74/物語の結末と始まり
目を開くと、自分のベッドにいることにヴィルヘルミーナは気づく。
「……私の部屋?」
「そう、君の部屋だ」
言葉に出た疑問に、すぐ横から答える声。
慌てて声を方を向くと、ベッドのすぐ横にレオンハルトの姿があった。
「お、お兄様!?」
「良かった、起きてくれた」
感極まったように抱き寄せてくる彼に、ヴィルヘルミーナは戸惑いを隠せない。
自分は死んだはず。
どうして生きている?
「――君を死なせたくなくて。
私もいろいろ手を打ったんだよ」
あの時、ヴィルヘルミーナが見せた異常な程の魔法抵抗力。
それは”魅了”が新たな魔法へと変異した為だ。
その効果は自己の能力を極限まで高めるという、単純なもの。
前例で言えば”自己愛”に似た力。
しかし、その効果が発揮される条件と、強化の度合いが大きく異なる。
自分の為ではなく、誰かの為に。
私の全てを棄ててでも、貴方の為に。
そんな彼女の固有魔法は”無償の愛”と名付けられた。
「だから私は時を戻り、アーデルハイド女史に頼んだ。
……きっと、私以外の回復魔法ならば、受け入れてくれるだろうと信じてね」
「と、時を戻る!?」
あまりにも現実離れした行為に、目を丸くするヴィルヘルミーナ。
「――時間は掛かったけれど、ようやく君を取り戻せた」
愛おしそうに抱きすくめられて、ますます彼女は動けない。
「心から愛しているよ、ミーナ」
そして二人の顔が近づき――
* * *
(いやー……まさか、異世界転生をファンディスクでやるとは……)
トゥルールートのシーンを見ながら、私――黒崎美奈は息を吐く。
このあとレオンハルトは、生涯独身のままヴィルヘルミーナと共に生きる。
彼女が望む平穏の為、陰ながら国を支えて、だ。
ちなみに、ノーマルルートではヴィルヘルミーナの死後、やはり生涯独身のまま、国を支える終わりだった。
(最初はどうかと思ったけれど、やってみたら結構面白かったな)
主人公は、本編の悪役令嬢。
その上、中身は異世界転生で本編のルートを知っているときた。
(いや、でも……ある意味で感情移入はしやすかったよね)
プレイヤーは、本編をある程度やりこんでいるし、そういった意味では正しいのかもしれない。
普通のファンディスクとは違うけれど、これはこれでアリである。
スタッフロールが終わり、最後の幸せそうなスチル画面。
さらにボタンを押せば、クリアデータの保存の確認。
もちろん、「する」を選んで――私はゲーム機の電源を落とした。
「んーっ! 終わったぁ!」
ゲームのしすぎで強張った身体を伸ばす。
「しっかしまぁ……びっくりしたなー……」
あの日、ゲームのファンディスクを予約しに行く途中での交通事故。
救急搬送されたものの、そのまま昏睡状態が続いたらしい。
いつ目覚めるかわからない私を、両親や友人がよく通って見舞ってくれた。
その中の一つに、例の予約しようとしたゲームがあり、こうして目が覚めた後ゲームをプレイしていたというわけだ。
(起きた後もゲームやってて、お母さんには呆れられたけどねー)
事故の原因の一つといえば一つ。
母親が心配というか、呆れるのもよく分かる。
けれど――このゲームだけは、すぐにやらないとという気持ちになったのだから仕方ない。
(護衛君は”魅了”なんてされなかったし。
本編で死んでたキャラが生き残ったし。
なんか妙に嬉しかったんだよね)
入院生活も明日には終わる。
それまでにクリア出来て、本当に良かった。
(来週にはファンディスクの公式資料集が発売だしね)
自然と笑みが溢れる。
なんと、近所の本屋で資料集へのサイン会まであるのだ。
シナリオライターのサインがもらえるというのは、ちょっと嬉しい。
(なんか知らないけど、妙に気に入ったからなー。このゲーム)
その為には、早く体調を戻さないと。
「休養」という大義名分と共に、私はベッドで横になった。
* * *
近所の大型書店は、何度か今までもサイン会を行った事のある店舗だ。
だが――今までで最高記録を更新したかのような、大人数が本屋に集まっている。
どうやら、原因の一つはシナリオライターがイケメンだったかららしい。
(まー、女の子がきゃーきゃー言うのもなんとなく分かったけれど)
ゲームキャラクター「レオンハルト」は、シナリオライター「獅童晴人」本人がモデルだという。
自分の分身みたいなキャラを、あんなイカれたキャラによくもまぁ出来たねと、感心する。
とはいえ、ライターとキャラは別物だ。
サインは嬉しいし、小躍りしたい気分で場を離れ、お昼ご飯を食べに行く。
適当にテイクアウト系を購入し、店内にあるテーブルで食べる。
「――失礼。相席をしてもいいだろうか」
「はい? 良いです――え?」
顔を上げると、そこには先程のサイン会の主――獅童晴人の姿。
「どうかしましたか?」
「い、いえ。ど、どうぞ」
戸惑いながら、勧めてから気づく。
周囲にはまだ空いてる席があることに。
……ついでにいうなら、嫉妬にも似た視線が自分へ向けられている事に。
(ま、まぁ、一人でテーブル一つ占拠するのもね!)
私がいるのは小さいテーブルだが、二人で使えないこともない。
それならば、他のお客に遠慮して相席も理解出来る。
問題は周囲の視線だけれど。
(――早く食べて離れよう)
居心地の悪さに、そう決めた時。
「――美奈、さんでしたよね?」
突然名前を呼ばれ、びくりと身を竦ませる。
一瞬「何故名前を?」と考えたけれど、よく考えたらさっき本名でサインを書いてもらったのだった。
「え、えぇ」
「前世って信じますか?」
「はい?」
食事の会話にしても、かなりぶっ飛んだ質問に首を傾げる。
「僕は信じています。
いえ、前世を覚えているからこそ、今回のゲームを作ったんです」
何故だろう。
背中に嫌な汗が流れるし、頭が妙に痛い。
彼の顔に何故か、ゲームの――けれどイラストではない――レオンハルトの顔が重なる。
「大変だったんだよ?
記憶を取り戻してから、ゲーム開発まで色々と。
作りたくもない、本編作ったり……」
聞いたら、もう逃げれない。
そんな予感がしたけれど、身体が動いてくれない。
警鐘のように、頭がガンガンと響く。
「――ねぇ、美奈」
甘い声音と、蠱惑的な笑みを浮かべて、彼が言う。
瞬間。
脳裏に蘇る”ヴィルヘルミーナ”としての日々。
頬がひくつく。
ありえない。
絶対にありえない。
異世界トリップが夢オチじゃなくて、この人の前世だとか。
頭がこんがらがって、パニックになりそうだ。
だが――それでも。
「お、お兄様……?」
なんとかひねり出した問いかけ。
「今は違うよ。
だから、君が気にしていた血縁関係もないね」
にこりと、獅童さんは微笑む。
「ファンディスクのトゥルールート、良かったって言ってくれてたよね」
「そ、そうですね」
なんだろう。
一歩も動いてないのに、追い詰められているような感覚。
心臓がドキドキと煩くて仕方ない。
恐怖?
少なくともときめきとは……なんか違うよね?
「愛しているよ。美奈」
「ななななな……!?」
顔が熱い。
いきなり何言ってるんだこの人は。
「大丈夫。ゆっくり待つとも。
僕は君が好きなんだ。
ミーナであろうと美奈であろうと、君は君だろう?」
手を取られニコリと微笑み、手の甲への軽いキス。
心臓が跳ねる。
さっきから、息が詰まるようで上手く言葉が出せない。
ただ一つ分かるのは――
(――なんで、嫌じゃないのよ!)
前世だとか夢が現実だったとか、色々言いたいことがあるのに。
彼の言葉を否定出来る程の、嫌悪感が自分の中にない。
(普通、ないわよ!! ありえないわよ!!)
心の中でなら叫べるのに。
ただ一つ分かるのは――
「もう、手放したりしないよ」
――この人からは、私は多分逃げられないという事だけだ。
魔王から は 逃げられない!
そして捕まる、美奈さん。
ゲームが先か……転生が先か。
* * *
これにて、悪役令嬢転生物語~魅了能力なんて呪いはいりません!~は完結となります。
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後日、もう一話だけ本編とは別に更新を予定しております。