……? 僕また何か気に障ること言っちゃったかな……」


「そういうことじゃなくて……おまえ…まさかはじめから俺のことを知ってッ」


「ちょっと! あんたなにしてんのよ!!」


 飛び込んできたリアに拳を貰い、よろけるイブキ。右頬を抑えながら、思い描いていた最悪のシナリオが脳裏に浮かんだ。


 ーーやっぱりそうだ……こいつら…はじめから“同じ立場”の俺を狙って……嵌められたってことかよッ!!


 死にたくない──。命の危機を感じるとどうやら身体能力の向上と比例してプライドが崩れるらしい。半ばパニックとなった状態で、考えるよりも先にイブキは地面に頭を擦り付ける。


「どうか見逃してください!! 俺は……まだ死にたぐッ!! ……ないッです!!」


 これしか思い付かなかった。必死に這いつくばり、命乞いをする。奥で女性陣がヒソヒソとなにかを話す声が聞こえる。ハッキリ聞こえたのはリアの『嘘でしょ……』だった。


 暫くの沈黙。イブキは、焦らさないでくれと言うように少し顔を浮かべて一同の反応を覗き見る。するとそこには再び右手から水の塊を浮かばせ、表情を強張らせるシューゲツと、武装を始める女性陣の姿。

 慈悲にかけた淡い願いさえも崩れていくのを感じたイブキは、どうせ殺されるなら最後の最期に奴らをふんだんに罵ってやろうと決め、立ち上がろうと膝を立てる。


「伏せて! そのままッ!!!」


「え?」


 突然のシューゲツの怒号に圧倒され、ほぼ反射的にイブキは両手を頭に乗せてその場に伏せる。


「動かないッ! 暫くッ!!」


 叫ぶシューゲツが放った水弾は、けたたましい銃撃音を走らせていつの間にかイブキの上空に飛び込んできた3匹のクロツノオオカミに命中した。

 ギャウ!という少し胸がチクリとなる断末魔をあげて絶命する狼達の死体が、組み伏せたままで固まるイブキの周りへゴロゴロと転がる。


「ひっ!!」


 死体と視線が合い、ズルズルと後退りするイブキを『どきなさいよ』とリアが蹴飛ばし、またしても現れた狼達に拳を握りしめ向かっていった。

 他の女性陣も各々対処に回っていた。リナは短剣で狼の腹を裂き、フレイマは弓で狼の眉間を射抜く。ユーミに至っては、自身が四足歩行の生き物として姿を変えて狼の首に噛み付き、勇敢に応戦している。


 戦闘能力のないイブキは、ただ頭を抱えてブルブルと震えながら凌ごうと試みる。

 そんな中、前で自分を守るように戦うシューゲツは、彼に背を向けたままイブキに向け声を張り上げる。

非常に頼もしく見えた。


「ねぇ! イブキ君!」


「な、なんすか…?」


「さっきの土下座さぁ! もしかして僕が君と争うだろうって思ったからやったのかい!?」


「そうじゃなかったらなんでするんだよ!!」


 イブキも、震えを吹き飛ばす様になるべく声を張り上げた。


「なるほど! でも僕はね! 縛りをしているんだ!」


「なんの!?」


「そんな宿命を無視して自由に生きようっていう縛りさ!! だから君と争うことは僕の縛りを破ることになってしまう! だから! その……」


「安心してくれ!!」


 --こいつ……めちゃくちゃ良い奴じゃねぇか!!!!


 先程、“クズ”にまで落ちぶれていたシューゲツの評価が、一気に変わる瞬間であった。


「くだらないだろう!? 自分の願いの為に他人を殺すなんて! だったら僕は! この地で異世界探求者として生きたい! 彼女らと一緒に旅を続けて! 幸せに生きたい!!」


 自分の掲げる願いを力いっぱい叫びながら、掌に大きな水の塊を生成する。そこから分裂するように小さな水弾が放出されると、狼達の肉体を穿ち葬っていく。


 女性陣も負けじと奮闘し、次々と狼達を葬っていく。

 その中でイブキは一人、戦うシューゲツをぼんやりと見つめながら彼が語った願いについて考えていた。


 --やっぱり同じだったのか……。俺とあいつは。あんなに強くてモテモテのあいつと……俺は一緒なのか……?


 ーー宿命なんかしょい込まなくても…この力があれば生きていける……? それもあいつみたいにちょっと格下の獣倒して、顔の良い女助けて囲んで……“自由に”生きれるのかな……。


 希望でいっぱいになっていた。同種と戦わずとも、この世界で自由に生きることが出来ると、そしてそれは恐らく、元々彼が過ごしていた世界よりもずっと幸せな時間が過ごせるかもしれないと。


 大きな希望が見えると、必然と勇気も芽生えてくるのを感じた。

 まずは己の力を見せびらかして、周りの女共をあっと驚かせてやりたいと感じたイブキはそっと立ち上がり、先程よりもずっと強く拳を握りしめる。


 --俺のどっかにある凄い力……目覚めてくれ──!!


 イブキの殺意に気付いた1匹の狼がこちらに振り向き、突進してくる。今度こそ憎たらしい顔面を砕いてやるとフッ! っと息を吐いたその時だった。


「悪いねぇ〜!あんまりにも面白味がないもんでよッ」


 いつから後ろに居たのか、イブキの後ろから気さくに話しかけてくる何者かの声が聞こえた。


 そいつのオーラは突進してくる狼等よりもずっと禍々しく、まるで小さな羽虫の大軍を顔面から被った時の様な不快感を帯びていた。


「う、ぅおあッ!!」


 すぐに肩の手を振りほどき、離れようと身体をくねらせると、無防備にも丁度迫ってきた狼に背を向ける形となってしまった。


「こんの──!! 馬鹿ッ!!!」


 丁度近くにいたリアが狼を殴り飛ばしてくれたお陰で事なきを得たものの、尻もちを付くイブキを見下す彼女の端麗な顔立ちは、今にも噴火に至るレベルにまで怒りに震えていた。


「あ……あざまっす」


 とりあえずお礼を言うイブキの胸ぐらを、リアはその細腕からは想像もつかないくらいの力で掴み、無理矢理立ち上がらせる。

 そのままイブキを片腕で大木に押し付け、余った拳で彼の顔面の真横に拳を打ち付ける。


「おぅ……!!」


「じっとしてろ……って言ったわよね?」


「言ってたっけなぁ……?へへッ」


「言い訳してんじゃ無いわよ!! あんたみたいなドンくさい奴はわからずとも後ろでじっとしてるべきだって普通はわかるでしょ!? なんなの!? さっきから邪魔ばっかりして!!」


「してるつもりはないんっすよ……ただ……」


「ただ!? 何!?」


「その……俺の後ろで……こえが……」


 イブキが言い切るよりも前に、また1人の女性が割って入ってくる。


 妖精のようなフワフワとした雰囲気を持ったフレイマ。太陽のような笑顔を全く崩すことなく、イブキに言い放った。


「ねぇ、足引っ張んないでねって言ったよね? さっきも大声で土下座してたけど、あれでオオカミの群れが目を覚ましたってことに気付かなかったの? 私達の冒険の邪魔をしないでくれるかな?」


「そ……それは!!」


「言い訳してんじゃねぇ!!!!」


 絶叫したリアが隣の大木を回し蹴りでへし折る。蓄積された怒りは我慢の限界を超えていた。


「してないって……言ってるだろうが……」


 イブキは涙を浮かべながらシューゲツの方に目をやる。彼は怯えるリナとユーミの頭を撫でるだけで、話に割って入る気はないようだった。


「お前ら……」


 堪えきれずに溢れ出した涙を拭って、2人を睨みつけるイブキ。彼も我慢の限界だった。嗚咽の交じった情けない叫びは森中に響き渡る。


「うる……ぜぇんだよ!!!! ざっぎッ!! がらよぉ!!!! てめぇら!!……グッ!! どーせ!! そこの男と……! 一緒に居てぇだけで! おでが!! いるのが鬱陶しいだけ…だろうが!! なん……なんだよ! 話じも……きかねぇで!! あいつが喋ったら……ゆでダコみてぇに……なるぐせにィ!!」


「はぁ!!?? 気持ち悪い声でなにいってんのかぜんっぜんわかんないんですけど?」


「だから──」


 言いかけた時、イブキは見た。


 イライラと腕を組みながら地を踏み鳴らすリアすぐ後ろ。先ほどイブキが感じ取った羽虫の大軍の様な不快感を放つ異様な人影が、その大きく爪が突出した異形の腕を突き出し、彼女の背を刺す寸前にいたことを。


「う、うしろぉぉぉぉおおおおお!!!!」


「えッ────!?」


 ブッ…ジュブッ!! と生々しい音と共に、彼女の腹から異形の拳が血みどろの中で咲くように開き、ありえない量の鮮血が吹き出す。

 血反吐を吐くリアの瞳からみるみる生気奪われてゆく。そのまま彼女の肉体は、自立の効かなくなったおもちゃのように呆気なく倒れた。


「あ……どーも。あんまりにも修羅場だったもんで……隙だらけだなぁ〜っと」


 鮮血に染まった異形の腕を愛おしそうに眺めながら、まるで教師に怒られてもヘラヘラ笑っている少年のような軽い態度で、そいつは現れた。


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