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日向で満ちる男と不穏な足音

 声のする方を見上げるイブキ。泥だらけの自分にも躊躇することなく手を差し伸べるその青年は、こちらの様子を伺うなりホッと胸をなでおろし、


「よかった。無事みたいですね」


 没個性的ではあるが、サラサラの黒髪にパッチリとした二重。まさに爽やか系イケメンと形容するにふさわしい顔立ちに、白と黒を基調とした単調な色合わせでシンプルにまとまった服装。

 一目見ただけで“この人は安全だ”と感じ取れるほどには裏表を感じられない、純粋で透明な笑顔に誘われるように差し伸べられた手を掴んで応答する。


「だい……じょうぶっす……!」


 瞬間、脚に重石がのしかかるような疲労感が襲いかかってくる。

 気の抜けた弊害によるものか、異世界転生という摩訶不思議な現象と、凶暴な肉食獣との壮絶(?) な戦いが重なって溜まっていった疲労感が、ここに来て津波のように押し寄せてくる。


「いや、汗すごいですよ! ちょっと待っててくださいね!」


 青年は腰に巻くように取り付けていたポーチから小瓶を取り出し、イブキに差し渡す。


「見た感じ相当疲労されているようですし、これ…あげます。身体騙しじゃなくてちゃんと疲労回復に効く秘薬ですよ」


「いや……おれは………ハァ…ハッ……」


 妙なほど親切な青年の対応とピンク色をした液体が何処か怪しくも感じられ、一応拒絶するイブキ。するとその青年はムッと膨れるように、


「駄目です。飲んでもらいますよ! 山の中で荒い呼吸で疲れるなんて危険すぎます!」


「いや…はぁ…はぁ…そうじゃなくって……」

 ーー怪しいからいらねぇとか……いえるわけねぇ……


 眼を反らし、懸命に断る理由を模索するイブキ。青年はため息交じりに瓶の蓋を開け、中の液体を少し自分の指に垂らして舐め、鼻を鳴らして告げる。


「ほら、毒とかはいってないですよ。怖くないです」


「ど、どうして俺に…ここまで……」


「困っていたからですよ。それ以外に理由なんてありません」


 綺麗に整った白い歯を見せながら改めて渡された瓶を受け取り、ひと思いにグイッと飲み干すイブキ。

 実際に少しずつ整ってきた呼吸と、震えの止まった筋肉を確認し、確信する。


 ーーこの人なら……大丈夫かもしれないな……てか言葉通じるのかなり救いだな。


 安心するイブキの背後で、再びガサガサと茂みをかき分ける音がする。一瞬またあの狼たちかと背筋が凍ったが、その方へ振り返って手を振る青年の姿を見て、三度気が抜けるイブキ。


「---ッ!!」


 聞こえてくる黄色い声は、少しの怒気を孕んでいるようだった。青年は困ったように顔をこわばらせ、茂みの中から現れた少女を見つめていた。


「り、リア……どうしたの…?」


 リアと呼ばれた少女は口を尖らせながら青年に近付き、滑らかな金髪のポニーテールを揺らしながら、細くしなやかな指先で彼の胸をつつき説教を始めた。


「ちょっとシューゲツ! あたしの討伐分まで撃たないでよ! お陰でこの拳に溜め込んだ力の発散場所が分からないわ!」


 滑らかな金色のポニーテールは、彼女が動くたびに靡き、舞い上がる淡い髪の香りに当てられ、イブキの鼻はだらしなく伸びる。

より至近距離で味わっているはずのシューゲツと呼ばれた青年は、その魅惑の香りに一切反応することなく、頬を掻きながら愛想笑いでさわやかに困っていた。


「お、おねぇちゃん! シューゲツくんも悪気があった訳じゃないんだし……あんまり怒っちゃ…」


「とにかく、何も無くて良かったですね!」


 続いてやってきた二名の美少女の内のひとりが、リアと呼ばれたシューゲツを叱りつける少女をなだめるように飛んでくる。その整った容姿にイブキは更にデレデレと口をたわませる。


 ポニテ金髪美女を姉と呼んで宥める少女は、確かに同じような金色の髪をしており、顔立ちもどこか似通っていた。

 ただ髪の長さは姉妹共に違い、腰まである姉に対して妹の方は肩にかからない程度のボブカット。背丈は姉の方が少しだけ大きかったが、妹はその分姉よりも胸が大きい。


 その様子を見つめるおしとやかな女性もまた、その姉妹に負けじと劣らない存在感を放っていた。


 ライトグリーンのセミロングは深緑色の瞳を薄いカーテンのように半分隠し、彼女の何処かミステリアスな雰囲気を演出するのに大きく貢献していた。

 含みのありそうな人物でありながら、どこか自然に甘えてしまいたくなるような圧倒的抱擁力の正体は、彼女が全体的に緑系統の衣類を纏い、まるでこの森を住処とする妖精のようだからだろう。

 そんな暖かみを持った表情で微笑みながら、彼女はシューゲツと姉妹のやり取りを見守っていた。


 そんな美少女3人に囲まれても尚、多少頭をカリカリと掻いて照れながらも、動じずにニコニコと笑みを崩さないシューゲツ。中央で手を腰に当てて顔を近づける金髪美少女(姉)向かって手を合わせ、苦笑いと共に詫びを入れる。


「ごめんごめんリア。ちょっと援護してあげようって思っただけなんだよ」


「ちょっとって……! 殆どあんたが倒しちゃってるじゃない!」


「いやその……またやりすぎちゃったかな……」


「やりすぎちゃったって……ほんっと!規格外なヤツ!」


 フンッ! っとそっぽを剥くリア。怒らせちゃったなとポリポリと顔をかくシューゲツにリアの妹がイブキの方を見てあざとく首を傾げた。


「この人……どなたですか?凄い汚れていますけど……」


「さっき聞こえた声の人だよ。ほんと……助けられて良かった!」


 妖精のような少女が隣でパンッ!と手を叩き、一言。


「あ! あのたすけてーー! って面白い声で叫んでた人ですね!」


「そうっす……へへっ」

 ーーおいやめろ。めちゃくちゃ恥ずかしい。


 あれでも当時は必死だったんだぞと言い返してやりたかったが、少女のあまりにも悪意のないにこやかな様子に押され、萎縮するような愛想笑いで乗り切る。


「ところで、こんな山奥にどうされたのですか? 武器とかも持ってないようですし……」


 シューゲツが首を傾げて問いかけてくる。異世界に転生したという事実が奇怪すぎて気にとめていなかったが、確かに傍から見れば、丸腰で猛獣の住まう森の中に1人でいるなど普通ではない。


 当然、言い淀むイブキ。そもそも自分でも全く理解できていないこの状況を“都合よく言い繕う”なんてことが出来るはずもなければ、経験上他を見ないほどの美女に囲まれたこの状態で、こんなに難しい話を上手に説明できる自信のなかったイブキは、ひとまず雑に“記憶がない設定”で誤魔化すように頭を掻きながら、


「俺もわかんないっす……なんか気が付いたら森の中で転がってて……記憶喪失っすかね〜へへッ」


 彼なりに全力を出した演技。しかしシューゲツの横で宝石のような瞳を刃のように尖らせ、差し込むような視線でこちらを睨むリアはまるで通じていないようだった。

 リアは、ズカズカとイブキの眼前まで歩み寄って右手をがしりと掴み、その手にギュッと力を込める。


「ぅおわッ!! すんません!」


「はぁ? 嘘ついといてすんませんで済むと思ってんの? あんた何者よ。第一、クロツノオオカミの群れ相手に丸腰で10秒以上持つなんて普通は考えらんないわ!」


「ほ、ほんとっすよ! なんか……まぐれで避け続けられてたんでなんとか……」


「この期に及んでまだ嘘つこうってハラ? 一回ぶん殴って……」


 リアは空いている拳を握りしめる。嵌めてある革製のグローブの軋む音が、イブキの恐怖を駆り立てた。


「こーら! リア! 怖がっているんだから離してあげないと。争いは良くないことなんだから」


 リアの肩に手を乗せ、彼女を宥めるシューゲツ。するとあれだけ頑固に話を聞かなかったリアがすぐに手を離し、再び腕を組んでそっぽを向いた。


「わ、わかったわよ……。ほんっとお人好しなのねあんたってば……」


 ツン、とそっぽを向いてごもごもと喋るリア。金色のポニーテールが、赤らめた頬を隠すように靡く。


「うん。いいこいいこ」


「ひゃぁッ!! ちょっ! 何すんのよ!!」


 そんな不器用にはにかむリアの態度に追い打ちをかけるように髪を撫でて優しく褒めるシューゲツ。驚いて頭を退けるも、リアは内心非常に嬉しそうに頬を赤らめ、下唇を噛みながらなにかを俯いていた。


「あ、ありがとうございやす……」

 ーーなんだ……? 妙に大人しくなったぞ?


 イブキは一連の流れを半分挙動不審になりながら眺め、リアが少し大人しくなった段階でひとまずシューゲツにお礼をいった。


「全然大丈夫ですよ! そうだ! 貴方の名前を教えてくれませんか?これから同行するわけだし、名前くらい知らないと!」


「え? 同行……?」


 突然同行することを宣言され、困惑するイブキ。人の助けを求めて探し回り、見事親切人に出会うことが出来たはずなのだが、そのあまりにも“親切すぎる”対応への不信感と、


 --確かにこいつらに着いてけば森を抜けるのは楽そうだが……。こいつら、俗に言うハーレムとかいう軍団だろ? さっきみたいに美女とこいつがイチャついてる場面をこれから何度も見せられるわけだろ……? うっわ! うっざ! きっしょ!! 付いていけねぇ〜!!!


 心の中でうごめき始めた嫉妬の心が、彼らとの同行の承諾をより迷わせていた。

 今まで美女は愚か女性とまともな会話すらした事の無いイブキにとって“カップルがイチャついてる瞬間”というものは、例外なく自分では手に入らないものを他者が平然手にし、自分に見せびらかしている様に見えて非常に不快だった。

 拗れるところまで拗れ切ってしまったコンプレックス。たとえ“未開の地を安全に抜け出せられる”というメリットを差し引いても、それは簡単には容認できない大きなマイナス要素だった。


 戸惑うイブキを察したのか、シューゲツは慌てて謝罪する。


「ああ……すみません! そうですよね。いきなりだと不安ですよね?でも、やっぱりあなたみたいな人が森の中で一人でいるなんてやっぱり見過ごせませんし……」


「あ……はぁ……」

 ーーあ、あなたみたいなひと……


 肩をくすめ、本当に心配そうにお願いするシューゲツに押され、ぼかしながらも了承してしまったイブキ。いよいよ同行が決まったかと思いきや、押し黙っていたリアがまたしてもイブキの胸ぐらを掴み、シューゲツに喚きだした。


「はぁ!? 同行するとか聞いてないんですけど!? こんなわけわかんなくて泥臭い奴を連れてくるって……足でまといになるに決まってるじゃない!!」


「いや……ハハッ」

 ーーうるせぇなぁ。俺だって嫌々なんだよ。


「じゃあ、こうすればいいね!」


 そういうとシューゲツはふたりを引き剥がし、イブキに向き直る。そのまま姿勢を崩さずに右手だけを開いて水の塊を発生させる。

 彼の手中でそれはみるみるうちに巨大化していき、ゆっくりとイブキの頭上で滞空すると、


「ちょっと冷たいかもですけど……」


 にこやかに注意した後、開いていた右手をグッと閉じるシューゲツ。


「おい、お前何して──」


 言葉を遮るように水塊は真上で爆ぜ、頭から滝のように降り注ぐ。

 叩きつけてくるような水圧によってその場に倒れ伏してしまったが、そのお陰で泥まみれだった身体は綺麗さっぱり洗い流され、リアが気にしていた泥臭さも取れていた。


「ちょっ……なにして……!」


「はい。これで泥臭さは取れたでしょ? 彼は全力で僕がカバーするし、他になにか問題でも?」


 にっこりと笑いながらリアに問いかける。彼女は、またしても顔を赤らめ、『いいわよもう……』とだけ告げた。


「さて、もう一度貴方の名前を教えてくれませんか?」


 シューゲツは笑顔のままイブキへ振り向き、改めて名前を聞いてくる。イブキは水をぶっかけられたことで若干彼に腹立たしさを覚えるもなんとか立ち上がって呟くように、


「イブキ……瀧澤威吹っす」


 名を名乗った途端、シューゲツの表情に少しの驚きが見えたが、すぐにいつもの微笑に代わり『ありがとう』と返してきた。


「僕は日向秀月〈ひなたしゅうげつ〉。こっちのポニーテールの子がリアで、短い髪の方がリナ。それと…緑の髪の子がフレイマっていいます」


 リアを除いた2人は紹介されるなりイブキの方を見て、ニコリと微笑んで軽く会釈する。美少女の微笑みにまたドギマギするも、それ以上に眼前のシューゲツが気になり、すぐに神妙な顔つきで彼を見やる。


 ーー日向秀月……? 他の女の子たちと比べて、なんでこいつだけ俺と同じ日本人な名前してんだ?


 考え込ませる隙も産ませないのか、シューゲツはイブキの真後ろに位置する大木めがけて手招きし、落ち着いた口調で呼びかける。


「ほら、ユーミ。 こっちにおいで?」


「……え?」

 ーーまだいんのか……


 大木の陰からひょっこり顔を覗かせたのは、背の小さい内気そうな少女。紺色の長髪にちょこんと2つのお団子が乗った髪型がとても特徴的だった。オドオドとこちらを眺める双眸は髪と同じ色をしており、かわいらしい狼のぬいぐるみを抱きながらやってきた。


「この子はユーミ。恥ずかしがり屋だけど、とても良い子でかわいいんですよ」


 ユーミと呼ばれたその子はイブキの目の前で一回ぺこりと頭を下げると、瞬時にシューゲツの後ろに隠れる。

 頑張ったねとシューゲツに髪を撫でられ、彼女は恥ずかしそうに俯く。


 そんな微笑ましいその光景を、イブキは酷く不快そうに眺めていた。


「さて、そろそろ行きましょう! さっきのオオカミ達は、恐らく本隊の用心棒みたいなものです! この先にボスを含めたもっと強いオオカミ達が待ち構えていることでしょうし、気を引き締めてね!」


 フレイマが手をパンッ! と併せ、指揮を取ろうとする。彼女らはこれからもあのオオカミ達を狩るつもりらしい。


 とりあえず大人しくしていようと心に決め、シューゲツの後ろに付くように歩き始めるイブキ。すると彼の真横でひょいと顔を覗かせたフレイマが、まるで先ほどと変わらない優しく、温かい声色で、


「あまり足引っ張んないでね?」


 そう言い残し、シューゲツの方へ歩んで自然に談笑をはじめるフレイマ。イブキは下唇を噛み締め、ただコクリと頷いた。



※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  



 一人びしょ濡れの男を加え、冒険を続けるシューゲツ御一行を木の上から静かに監視する者が一人。

 周りを取り囲む美女には目もくれず、ただシューゲツとイブキの2人を興味津々に眺めていた。


「あ〜あのスカした奴は間違いねぇなぁ。女共は全員違うとして……もう1人の方はかなりグレーってとこだなぁ。身のこなしは転生者〈メテン〉のそれなんだが……避けてばっかりで攻撃シーンが見れねえじゃねえか」


 大木の上を音ひとつ立てずに移動しながらシューゲツ一行を追跡するひとりの影。いよいよ自分が放っておいた使い魔の群れに彼らが辿り着くと、薄気味悪いマスク越しの口角を上げ楽しげに、そして静かに呟いた。


「ま、こっからが本番ってとこかぁ?」


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