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悪役令嬢転生物語~魅了能力なんて呪いはいりません!~  作者: 緑乃
第六章 15歳 レオンハルト編
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73/レオンハルト・目標



 混乱、心配、悲しみ、喪失――そして後悔。


 色々な感情を私は知った。

 ミーナに教えられた。


 喜びと楽しみを覚えた時は、とても嬉しく高揚したが――


(――こんな感情は、知りたくもなかった)


 それすら含め、人間なのだと彼女は言うのだろうか。


 ため息を吐いて、たたぼんやりと自室のソファに座る。


 彼女が死んだその後。

 私はシルヴィア達の呪いを解いた。


 約束であったし、ミーナの願いを叶えてあげたかったからだ。


 その後は、ただ自室にこもった。


 真相は、シルヴィアに伝えてある。

 ――ミーナの死も。


 だから、私は待つだけで良い。


 きっと全てを知った王子か、エリクか――あるいは、アーデルハイド女史が、私を殺しにくるだろう。


 ――それで良い。


『私が勝ったら、もう誰にも手を出さずに、真っ当な人間になってくださいね!』


 最後に交わした約束。


 ”真っ当な人間”


 それが彼女にとって、どういう人間を指すのかは、分からない。

 だが、少なくとも罪から逃げるのは、真っ当な人間ではないだろう。


(……後はただ待つだけでいい)


 彼女の居ない世界に未練などなく。

 何もかもが色褪せた灰色の世界など、もはや興味もない。


(――それにしても遅い)


 ミーナの死を悼んでいる。

 それならば理解出来なくもない。


 だが、人とは失った原因へ悪意を持つものでないのだろうか。


(……わからんな)


 命を賭してまで教えてもらってなお、私は”普通”からは程遠いらしい。


 ため息を吐き、彼女がくれた本へと視線を落とす。


 「下らない」「理解に苦しむ」と考えた内容が、今は妙に胸に響く。

 ミーナが最後にくれた本だからか、それとも私自身の変化か。


 考えているとノックがした。


「誰だろうか」

「私です。シルヴィアです」


 予想外の来客に、少々面食らう。


 扉を開けると宣言通り、バスケットを持ったシルヴィアが一人。

 他には誰もいない。


「珍しいですね、そういう顔」

「……」

「部屋に入らせていただいても?」

「構わないが、未婚の女性が男の私室に入るのはどうなのだろうね」

「いいじゃないですか。私達は婚約者同士です。

 それに、以前なら何度か入れてくれましたよね?」


 ただ単に、利用するためにそうしただけなのだが。


「どうせ、貴方は何もしない。

 それなら、二人っきりになれる場所で、お話したいんです」

「――分かった」


 あまり長い付き合いでもないが、彼女がここぞという時に引かないのは重々理解している。

 なにより、あの真っ直ぐな目で見られるのが辛い。


(……血筋なのだろうな)


 シルヴィアもミーナも、こうと決めた時の強い目がよく似ている。

 同時にそれは、ミーナを思い出す事に繋がる。


 あの目で見上げられながら問答するよりも、素直に受け入れたほうがマシだ。


 部屋に入れると、シルヴィアは迷うことなくソファへと向かい座る。


「――それで、用件は何だろうか」

「そうですね……まずは一つ。

 殿下もそのご友人達も護衛騎士の彼も、来ませんよ」

「……どういう意味だ?」


 シルヴィアには、呪いを解いた時に全てを話してある。

 ミーナを可愛がっていた彼女なら、なぜ彼女が死んだのか周囲に知らせると考えたからだ。


「そうですね、一つは私がミーナさんに頼まれたからです」

「何をだ?」

「”私の死は自殺であると周囲に知らせてください”――と、あの子は手紙で指示してきたんですよ」

「なっ!?」


 驚きを隠せない私を、シルヴィアは困ったように笑う。


「詳しい話を聞きたいのなら、立ってないで座ったらどうです?

 そして、どうでもいいというのなら、貴方が私を転移で家にでも帰したらいいんです」


 聞きたくなければ、帰ってもいい。


 そういう提案なのだろう。


 別にそれでも良かった。

 たった一つ――ミーナの手紙という情報さえなければ。


 私は黙って、彼女の向かい側に座る。


「あ、聞く気はあるんですね」

「……」

「そう睨まないで下さい。

 あの子が、頑張った甲斐はあったんだなと、感心してるんですから」


 言いながら、テーブルへとバスケットを乗せる。

 中身は水筒と、ホットドッグが数個。


「長話と言うほどでもないですけれど、貴方ろくに食べてないのでしょう?

 食べてくれたら、お話をしてあげます」


 上から目線で彼女は言う。

 とはいえ、それを跳ね除けるだけの不満もない。


 私は差し出されたホットドッグを頬張る。

 そんな私を見て、シルヴィアは嬉しそうに笑う。


「……懐かしいですね」

「それより、話をしてくれるのだろう?」

「はーい。わかってますよ」


 軽く肩をすくめて、彼女はようやく”手紙”について話を始める。


「簡単な話ですよ。全てを分かった上で、彼女はああいう行為を行った。

 でもその結果、貴方は全ての責任を負うだろうと考えた。

 だから”手紙”を残して責任は自分にあると、周知させた。

 ――ただ、それだけです」


 眠っていた者達や、王子やエリク達へ。


『自分の罪に耐えられない』

『責任を負う』

『この結論を選んだ事と、相談しなかった事を、どうか許して下さい』


 そういった言葉をそれぞれに宛て、書いておいたのだという。


「――そして、私には全てを知って欲しいと、他の人に当てた手紙の大まかな内容と、真実を」

「……そうか」


 だから誰も私を、断罪しに来ない。


 死にたいなどと――考えてもいなかったが。

 私は無意識にそう願っていたのだろう。


 落胆で、肩が重くなったような錯覚を感じる。


「らしくないですね」


 少し寂しそうに笑って、彼女は持ってきたお茶を飲む。


「――でも、ミーナさんの願いがちゃんと届いているようで、安心しました」

「……ミーナは残酷だね」


 私がこうなるのを”願っていた”など。

 残酷以外のなんだというのか。


 ――それも全ては、私の為。


 そう考えると、少しだけ”嬉しい”と感じる自分もどうかしている。


「……レオンハルトさん。

 これを見てくれませんか?」


 差し出されたのは、一枚の紙。


 折り畳まれたそれを開くと、中に書かれていた内容に苦笑する。


 描かれていたのは、夢物語の青写真。


 全てが平穏無事に丸く収まり、幸せそうなミーナの未来理想図。


「……これを壊したのが、私なのだろうな」

「そうですね。

 でもまぁ、貴方のお父様の辺りとかは、彼女も無理じゃないかなって思っていたんじゃないですかね」

「そうだろうね。

 ――それで、これがなにか?」

「これがあの子の望んだ世界なんだそうですよ」


 ミーナの望みと聞き、心が揺さぶられたような感覚がした。


 死者は死者でしかなく。

 すでに居ない人間の望みを叶えたところで、死者は喜んだりしない。


 ――それは、分かっている。


 あの状況を覆す方法を、何度繰り返し思考したことか。


「はぁぁぁぁ……」


 シルヴィアが盛大なため息を吐く。


「――あぁもぅ。なんですか!

 いつもの余裕と自信はどこに行ったんですっ!?」


 立ち上がり、睨みつけてくる彼女。


「ミーナさんが大事なら『彼女の望みを叶えてあげよう』くらい言ったらどうなんですか?

 何も言わずに、ぐじぐじと……」


 シルヴィアは更に目力を強くして、私を睨む。


「良いですか、貴方天才なんでしょう?

 だったら、やる前から諦めるんじゃなくて、ミーナさんを生き返らせる方法を探すとか!

 降霊術でしたっけ? それを極めるとか、いろいろ可能性を探してみたらどうなんですか!!」


 無茶苦茶を言う。


 死者を生き返らせるのは、不可能だ。

 魂を呼び寄せるのも、肉体を復活させるのも、神にしか出来ない。


「これだから天才は……諦めが早すぎます」


 再びため息を吐き、彼女は私へと指を突きつけた。


「ミーナさんは、貴方の心を動かすという偉業を、文字通り体を張ってやったんですよ?

 貴方も彼女の兄なら、努力をなさい。

 一度の失敗程度で、何を落ち込んでいるんてすか?」


 説教するかのように言葉を発する度、彼女は目を潤ませていく。


「――ええ、そうでしょう。

 失われた命を取り戻すなんて、簡単なことではありません。

 祝福を受けた勇者様でもなきゃ無理でしょうね。

 でも、あの子に魔王と称された貴方が、こんなところで止まるなんて、私が許しません!」


 支離滅裂で、感情的な叫び。

 だがその姿に、何故かミーナを重ねて見てしまう。


 ミーナが感情的になったことなど、一度しか見た事が無いというのに。


(例のノートにも書いてあったな)


 彼女が知る世界の私は、シルヴィアを失い、その面影を他の――確かエステルといったか――女に見る、と。


(……そもそもあのノートは一体?)


 彼女が知り得ない情報が書かれていた謎。

 かつての彼女では、有り得ない行動。


(そう……別人だと当初私は考えた)


 だが、彼女はクラース家の血筋を持っている。

 私の妹であることは、疑いようもない。


(ならば――)


 ――かちり、と何かが頭の中で嵌った気がした。


 それは、奇想天外と言って良い程の可能性。

 けれど――もしかしたら、あり得る可能性。


 可能性があるのならば。

 やってみる価値はあるだろう。


 どの道、彼女に再会できないと言うのならば。

 賭けてみるのも悪くない。


「そうだね……諦めるのは早いかもしれない」


 前向きな私の言葉に、シルヴィアが目を瞬く。


「全ては無理だろうけれど。

 彼女の願いを叶えてみたいと思う。

 ――そして、私自身の願いもね」


 にこりと微笑むと、さらにシルヴィアは困惑したように私の顔色を伺う。


「あの、大丈夫ですよね?

 変なことしませんよね?」


 私をなんだと思っているのか。


「さっき生き返らせるとか言いましたけれど、それでゾンビ化とかゾンビが大量発生とか嫌ですよ?」

「……本当に君は私をなんだと思っている?」


 だいたいゾンビは肉体が動いているだけで、魂が伴わないし、体が腐敗してしまう。

 どうにかする手段は用意出来るだろうが、魂が無い時点で意味はない。


 彼女の死に方からして、すでに魂は現世に無いだろうし、魂を憑依する方法も無駄だろう。


「――あぁ、でも一つだけ。

 君に了承を得なければいけないことがあった」

「私に……ですか?」

「婚約を破棄しよう。シルヴィア。

 私は君と結婚出来ない」


 ミーナの願いを無下にするようで申し訳ないが、これだけは譲れない。


(君のお陰で、私も欲が出てきたんだよ)


 結婚をするのならば、愛する人と。

 そんな幼い子供のような、願い。


(絶対に君をこの手にする)


 ――例え、今生で無理だとしても、絶対に。


 兄貴、覚醒。

 シルヴィアさんは、いい女だと思う。


* * *


 お読み頂き有難うございます。

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