67/謎
自室で一人、考える。
(どうして、こうなったの?)
ダイアンだけでなく、シルヴィアも倒れてしまった。
あの後すぐにコルトに調べてもらったけれど、やはりダイアンと同じ。
何者かに”呪われた”のだ。
(今更誰がこんな事をするのよ……)
親指の爪を噛みながら、考える。
(ダイアンも、シルヴィアも接点がなさすぎる。
あるとしたら――私の親しい人間だという事くらい)
……だとしたら?
私への嫌がらせだと考えれば。
ダイアンが狙われたのも。
シルヴィアが狙われたのも納得が行く。
(でも、だったら犯人って誰よ?)
私を恨むだろう相手は、現時点で”魅了”の影響下。
すでに何か出来る状態ではないし、その手段もないはずだ。
基本的に私は引きこもりだし、いまさらアンディとの結婚の話で嫉妬されるという線も薄い。
婚約が決まってすぐに結婚とかであれば、前から好きだったのに――という人もいるかもしれないけれど。
クソ親父達を抜けば、女の嫉妬くらいしか思いつかないが……。
そちらもやはり可能性としては低いだろう。
――では、なぜ?
考え込む私の脳裏に、三人の姿が浮かぶ。
ベッドで、死んだように眠り続けるダイアン。
突然、意識を失うように眠ったシルヴィア。
呪われた娘に、取り乱し涙を浮かべる伯父様。
必死に考えようとしているのに、どうしてもあの光景が浮かんでしまい、思考がまとまらない。
(……駄目だわ。可能性ばかり考えても意味がない)
頭を振って、思考を振り切る。
(何にせよ、どれもあくまで可能性でしかないわ。
呪った相手を特定するためにも、もっと情報を集めないと……)
息を吐き、思考を切り替えて椅子から立ち上がる。
(まずはダイアンの部屋ね)
部屋を出て、エリクを引き連れてダイアンの部屋に向かう。
中ではレナが、ダイアンのすぐ横でずっと見守っていた。
「――あ、お嬢様」
顔を上げたレナの顔は、控えめに言って酷い。
「大丈夫? レナ」
「はい……大丈夫です」
「そうは見えないわよ」
苦笑して、レナの頬を撫でる。
すると、すぐに涙目になるレナ。
「……エリク、少しダイアンをお願いしていい?」
「はい」
「レナ、一度私の部屋へ行きましょう」
「はぃ……」
泣きじゃくる彼女を連れて、再び自分の部屋に戻る。
レナをソファに座らせ、私もその横に座った。
「ごめんなさい……私、泣いてばっかりで……」
「いいのよ、気持ちは分かるもの」
抱き寄せて、頭を撫でながら彼女を宥める。
「お嬢様ぁ……」
私の胸にすがるように抱きついて。
レナは少しの間泣き続けた。
それをただ見守って――ようやく落ち着いたのか、レナが顔を上げる。
「ほら、顔を拭いて。
冷やしてあげるわ」
ハンカチに軽く氷を含ませて。
いつだったか、兄貴がしてくれたようにレナの腫れた顔を冷やす。
「少しは落ち着いた?」
「はい……」
「それは良かったわ。
……あのね、聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと、ですか?
私に分かることでしたら……」
「部屋で……いいえ、屋敷全体でもいいわ。
記憶に残ってること、違和感や気になったこと。
何でもいいから、話してくれる?」
現状”呪い”以外の情報が乏しすぎる。
だから少しでも情報がほしい。
レナは考え込むように、目を閉じる。
「……そういえば」
ふと、思い出したように。
レナは窓の方を見た。
「どうかしたの?」
「いえ、今朝……鴉が窓にいたなって」
「鴉?」
繰り返す私に、レナは頷いて説明を続ける。
「私、たまに鳥に餌をあげたりするんです」
なんだかとてもヒロインぽい。
「それで、今朝も餌をあげようかなと思ったら、鴉が居たんです。
鴉はちょっと怖かったので、餌は結局あげなかったのですが」
「鴉……」
それそのものは、別にありえないことではないだろう。
鳥の餌スポットに、鴉が目をつける事は割と普通のはず。
(でもなんでだろう……何か気になる……)
何かが脳裏に引っかかるのだ。
「――あ、それとですね、その鴉の目の色なのですが」
「目の色がどうかしたの?」
「綺麗な青色だったんです」
「青? 鴉の目の色って、黒じゃないの?」
この国の鴉は他の色なのか。
転生してから、鴉を近くで見ることがほぼないので分からない。
「黒だと思います。
でも、あの鴉は青かったんです。
……もしかしたら、光の反射のせいでしょうか……」
「ううん……」
やっぱり何かが引っかかる。
普通に考えるのなら、鴉が居たことも、目の色が青い事も、大したことではないはずなのに。
「――あ」
思い出したように、レナが呟く。
「他に何か思い出したの?」
「いえ、その……関係あるかわからないのですけれど……」
視線を彷徨わせ、レナは少し戸惑うように言いよどむ。
「そこで止められると気になるわ。一応教えて」
「……あの、お嬢様に懐いてる、黒猫いるじゃないですか」
「あぁ、あの子ね」
野良なのに人懐っこく、撫でさせてくれる猫だ。
大変可愛い。
(って、そういえばあの猫も目が青かったわね)
一般的に黒猫は、金色だから珍しいなと思ったものだ。
「はい。あの黒猫ちゃんと、同じ目の色だったんです」
――ぱちり、と。
私の中で黒猫と鴉が繋がった。
連想するのは、物語の『魔女』。
魔女といえば使い魔。
使い魔といえば、黒猫や鴉、蛇といった生き物。
考えすぎかもしれない。
けれど――シルヴィアが倒れた時、猫の鳴き声を聞いた気がする。
(……調べてみよう)
幸い、私の自室には、魔法関連の本棚がある。
立ち上がり、本棚へと向かう。
「お嬢様……?」
「ちょっと調べ物するわ。レナはそこで待っててちょうだい」
「畏まりました」
視線を向けること無く告げると、レナの返事が聞こえる。
指で本の背表紙をなぞり、目的の本を探す。
(確か使い魔に関する本があったような……あ、あった)
本を取り、軽く流し読みをしていけば、内容が頭に蘇ってくる。
(ゴーレムと違って、知恵のある使役生物を作る方法なのよね)
五感の共有が出来て、ゴーレムと違って意志があるため、ある程度の柔軟性のある生物。
クソ親父の悪事を暴くのに使えないかと、考えていたのだ。
……結局、適正がなくて使えなかったのだけれど。
(もしも、あの猫の鳴き声や、鴉の存在が使い魔なら……)
それを使役している者こそ犯人だ。
どうやって呪いを掛けたのかは分からないが、犯人さえ分かれば解呪は可能だろう。
(やった。小さいけど手がかりを手に入れたわっ)
この本には、使い魔の判別の仕方や、主を特定する方法も書いてある。
使い魔と思しき生物を捕まえられたら、なんとかなるかもしれない。
「レナ、さっき言っていた鴉のことなのだけれど――」
本を胸に抱いて、彼女のもとに戻ると。
レナはソファにもたれかかるようにして、眠っていた。
本が軽い音を立てて落ちる。
震える足で近づき、彼女の脈を計り、呼吸を確認する――異常はない。
そう、ダイアンやシルヴィアのように。
(……きっと、泣き疲れただけよ)
思考とは裏腹に、心臓の鼓動が脈打つ。
「ねぇ、レナ」
軽く揺さぶるけど、反応はない。
「ねぇ、起きてってば」
頬を軽く叩いて、手の甲を少しだけつねっても。
「……どうしてよ」
しゃがみ込み、レナの手を両手で握りこむ。
ほのかに感じる体温だけが、彼女が生きているのだと実感させてくれる。
「なんでよ、どうしてよ」
なぜ、私の周囲ばかりが――私の大事な人達が、こんな目に遭わなきゃならない?
(やっぱり、私への嫌がらせなの?)
もはやそうとしか考えられなかった。
それくらい、私は今苦しんでいる。
(皆が何をしたっていうのよ!!)
私を恨んでいるなら、私だけを狙うべきだ。
そうすれば、こんなに苦しまなくて済んだのに。
一人、また一人と大事な人が倒れて。
これがいつまで続くのだろう?
次は誰?
私はいつまで、こんな想いをするの?
「レナぁ……」
口元を抑えるけれど、嗚咽が溢れる。
こんな風に泣いてる場合ではないのに。
まだ生きてるから、動かなくてはいけないのに。
せっかく、手がかりになりそうな情報が手に入ったのに。
――それでも。
私の意志とは裏腹に、身体は動こうとしてくれなかった。
ただ泣きじゃくり、止めてと嘆くばかり。
「にゃぁ」
ふいに聞こえてくる鳴き声。
どくんと心臓が大きく跳ねる。
ゆっくりとそっちを見れば――黒猫がいた。
兄貴に良く似たアイスブルーの目の色をした黒猫が。
(……嘘よ)
嫌な予感に、胸が締め付けられる。
「にゃぁ」
黒猫は、扉に近づくと液体のように溶けて、液体はそのまま扉をくぐる。
そして向こう側から、聞こえてくる「にゃぁ」という鳴き声。
――ついてこい、ということなのだろう。
「……えぇ、わかったわよ」
行ってやろうじゃないか。
立ち上がり涙を拭う。
泣いていたって始まらない。
仮にこれが罠だったとしても――この騒動の真意を聞いてやる。
「……レナ。もう少しだけ待っててね」
風の魔法でそっと彼女をベッドに移し。
部屋を出ていく。
――使い魔の主に会うために。
謎解き回。
でも読者の皆様には、多分モロバレだったと思います。
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お読み頂きありがとうございます。




