09/魔法
エリクが付けてくれた剣術の稽古から数日後。
レナの甲斐甲斐しいケアのお陰か、筋肉痛に悩まされることもなく日々を過ごしていると、エリクから魔法の訓練について相談を受けた。
「良かった! 忘れていなかったのね!」
私が思わずそう言うと、苦笑しながらエリクは話を続ける。
「それにあたって、先に座学を少々行いたいのですがお時間はありますか?」
「えぇ。もちろんよ!」
読書していた本を閉じて笑顔で頷く。
今は自由時間だ。エリクもそれを承知で声をかけてくれたのだろう。
「レナ、あっちのテーブルを使うわ。
ダイアン、筆記用具を用意してもらえる?
エリクは席に座ってね。私の先生役なんだから」
三人に指示を出してから、自分もテーブルにつく。
普段勉強を受ける時と同じ様に、ダイアンは筆記用具を配置してくれた。
(魔法よっ魔法っ!)
うきうきと心が弾む。
ついに魔法を覚えることが出来るのだ。
ゲーマーとして、オタクとして、これに心ときめかない人間がいるだろうか。答えは否である。
「……お嬢様、そんなに楽しみにしてらしたのですか?」
「えぇ。とっても。さぁさ、教えてくださいな」
わくわくとしながらエリクの説明を聞く。
まず説明されたのは、この世界における魔法の価値や運用についてだ。
基本的に魔法は貴族の技術で、平民には余り使い手はいないらしい。
これは、別に技術の流出を抑えてるわけではなく、平民は魔法を上手く扱えない事が原因だと言う。
無理をすれば平民にも使えるらしいが、相性が悪く、かなり大きく疲労するので使い物にならないらしい。
(ようするに、MPが低いって事かな?
ゲームでヒロインの仲間になる騎士のキャラクターの中には、平民の回復キャラがいたからあまり気にならなかったけれど……)
もしかしたら、平民なのに回復系に向いた魔力があったからこそ、騎士団に入れたのだろうか。
(そういえば、ヒロインも魔法使えたよね。
なら、彼女も貴族の血を引いてるのかな? もし引いてたら探す事も出来るかも……)
「――お嬢様?」
突然声をかけられ顔をあげると、困ったような顔でエリクが見ている。
「何か難しいところがありましたか?」
「ううん、そういう訳じゃないの。
平民にも魔法が使えたらいいのになって思ってただけよ」
適当にごまかして先を促すと、彼は話の続きを始める。
魔法は貴族の技術である事は先程述べた通り。
ただし、実際に魔法を扱う貴族は上位の貴族ほど少ないという。
基本的に上位貴族の家ならば、戦闘用の魔法を習得した護衛や、生活の質を向上させる魔法を覚えた召使いがいる。
なので高位者に使われる立場になりがちな下位貴族や、家を継げない次男三男が手に職をつける為に学ぶことが多いそうだ。
「あれ? じゃあ、お兄様は魔法を使えないの?」
「いえ……若様は魔法を習得していますし、腕前も宮廷魔法師に匹敵すると言われております」
そう言って、上位貴族の場合について教えてくれる。
魔法は現場作業員の技術であり、指導者層はもっと他に学ぶことがあるため習得していない者が多いらしい。
そもそも自身で使うよりも人を雇う方が効率が良く、上の者は下の者を雇用する義務があるからだ。
ただし、武門の家ならば一族の象徴となれるように学ぶし、趣味として嗜む人はいるから例外はあるという。
(つまり兄貴は例外かつ趣味で覚えた口か)
納得の説得力。さすがラスボスである。
その後は、魔法を使用するにあたっての魔力の操作方法、呪言と印の結び方等を学んでその日は終了した。
* * *
数日後、座学についてちゃんと覚えたかどうかのテストを受け、見事に合格した私はついに実技を受ける権利を手に入れた。
これくらい数多くのゲームをやっていた私にとって朝飯前である。
それにゲーム世界だからというのも味方した。属性や相性も、この世界をやり込んだ私にとっては馴染み深いものだったのだ。
というわけで、私は意気揚々と前回エリクが用意してくれた運動着を着込んで裏庭にやってきた。
「そういえばエリク。
前回やった剣術の稽古も継続して続けたいのだけれど……やってもらえるのよね?」
「……どうしてもでしょうか」
「えぇ。エリクがいるのだから自衛のため、という部分は必要ないかもしれないわ。でも、運動目的としてはやったほうが良いと思うの」
「それならば、剣術でなくとも……」
渋るエリクの気持ちは分からないでもない――が。
それでも、武器での戦闘訓練は是非ともしておきたい。
「――お願い。エリク」
猫をたくさんかぶって上目遣いでおねだりをしてみる。
今は『魅了』されてないから、この猫かぶりが効くかは分からないが……。
睨み合うように視線を交わすことしばし。
エリクの方はエリクの方で、渋い顔で私を諦めさせようと睨んでいるけれど……それがふいに困ったような笑みに変わった。
「……畏まりました。
お嬢様がどうしてもと仰るならば」
「本当!?」
私が破顔すると、エリクが少しだけ厳しい顔を作る。
「ただし、安全面には最大限の注意を払ってもらいます。
指導をきちんと受け入れると約束して下さい」
「もちろんよ。先生の言うことだもの守るわ」
顔だけは真面目に、しかし心の中ではガッツポーズを取っていると、ずい、とレナが間に入って私をエリクから遠ざけた。
「ダメですよ、ミーナ様。お兄ちゃんに近づいちゃ。
訓練をどうしてもやりたいのは分かりました。でも、絶対にお兄ちゃんと二人っきりにはなっちゃダメですからね!」
物凄く警戒している。
前回の『魅了』状態の事を気にしてるのだろう。
「お兄ちゃんも、ミーナ様と二人っきりになれるとか思わないでよね!」
「いや、俺は別にそんな事は……」
「ぜーーったい、ダメだからね!」
説教されてるエリクに少々罪悪感を感じつつも、レナの申し入れは正直ありがたい。
何が原因か分からない今、『魅了』で被害者が出るのを防ぐのに第三者は必須だろう。
ついでにいうと、ぷんすか怒ってるレナが大変可愛い。
「わ、分かった。ちゃんとお前や母さんが居る時にだけ訓練をしよう」
「約束だからねっ」
「分かった分かった」
「えぇ。約束するわ。レナ」
「それでは――改めまして、魔法の実技を始めましょうか。
お嬢様、魔法の使い方のおさらいをお願いします」
「分かったわ」
魔法を使うのに必要なのは、呪言と印、魔力の操作と操作するための集中力だ。
ただし、それらは省略することが可能で、属性への適正や魔法そのものへの素養によって変わってくるらしい。
熟練した魔法師ならば、印か呪言を唱えて、最後に魔法名を唱えられれば発動可能との事。
ちなみに兄貴はさらにその上の無詠唱、無動作で使えるそうな。……恐ろしい男。流石魔王。
「――基本的に、属性ごとの印や呪言があって、それらを組み合わせることでアレンジも可能……で良かったわよね?」
「その通りです。
しっかりと復習しているようですね。では、レナ。手本を見せてもらえるか」
「うん。ミーナ様、今から侍女必需品の水を生み出す魔法をお見せしますので、よく見て下さい」
そう言って、レナは指で印を描いて呪言を呟き――
「クリエイト・ウォーター」
呪言と印、そしてレナの魔力に反応して、地面においたタライの上に水の塊が生まれ、ゆっくりと落ちていく。
「レナも魔法使えたのね。凄いわ」
「えへへ……でも、まだ未熟なのでこれくらいしか使えないんです。
水を作る魔法はお風呂の時や、飲み水を作るのに必須なので頑張りました」
「レナはあまり魔法の適正はないのですが、このように単純な”生み出す”だけの魔法は比較的誰にでも使えます」
「なるほど……。逆にさらに”操作”を加える場合は才能や相性が必要……という事ね?」
「はい。その通りです」
でも”生み出す”だけの魔法でも、水や火に関しては生活必需品と言える。
燃料は必要だろうが、火を点けるのが簡単なだけで大分世界は変わるものだ。
確かに侍女や従者に必須の魔法と言える。
「では、お嬢様。まずはレナと同じく水の作成から始めましょうか」
そう言って、彼は新しいタライを地面に置く。
自分の中にある魔力を感じるという作業は、すでに座学で行っている。
後は呪言と印を使って――
「クリエイト・ウォーター」
魔法名を告げると水の球体が目の前に現れた。
かなり大きい。お風呂に入れたら半分くらいは溜まりそうだ。
当たり前だが、そんな量がタライに入るわけもなく。
地面に思いっきりぶちまけてしまった。
「なんか思ったより大きくて……ごめんなさい」
「――流石はお嬢様です。初めてで、これほどとは……」
「ミーナ様……すごい……」
あっけにとられるように言うエリクに、呆然と見つめているレナ。
その後も、色々な魔法を試した。
水を生み出し、出した水を凍らせ、風を吹かせる。
ただ炎や土の扱いはあまり才能がないようで、せいぜい”生み出す”が成功する程度だったが。
――魔法が使える。
その事実は、称賛してくれる二人がいたのもあって、相乗効果のように私は調子に乗ってしまう。
(魔法って楽しい!)
調子に乗って氷の彫刻作ろうとしたのが原因かもしれない。
しかも、一度作れたからと複数作ろうとしたのもいけなかった。
ついつい使いすぎて、力尽きて倒れてしまったのだ。
倒れる前に見たのは大慌てで近寄ってくる、エリクとレナの姿。
(こりゃMPの低い平民が使えないわけだわ)
そんな事を考えながら、私は意識を失った。
09
ミーナ は 魔法 を 覚えた!
はしゃぎすぎ。
でも気持ちは分かる。
* * *
お読み頂きありがとうございます。