70/出した答え
深夜。
私はエステルと共に、領地の別荘前に立っていた。
郊外にある別荘は、周囲になにもない。
だからか、冬近いというのに虫の音が響く。
こんな所へ深夜に転移させられたからか、エステルは不安そうだ。
「……あの、姫様。
どうしてこんな所に?」
「ちょっとやることがあるの」
安心させるように、柔らかく笑う。
彼女がいるのは、ここへ転移してもらう為だけ。
これより先に、関わらせるつもりはない。
(それにしても助かったわ。
念の為、ここをワープポイントに指定しておいて)
人通りのある所に転移先の印を配置しておくと、思わぬ事故に繋がる。
そのため、こうして我が家に関係し、かつ迷惑がかかりにくい場所に用意してあったのだ。
そうでなければ、一人でここに来るのも苦労しただろう。
「……」
なにか言いたそうにするけれど、口にはしない。
かわりに、どこか心配そうな顔で彼女は言う。
「……朝になったら迎えに来る。
――で、良いんですよね?」
「えぇ、お願い。
他の人には絶対内緒にしてね。
朝には帰るんだから」
私がいないことに気づいて、エリクやアンディ達が動いたら困る。
エステルがいれば、私と同じように転移してもらえば済む話なのだから。
名残惜しそうに、不安顔のまま。
何度も私を見てから、ようやく彼女は転移で姿を消した。
(……本当、人をよく見てる子ね)
ヒロインだから。
そう言ってしまえばそうかもしれない。
けれど、それだけじゃないのを私は知っている。
エステルは、優しくていい子だから。
私の事を、心から心配してくれてるのだろう。
少しだけ苦笑して、別荘へと歩き出す。
深夜だけあって、周囲はとても静か。
虫の音と、私の足音だけが響く。
空を見上げると――ちょうど満月だったらしい。
周囲にはろくに明かりがないというのに、銀色に輝く月明りのお陰で、不自由はしなさそうだ。
(……やるべき事はやってから来た)
アデル婆さんには、口止めと共に、他の誰かが動かないようにとお願いしておいた。
眠り続けるダイアン達の側には、手紙を置いてきた。
エリク達への手紙は、アデル婆さんに預けてある。
――だから後は。
(私が、賭けに勝つだけね)
それが一番難しい事だと、自分が一番分かってる。
それでも、ほんの少しでも勝率があるのなら。
(やってやるわよ)
別荘は人が誰もいないのか、真っ暗だ。
本来なら管理のために、誰か居るはずだけれど……。
兄貴が人払いをしたのかもしれない。
(……ちょっと、不気味)
深夜なのもあって、怖じ気づきそうになる。
(……こんな事で、怖がってる場合じゃないってばっ!)
睨みつけながら別荘へ近づくと、玄関の扉が勝手に開く。
「……っ!?」
身をすくませ身構える。
そこに待ち構えていたのは、例の黒猫だ。
兄貴かと思った。
驚かさないで欲しい。
不満に睨みつけるも、黒猫は素知らぬ顔。
「にゃあ」
一鳴きして、てくてくと歩き出す。
どうやら、兄貴の所へと道案内してくれるらしい。
軽く息を吐いて、内部へと一歩踏み出す。
すると、ホールに魔法の明かりが灯された。
「……ご丁寧なことで」
暗いと、黒猫を見失いそうだから助かるけれど。
その後も進む度に、ぼんやりとした明かりが灯る。
「まるで、ラスボスの城みたい」
呟き、自分の発言に気がついて思わず笑う。
まるでも何も、まさにここはラスボスの城なのだから。
(色々あったなぁ……)
転生して、最初の頃は本当に混乱した。
”魅了”に振り回されたり、兄貴に疑われたり。
それと、貴族子女の教育にも疲れた。
私の場合は、前世の経験があったから良いけれど。
そうでなければ、とてもついていけなかっただろう。
(兄貴の魔法教育は大変だったなぁ)
何でも出来る兄貴は、教え方も微妙で。
見かねたエリクが教えてくれなかったら、今ほど習熟出来なかったに違いない。
(それからアンディや、皆に会って……)
誘拐事件という、大変なことはあったけれど――楽しかった。
社交界デビューとか。
綺麗なドレスを着込んで、ダンスを踊るとか。
前世じゃ、想像もつかなかった世界だ。
(……なんだかんだと、クソ親父も止めれたし、シルヴィアも守れた)
止める手段は、少し抵抗があったし、その後苦しむ羽目になったけれど。
(兄貴が、慰めてくれたんだよね……)
あの人の事だから、深い意味なんてきっと無いだろう。
だとしても、私はあの言葉に救われたのだ。
(うん……悪くなかったよね)
魔法を使うなんて、この世界でなきゃ、叶わなかった。
それに、心から大切にしたいと思える人達に会えた。
転生して良かったなんて、とても言えなくても。
悪くなかったとなら、はっきり言える。
(……うん)
胸には、失う恐怖ではなくて。
暖かい気持ちが、溢れてる。
少し前までは、ほんの少しだけ怖かったけれど。
もう――怖くなんて無い。
それ以上に、守りたい"現在"があるから。
守りたい人達がいるから。
(分の悪い賭けくらい、なによ)
こちとら、知ってるゲーム世界への転生なんて奇跡を起こしてるのだ。
それに比べたら、勝率はぐっと高い。
口元に笑みを浮かべ――やがて、黒猫は大きな扉の前で止まった。
「にゃあ」
猫が鳴くと、扉がゆっくりと開いていく。
その部屋はサンルームらしくて、一面がガラス張り。
満点の星と、銀に輝く月の光。
その部屋の真ん中に。
月の光を浴びて立つ兄貴が居た。
銀髪が月光を浴びて、きらきらと輝いて。
何もない殺風景な部屋だと言うのに、絵画のように美しい。
月を見上げてる姿は、息を呑むほどだ。
兄貴はゆっくりと、私へと視線を向ける。
「……来たか。
思いの外早かったね」
「悩んでも、決めたら即行動するのが私の生き方ですから」
「なるほど」
頷いて、兄貴は少し首を傾げる。
私が誰も連れて来てないのが、意外なのだろう。
「誰もいませんよ」
「ほぅ」
どこか感心したように、兄貴は微笑む。
「連れて来たら、私の心を折るために、死ぬ直前まで追い込むでしょう?」
「そのつもりだった」
悪びれもなく兄貴は肯定する。
予想通りだから、今更怯んだりしないけれど……。
(少しくらいは、躊躇えよ)
兄貴の性格を考えれば、私を本気にさせる。
その目的の為に、手段は選ばないだろう。
それこそ、何人か見せしめに殺すくらいはする。
だから連れてこなかったのだ。
「お兄様、考え直しては頂けませんか」
真っ直ぐ兄貴を見つめて、問い掛ける。
「すると思うのかい?」
返される返事は、予想通りの答え。
「――いいえ。
貴方は失敗を知らないから。
失うことを知らないから」
天才というのは、本当に厄介な存在だ。
「――だから、諦めるということも知らない」
人は誰しもそうやって、妥協する事を覚える。
上を目指す事は、とても素晴らしい事だけれど。
そればっかりでは、人は疲れてしまうから。
だというのに、天才は何でも出来るから、人生がつまらないという。
贅沢にも程がある。
(……なんか、腹立ってきた)
私がどんな想いで、頑張ってきたと思っているのか。
「そうだね。
――君が教えてくれるのかい?」
謙遜することなく、兄貴はあっさりと頷いた。
(……本当、この人は……っ)
苛つきを笑みに隠して頷く。
「えぇ、教えて差し上げます」
「ほぅ」
兄貴と私。
お互い楽しそうに笑いあう。
――感情は、多分真逆だろうけれど。
「君は本当に素晴らしいね。
私にもっと、たくさん教えてくれ」
(おう。
教えてやろうじゃない)
不敵に微笑んで、兄貴を睨みつける。
周囲に冷気が漂い始め、それはすぐに結晶化して宙に浮かぶ。
氷の剣を、いくつも生み出して私は笑う。
「さぁ、お兄様」
高らかに、唄うように。
「勝負をしましょう」
兄貴を指差し、宣言する。
「初めての――兄妹喧嘩です!」
ミーナ は 喧嘩 を 売った!
レオンハルト は 笑顔 で 買った!
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