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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

日頃の恵みに感謝したくなくなった。

作者: 霜降炉

 初投稿です。よろしくお願いします。

 家の中でつまんないなぁ,と思いながら本を読んでいたらいきなり大自然の中にポツンと一人でいた。

 

 今の自分の状況を語るのならばこの一行で説明できる。


 ここに来たとき,やけにリアルな夢だなと,驚きながらも喜んだがすぐに訂正した。これは夢じゃなかった。


 鳥のさえずりが聞こえ,地面の感触,草の一本一本の見た目めですべてがリアルすぎた。自我を強く持つことができ,軽く転んだら痛かった。


 決定的だったのが空に巨大な鳥がいて,それがほかの鳥に向かって炎を噴き出していたことだ。あれを見て自分は軽く笑った。笑うしかない。


 これは俗にいう異世界転移というやつだろう。


 少し前までは他人事のように考え,「せっかくなんだからここら辺を探索してみよう!」と歩いていたが,今は少し頭が冷えてきて,不安を感じながら歩いている。どんなに歩いても森が明ける兆しは皆無であり,なにより食糧が全くないのだ。このままでは餓死してしまう。


 もし,こんなことになるよう差し向けたやつがいるならぶっとばしてやりたい。


 確かにつまんない状況ではなくなったがこういうことは望んでいない。これだったら家で本を読んでいる方がましだと思うし,歩くのは疲れる。おなかはすくし,景色が全く変わらないので距離感もマヒしてきて頭がぐるぐるする。


 休憩しようと思い,近くの手ごろな岩に座ってため息をつく。自分の呼吸の音が聞こえる。


 と,その時,近くから何かの声が聞こえた。高い女声と低い男声だった。


 もし,人間なら助けてくれるかもしれないという少しの希望と,その声の持ち主が違う何かだったら襲われるかもしれないという恐怖心が同時にわいてきた。

 しかし,それらが大人の自分の意見なら,子供の自分は怖いもの見たさの冒険心をわかせるものだ。結局,その声の聞こえる方向に進んで行く。


 草むらをかき分けて声の方向に進んで行くと……二人の人間がいた。草むらから覗いて様子を観察する。


 一人は女性でもう一人は男性だった。どちらもごく普通のたたずまいだなぁ,と思いながら見続けていたが,ある一点で自分の目の動きは止まった。


 その二人の耳は見たことがないほど長かった。先も鋭くとがっていた。まるでエルフのように。


 ……いや,エルフなのか,この二人は。


 そう結論づけて,どうしようか悩んでいると,おもむろに二人がこちらをばっ,と見てきた。


 ……なっ……! 


 こちらが驚いている間に男の方が腰にささっている剣を抜いて,なにか,言葉だろうか? こちらに向かって叫んでいる。


 まずい。


 本能的にそう思い逃げ出そうとしたが,…………あれ? 動けない? これくらいで体が動かなくなるような,肝っ玉のない人間ではないと自負していたのだが?

 ん? いや,違う,これは,……体が熱い(・・・・)? 

 そう思った瞬間,自分の目の前が爆せたような衝撃が体の内側からして,意識を失った。







 意識がだんだん戻ってくる感覚がした。目を開けると,恐ろしいくらいに顔が整っている女性がいた。が,そこまでしか認識できなかった。細かい容姿に関しての情報が頭に入ってこなかった。よくわからない。全く分からない。とても恐ろしく感じた。


 ”やあ,目が覚めたかい?”


 いきなり,頭の中から声がした。


 ”怖がらなくていいよ。君の目の前にいるから。まあ,そういったって怖がっちゃうかもしれないけどさ。とりあえず,話を聞いてくれないかな? 時間が少ししかないからさ”


 混乱し始める中,声は話を紡ぎ続ける。


 ”君の認識どおり,それは異世界転移ってやつさ。ちなみに戻ることはできないよ。よし,ここからが本題さ”


 質問したいことが多すぎるが,なぜかそれを頭の中で作り上げることができずにうろたえる。そうしているうちに話は続いていく。


 ”君に渡した魔法は「種族転換」って言って,任意で自らの種族を変えることができるものだよ。僕はもっと強いのを渡した方がいいんじゃないかって,あいつに言ったんだけどね,まったく,面白いからこれでいいの一本張りさ。すぐ死なれたら楽しみが減っちゃうのに……。っと,ごめんごめん,話がそれたね。あと,人族の言語はすべて使えるようにしといたから。えーっとあとは……,うん,特になんもないや。それじゃあ,またいつか。そうそう,言い忘れてた。君の記憶にこの話は残らずに「魔法を無意識に使ってエルフになって,後,言語に関しては見たことのある人族のものが分かる」,っていう感じになってるからよろしくね! ……ん? これ言う必要なかったような……いや,こんな無駄も一興ってことにしとこうかな,はは,なんかめっちゃ笑えるんですけど! ははははははははっ”


 盛大な笑い声が頭の中でガンガン響いていくのを感じながら,また,意識は遠のいていった。







 目が覚めると,そこにはあの二人のエルフがいた。どちらも,こちらを心配そうに見つめている。


 「おいっ,大丈夫か。いきなり気絶したから,びっくりしたぞ」


 「あ,ああ」


 そうだ,思い出した。あの時自分は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()(),また,言語はなぜか人族のものは理解できるようになった。が,そこでなぜか気絶してしまったんだった。

 なら,ここは怪しまれないように


 「いえ,すいません。もう大丈夫です」


 「ならよかった。何かいると思って警戒しながら近づいていったら,まさかのエルフだったとはな,びっくりしたよ。お前さん,ずっとここにいたのか? 何歳だ?」

 

 とりあえず,いきなり剣を向けてくることはなさそうだ。少し安心する。


 「はい,ずっとこの辺りにいて……今は十六歳です」


 「ずっとこの森の中に? ふーん……それじゃあ,家族や仲間は? 一人なのか? どうやって暮らしてきたんだ? 最近起こっていることは知っているか? 他にも……」


 「えっと,その……」


 質問に対しての正しい解答づくりに戸惑っているともう一人の女性の方のエルフが助け船を出してくれた。


 「だめでしょ,アーディ,混乱しているじゃない。そんな一気に質問しない! 尋問にしか聞こえなかったわよ」


 「あっ,すまない。こちらも驚いてしまっていて……」


 その男のエルフはアーディというらしい。

 そんなことよりも,なんで森の中にずっといるといっただけでこんなに驚いているのだろう? エルフって,森の中に住んでいるイメージが……いや,これはこちらの勝手なイメージか。


 「ごめんね。私はユハ・カリデアでこっちはアーディ・クノ,よろしくね!」


 「ラキ・ヒサイです,こちらこそよろしくおねがいします」


 落ち着いて話せているだろうか。

 しかし,氷斎羅生と名乗ろうとしたら無意識にラキ・ヒサイと名乗っていた。

 これも例の魔法のおかげなのだろうか? とてもありがたい。


 「ずっと一人で,仲間は他にいないの?」


 「はい」


 「そっか……分かった。じゃあ,私たちの町に来ない? ずっと一人で苦労してきたでしょう? 町には衣食住すべてあるわよ?」


 「えっ,いいんですか?」


 「ええ,エルフは同族を大切にする種族だから。たとえ,一人でも見捨てたりしないわ」


 「もちろん,お願いしますっ! ありがとうございます!」


 落ち着いていても半分くらいは思考停止している頭でうなずいた。

 この先どうしようか,全く当てがなかったのだから願ってもない話だと思った。


 「じゃあ,ついてきてくれ。ここから一時間くらいだから」


 「はい!」


 こうして,なんとか森の中で野垂れ死ぬことを回避したのだった。







 エルフの町,というより都市という方が正しいような気がした。


 少し古そうだけれども,しっかり岩で作られた壁で囲まれていて,道もしっかり舗装されており,中世を思わせる感じだった。


 町に入るとそのまま町長がいるという所に連れていかれた。入っているようにいわれた部屋の中には誰もいなかった。待つように言われる。

 ユハとアーディ(親交のしるしとして下の名前で呼んで! と笑顔で言われた)は,外の森の様子を確認したり,地図を作ったりすることを仕事にしているらしくそこそこえらいようだ。


 これは自分にとって,この街にいることを許可されるのかという話だろう。緊張してしまい,うまく話せる気がしない……。

 と,自分の心の中で緊張感がぐるぐる駆け回っていると,不意にドアが開いて一人の男のエルフがかけて入ってきた。


 「君が,ユハとアーディが見つけてきたという,外にいたエルフかい⁉」


 息を少し切らしながらこちらに向かって問いかけてくる。かなり興奮しているようだった。


 「ええ,そうですが,その……」


 「本当かい⁉ 他に仲間はいないのかい?」


 「いないですが……その,あなたは誰でしょうか?」


 いきなり入ってきたと思ったら質問をまくし立ててきたのだ。誰でもこれにはびっくりすると思う。


 「ああ,すまない。私はこの町の長を務めさせてもらっている,クードラ・デポンというものだ。よろしく。何分,こちらも衝撃を受けているんだ」


 ……この人が? え? 


 なんていうか,雰囲気が全く似合っていないと思った。走って部屋に来たし,あんまり冷静っぽくないというか,すぐ浮足立ってしまいそうだし……って,今,僕もそんな感じだったか。もう少し僕も落ち着かないと。


 「なんせ,外にいるエルフはいないんじゃないか,なんて言われていたんだからね」


 その後の話を要約すると以下の通りだった。


 今から百年前に,エルフは人間に殺されてしまうようになり,追われていた。その時にたまたま誰もいなかった,壁で囲まれていたこの町を見つけて住んでいるらしい。

 逃げ遅れたエルフは結果的に外に締め出されることとなってしまい,助けたくても外に恐怖で出れず,どうなったか気になっていたらしい。ユハとアーディは数珍しい外に出るエルフで,最近そういうエルフが出始めてきて,組織的な調査を始めようか……というときに見つかった,ということらしい。


 「それで,君は本当に一人なの? 他に仲間はいないの?」


 「はい,あの森にずっと一人でいました」


 「……ということは……?」


 「僕はその経緯についてはよく知らないので……」 


 なんか,向こうは深く考えているが,こっちは異世界転移してからの事しか話していないからな・。


 「そうなのか……,まあ,情報ありがとう。ちなみに,君は今日からここにもちろん住んでいいよ。住民登録も済ませといたから」


 「ありがとうございます!」


 よしっ! いつの間にかここに住めることになっていた。うれしい。実際,いつ話を切り出そうかためらっていたのだ。

 安心していると少し体の疲れが表面に出てきたような気がした。今日は無料で宿に泊めてもらえて,明日からは町長のつてで,ある居酒屋の所で働かせてもらうことになっている。


 やっぱり非日常感につかれているんだな,と思い宿に帰って即寝ようと考えていると


 「これで話は終わりだが……この後,君の無事を祝ったりする歓迎会を住民たちとするから,六時にこの建物の手前にある広場に来てくれ」


 と,言われた。眠いが,自分のためにわざわざ歓迎会を開いてくれるのだ。


 分かりましたと答えて,町長と一緒に席を立った。







 この後,というより町長といた建物を出たらもう広場に大勢のエルフが集まっていた。よく確認していなかったがもう六時だったようだ。

 

 びっくりしていると町長が微笑みながらついてきて,と言ってきたのでそれについていく。


 その広場は地面が綺麗に土で整えられていて,ところどころに木が植えてあった。エルフらしい自然的な広場で,少し色が変わりつつある太陽によく映えていた。


 広場にいるエルフたちは,すでに飲み食いをしながら談笑していたのか賑やかであり,子供以外は顔がだいたい赤くなっていて楽しいという雰囲気が伝わってくる。


 が,今はそのようなエルフたちもみな一様にこちらを見ている。かなり恥ずかしくなり,少し残っていた眠気なんて吹き飛んでしまった。


 広場の中央に行って町長は注目を集めながら外のエルフの生き残り云々の話をし,僕に話を振ってきた。


 正直,勝手に話が壮大になっていて(自分は外の森にいたエルフたちのただ一人の末裔らしい)よくわかんなくて手汗が止まんなかったけれども,無理矢理アドリブで話をでっちあげたら,


 『よく生き残った‼』『大変だったな』『泣ける……ぐすっ……』『ラキちゃぁーん』


 等々,感想をたくさんのエルフから吹っ掛けられた。それよりなんでちゃんで呼ぶ? 


 ついていけないがまあ,とりあえず,こいつエルフか? などと怪しまれることはなさそうだ。よかった。


 その後はみんな,各々が自由に騒いだりして楽しく過ごしていた。

 僕もかなり話しかけられた(できればぼろを出さないように静かにしていたかった)が,適当な日常会話だったので自然に,嘘をつくこともなく話せれたと思う。

 

 ここに来れてよかったな,と軽く思えるくらいには楽しく過ごせた。


 また,料理も絶品だった。なんでも町長が腕のいい料理人に頼んで作らせ,材料もこだわった特別な料理らしく,その中でもメインディッシュの肉は日本で食べたことのある肉の何倍もおいしかった。豚肉のような何とも言えない極上のうまみがあった。


 夜もだいぶ更けてきたころに疲れが急にぶり返してきて,限界だと思い,ホテルに行くことを言うと周りのエルフたちから困ったことがあれば何でも言えよ! と言われた。


 ホテルのフカフカのベットにダイブすると一瞬で眠気が襲ってきた。


 外からはまだ広場で騒いでいる声が聞こえた。







 次の日,起きた後部屋についてあったシャワーを浴びて,働く予定の居酒屋に行った。


 あの広場からそこまで遠くない場所にあり,それは頑丈そうな木材でできた建物だった。


 歩いたときに感じた昨日と同じ非日常感に少し浮かれながら中に入ると,たくさんの人たちがもう開店準備を行っていた。


 「おお,お前さんが昨日のエルフか。よく来てくれたな。私がこの店の店長,サジョウ・ヨヤイアだ」


 奥の方,厨房から出てきてあちらから話しかけてくれた。


 「はい,こちらこそよろしくお願いします,ラキ・ヒサイです。すいません,遅れてしまったでしょうか?」


 「いや,大変だったろうから今日は時間なんて気にしなくていいと私が町長に言ったからさ,そういう時間になったんだよ。そういえば,自分から働きたいといったそうじゃないか」


 「小さい頃に,『働かざる者食うべからず』という言葉を聞いていたので」


 「へえ,いい言葉じゃないか。それじゃあ,しっかり働いてもらおうかな」


 「はい!」


 「では,周りのエルフと一緒に開店準備を進めてくれ」


 そういうと店長は厨房の方に行ってしまった。


 そのあとは近くにいた人たちが仕事を手取り足取り教えてくれた。とても親切で優しく,分かりやすくて,楽しく働けそうだ。


 この居酒屋の開店準備前の仕事は,料理以外に店の整備と食材の調達があり,当番制で交代するらしい。が,当分僕は慣れるまで店の整備の当番だ。まずは店のことについて覚えなければならない。


 そうして順調に準備は進み,時間通りに店が開くと一時間程度で席は九割がた埋まった。いつもだいたいこんな感じらしく,結構繁盛しているようだ。


 また,手遅れなのだが,なぜか僕は全員に女性と勘違いされていた。

 開店前に制服としてスカートを渡された時はびっくりし,勘違いしていることを伝えようとしたがすでに僕は女性であり,多勢に無勢であった。


 日本でもそういうことが多かったから仕方ないか……って,昨日,ちゃんで呼ばれたたのはこういうことか,たぶん。


 そういうわけで女装することになりこの町では女性にならないといけなくなった。全く,人生何があるか分からないとは,その通りだなぁと心の中でうなずきながら,覚えたての給仕の仕事をこなしていった。







 それから数十日がたち,店の整備ではなく食材の購入をする日がやってきた。


 近所にある市場に買ってくる物リストと金貨を手に持って向かい,買い物をしっかりと行っていく。この数十日で一般的なことなども覚えてきたので,日常生活に困ることはなくなった。


 活気づいている人々を見ながら,最後の食材は何か確かめると……それは壁の外にある木になっている赤色のみだった。買うのではなくそれだけは直接取りに行くらしい。


 その紙に書かれてあった案内通りに進んで行き,門兵に要件を言って外に出ると,それはすぐに見つかった。


 喜んで木の実を取ろうとすると,視界の端に獣人の集団が門から出ていくのが見えた。図書館の本に書いてあったのですぐに見分けがついた。


 へぇ,町に獣人なんて住んでいるんだなぁ。今まで見たことなかったなぁ,珍しいのかなぁ,というような感想を頭の片隅でぼんやりと抱きながら目的の木の実をむしり始めた。


 町に戻ろうとするとき,その獣人たちが走り回って笑っている声が聞こえてきた。







 「いや,この町に獣人なんていたんですね,店長!」


 自分の仕事を済ませ,店長にお茶をつぎながら話しかける。


 「……ああ,まあ,一応いることにはいるなぁ」


 「おーい,ラキ! こっちを手伝ってくれないか!」


 「あ,分かった! 今すぐ行くよ!」


 こうして一瞬で店長とのこの話は終わった。


 歯切れの悪い返事を気にせずに忘れ,また,仕事に戻ってしまった自分に後で後悔することになるのだが。







 最近でこの町に来て二カ月くらい経とうとしている。


 居酒屋での接客も一人前程度にはなってきた。


 今日も頑張って働こうといつも通りの開店をまじかに控えた夕方,門の方から歓声が聞こえてきた。


 「おっ,何か起きたのかな?」


 店長が独り言を言いながら厨房で料理の下準備をしている。


 その例の歓声はとても賑やかなものになり……こちらに向かってきている? え? なんで? 


 「店長,なんかこちらに近づいてきてませんかぁ」


 自分と同じことを感じたのか,一人の店員が少しこわばった声で言う。


 「ああ,そんな感じがするけど,危害を加えてくるような感じではないだろう。前を通り過ぎるだけかもしれないしな」


 と言ったその時,その集団が店に入ってきた。何というフラグ回収の速さ……。


 その集団はある二人に群がっているような感じで,ってその二人はあの,ユハとアーディだった。この店にもちょくちょく来る常連さんで,助けてもらったあとも話をしたりして,結構仲良くなった。


 「おいおいなんだいいきなり,集団での入店は少し人数を少なくしてほしいんだけども。店が壊れてしまうじゃないか」


 店長が,少し怖めの声で話す。


 確かにこの店は頑丈そうだけれども,結構年季が入っている。


 「すまない。だけれど今日は特別なんだ。実は,外に行って冒険をしていたらな,何と獣人を見つけてさらにそれを生け捕りにすることに成功したんだよ!」


 瞬間,店の中にいあた店員たち全員が目を見開いて,各々が喜びを表した。さっきまで少し周りを威圧する空気をまとっていた店長も目を見開いて,機嫌がよさそうに破顔する。自分が今まで見た中で一番の笑顔だと思う。


 が,僕はなんで獣人を捕まえただけで喜んでいるのかさっぱり……て,今,生け捕りって言っていなかったか? 


 「それで,どうするんだい?」


 「もちろん,この店に卸しますよ,いつもお世話になっていますし,エルフの分け与えの精神は素晴らしいと思うので」


 「本当かい⁉ それはありがたいな。じゃあ,どれくらい出せばいい?」


 「無料でいいですよ。その代わりに,今日の店のお代を無しにしてくれれば」


 「分かった。よしっ! 今日はこの店で獣人を振る舞うからな,そしてお代は無料だ! これからも店をごひいきにしてくれよ!」


 そう言った瞬間,店の中に居たすべての人が喜び,笑った。


 「じゃあ,料理方法は? 持ってきた人がぜひ決めてくれ」


 「……うーん…………,よし,とても活きがよくてメスだったからな,生き造りにしてくれ。この箱の中に入っているからよろしくな」


 アーディがずっと抱えていた箱を店長に渡す。


 皆,ニコニコ笑っており,店長もワクワクしているのかいつもより速足で箱を持て厨房に言った。


 僕は,訳が分からず突っ立っていた。そんな僕を不思議に思ったのか一部の人たちが話しかけてきた。


 「おい,どうしたんだ,そんな顔して,具合でも悪いのか?」


 「ああ,いえ,その……これから何をするんですか?」


 「そんなん皆で獣人をおいしくいただくにきまってるだろ,何言ってんだ姉ちゃん……ってあんた二か月前に見つかった外のエルフの生き残りじゃねえか」


 その声に反応して周りの人たちが気さくに挨拶してくる。あの広場での祭りで見かけなかった人もいた。


 「まだ知らなかったか? 俺たちにとって獣人はごちそうなんだよ」


 「獣人を……食べる?」


 「ああ,家畜として飼ったりもしているぞ」


 「え……本にそんなことは書いて……」


 「そりゃあ,常識中の常識だからだろ。別に書く必要がないからじゃないか?」


 「本当に……?」


 そう思っていると店長が厨房から戻ってきた。右手には縄を持ち,その縄に縛られた獣人を引きずっている。


 その獣人は僕の,日本での感性からしたら普通の,とても綺麗な女の子だった。うすい黄色の髪に少し大きい,髪と同じ色の目をしていた。人ではないと一瞬で分かってしまう耳と尻尾がついており,本に書いてあった通りならばあれは獣人の中でも狐人と呼ばれる種族だろう。コスプレをした少し小さい人にしか,正直見えない。



 この人を,食べる? 


 頭にいままでの常識ではついていけない情報が入ってきてパニックを起こす。


 店長は大声で叫ぶ。自分が町に来た時に町長が出した,皆に聞こえるような大声で。


 「皆,騒ぎを聞きつけてここに来た人がいると思うから,もう一回言うが,ユハとアーディが町の外を冒険している時にこの獣人,狐人を一匹捕まえてきてくれたっ! さらにそれを売り払わずにこの店にそのまま渡してくれたっ! ありがとうっ! というわけでこの獣人を皆で食べようというわけだぁぁ!」


 店長のいつもの冷静さはどこにもなく,ただただ興奮しボルテージが上がりまくったエルフがいた。


 周りのエルフもそれに合わせて叫び声を上げたり,飛び跳ねたり,ユハとアーディをほめたたえたり,とにかく滅茶苦茶だった。


 「今日はこの店で食べたものの代金は無料だぁ! どんどんたべてくれ!」


 それでも,だんだん僕の頭の中身は落ち着いてきた。ここでの風習なのだから……


 「えー,この獣人の調理方法は,折角メスを生け捕りにしたのだからということで,生き造りにすることになったぁ!」


 「おおおお」


 「獣人の生き造りなんて初めて食べるな」


 「どんな感じなんだろうね」


 「やっぱ柔らかいんだろうね,生なんだから」


 老若男女問わずそれを聞いて,期待を込めて周りとその話をする。


 ……え? 生き造り? まさか……。


 その場面を想像して気分が少し悪くなる。冷静な頭はどっかにいった。


 いや,イカとかの生き造りならわかるが流石に何かの勘違いだろう。何を勘違いしたらそうなるのか思いつかないけど。


 と,その時か細くかわいい少女のような声がした。


 「うぅ……助けて……」


 その声の持ち主を探して顔を横に振っているともう一回同じ泣き声が聞こえた。

 その方向に目を向けると……店長と,拘束されている獣人がいた。


 「…………痛いよ……ぐすっ,……」


 獣人の口が動くと同時に例の声音が聞こえてきた。


 そういえば自分は何故か人族の言語を理解できるんだった。

 なら,この声は……


 「はいっ! それじゃあ今から獣人の生き造りを作り始めようと思います」


 そんなことを考えている間に店長が明るい声で料理の開始を宣言する。

 おそらく,エルフと獣人の使っている言語は違うのだろう。

 店長はなんかの叫び声を気にせずに厨房から一mは超えているであろう包丁を取り出す。

 昔,市場で目に留まり,気に入って買ったはいいが使い道がないとぼやいていたのを思い出す。その包丁を見て嬉しそうにしているのは使い道ができたからだろう。


 その包丁を片手に獣人に近づく。


 「え……あ……,お,願いっ……だから………殺さないで……」


 「え,生け作りの実況をしてほしい? なんでそんなことを……まあ,それで楽しんでくれるなら別にいいよぉ,というわけで今からさばいていきます!」


 他のエルフたちが料理ショーともとれるこれを楽しむために実況してほしいという。


 その,獣人にとっての死刑宣告と同時に店長はでかい包丁を身動きできない獣人の体にあてた。


 「やっ,やめて……なんで,わたしは,ただ,……っっっぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ」


 「じゃあ,実況するけど,まず,獣人ってのは特殊で胸あたりにある心臓と頭部を傷つけない限り即死しない。だからこうやって生け作りが可能なわけ。

 まず,上半身を毛の上から腹筋の縦線に沿ってきれいに切る。この時内臓に傷がつくと肉が少しおいしくなくなるうえにその内臓自体も食べられなくなるから慎重に。そのあとこの切れ込みを大きく広げて……」

 「あああああああああああああああああああああああ,や,い……たっ,ぎゃああああああ,う……あ……」



 ………………………………

 …………………………

 ……………………




 その後に食べたその肉(メスの肉は生で食べられるらしく,そのまま食べた)はとてもおいしかった。食べたことのある味がすると思ったら,あの広場での祭りのメインディッシュも狐人の肉だったらしい。


 町の中でも獣人を育てているが,数が少ないので,一匹丸ごと生きたまま手に入ることは皆無らしい。だからあんなに盛り上がったというわけだ。


 あの綺麗な獣人は,しっかりまだ生きている。食べられないという理由で残された腕をぴくぴくさせ,声にならない絶叫を上げている。食べられる部分はすべて抜き取られるか切り取られて,大きな皿にのせられている。


 獣人の叫び声は全く聞こえていないらしい。そのことを言ったら一笑にふされ,空耳でしょと言われたので,ですね,と笑って答えた。


 取り出された各々の臓器は可食部分を残して捨てられ,料理され,瀕死の死体がある皿に綺麗に盛り付けられた。あの肉も移されて,盛り付けられた。


 そうしてできた生き造りはとても美しく,集まったエルフたちは歓声を上げ,写真を撮っていた(魔法で)。捕まえてきた本人たち,ユハとアーディも嬉しそうだった。

 味もとてもよく,みんな笑っていた。

 ユハ達にも話しかけられ世間話をしながら食べた。まだ生きている物の絶叫を小耳にはさみながら話をしていたら,吐いてしまった。もちろん,しっかりトイレで吐いた。するとみんな心配してくれて,濡れたタオルをくれたり,携帯していた中が見えない袋を渡してくれたり,背中をさすってくれたりした。店長も背中をさすってくれた。優しく,さすってくれた。


 それでも,もう一回もう一回と,延々と繰り返し吐いてしまった。



 丸見えになった獣人の赤い心臓は,エルフたちが笑っている中で静かに,中に残った血をポタリと垂らしていた。











 ”クスクス……吐きまくっていてマジウケるんですけど! やっぱこの遊びはやめられないなぁ!”


 ”ただいま戻りましたー”


 ”おっ,帰ってきたー。今ねぇ,お前がやったことがいい感じに成功しているよ!”


 ”私がやったことはあなたに言われたことだけですよ……って,これどうしたんですか? こいつ,さっきのやつじゃないですか。めっちゃ吐きまくってますけど,なんでですか?”


 ”なんかねぇ,先入観がぬけないんだそうで”


 ”いや,これどう考えてもあなたが仕組んでますよね。あの能力を渡すように言ったのも,これを起こすためですか?”


 ”まあ,やっぱりこういう遊びをするのは面白いからね。そうそう,趣があるぅ!”


 ”あくどいですねぇ。ま,こういう遊びも嫌いではないですよ?”


 ”それは良かったよ,君も退屈だろうからね”


 ”ええ。あ,そういえば昔,この転移させたやつのいた世界でいたずらしてませんでしたか?”


 ”ん,ああ。暇だったからな。その世界に行っていろいろやったが,なぜか同じ種族に恨まれて何回も殺されちゃったんだよなぁ”


 ”その,『いろいろやった』が原因であなたが面白がりそうなことが沢山起こったらしいですよ”


 ”例えば?”


 ”いろいろですよ。見たら分かると思いますし,面白さは私が保証しますよ”


 ”ふーん……じゃあ,行ってみようかな。どうせやっぱり暇なんだし。後,君が面白いということはたいてい面白いからねぇ”


 ”はい! それではまずこれから見てみましょう!”


 

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