63/開放
*63/開放
”魅了”への罪悪感や忌避感に押し潰れそうになって、限界を感じたあの日。
兄貴の言葉で、私は少し救われた。
目覚めが悪い日はだんだんと減っていって。
食欲も少しずつ戻ってきた。
この間の街歩きといい、兄貴には最近色々してもらっている気がする。
ちゃんと感謝を伝えるべきかもしれない。
(でも、お礼になりそうなものって何だろう……?)
物欲?
いや、兄貴は侯爵家の人間だ。
そもそも、望めば大抵の品は手に入る。
そして兄貴が手に入らない物を、私が手に入れる事は無理だろう。
なので却下。
ならば食欲?
(……それなら、ありかしら?)
兄貴は、私のお茶会にちょくちょく顔を出しては、勝手に参加している。
(実際には参加っていうよりも、気がついたらいるって感じだけれど……)
ともあれ。
そのお茶会で兄貴は、私の用意したお茶菓子やお茶ばかりに手を伸ばす。
他の人が持ってきたお菓子や、お茶は見向きもせずに、だ。
つまり、それらは”好み”であると考えていいのだろう。
私がよく作るのは、魔法で作れるアイスクリームとシフォンケーキ。
この辺りなら、喜んでもらえるかな。
……社交辞令以上の感想が想像できないが。
(えーっと……ゲームでの兄貴ってどうだったっけ?)
もう少しヒントをと、念の為に原作を思い出してみるが……。
流石にだいぶ昔過ぎて細かいことを覚えていない。
仕方がないのでノートを確認してみると、はらりと紙が落ちた。
慌てて拾って確認する。
それは、願望だけをつぎ込んだ青写真が書かれた紙だった。
「……よくもまぁ、こんなの書いたわよね」
書き込まれた内容の、あまりの荒唐無稽っぷりに苦い笑みが溢れる。
特にクソ親父に関する部分とか、どう考えてもありえない。
あれは、それだけの大罪を犯しているのだから。
それでも――叶った願いもある。
大事な人達と何気ない日常を過ごす。
何よりも大事なことだと、最近つくづく思う。
口元に笑みを浮かべ、紙を再び折り畳む。
(っと、それより兄貴の好みだって)
ノートを見ていた理由を思い出し、兄貴のページを見直す。
結果、分かったのは「ヒロインのくれたお菓子」は喜ぶという程度の情報だった。
(……役に立たない)
シルヴィアと激辛料理デートは何度かやってるみたいだし、辛い物の方が良いのだろうか。
(でもあれは、チャレンジ精神的な部分も強そうだし……。
何より激辛料理はちょっとねぇ)
激辛のエキスパートがいるのに、辛い食べ物を贈るというのは少々無謀だ。
私が作る中途半端な品よりも、シルヴィアの激辛料理のほうが喜ばれるだろう。
(やっぱり無難にアイスクリームかしらね)
昔よりもかなり魔法の腕も上がったし、アイスクリームを作る腕も上がった。
いい素材を用意して作れば、なかなかの品が出来るはず。
(あ、せっかくだから、大理石だったかな?
石を冷やしてアイスと果物を混ぜる奴に挑戦するのもいいかも)
あれで兄貴は、目新しいものにはそれなりに興味を示すタイプだ。
今まで作ったことのないアイスなら、少しくらいは喜ぶかもしれない。
何よりあの混ぜるアイスは、パフォーマンスとしても楽しめる。
(早速練習しないといけないわね)
必要な物は……と考えていると、ノックが響いた。
「お嬢様、レオンハルト様がいらっしゃいました」
何の用だろう?
首を傾げつつ、入室の許可を出すと、レナと一緒に入ってくる兄貴。
「おはようございます、お兄様」
「おはよう。ミーナ。
早速だがクラース侯爵に呼ばれている。
一緒に向かおう」
「伯父様にですか?」
色々と頼んでしまった手前、差し入れと称して何度か差し入れは入れてきた。
だが、呼び出しを受けたのは初めてだ。
「そうだ」
兄貴の答えは簡潔過ぎて困る。
とはいえ、会いに行けばすぐ分かることだ。
「畏まりました。今準備を致します」
「では、玄関ホールで待っている」
どうやら兄貴も一緒に行くらしい。
(あ、帰り道にでも何が好きか聞いてみるのもありかな)
そんな事を考えながら、軽く身支度を整えて向かった。
* * *
クラース家に到着すると、すぐに応接間へと通される。
待っていたのは、ノルベルト伯父様だけ。
シルヴィアはいないらしい。
(それにしても……少しやつれたかしら?)
もともと痩せ型だったがさらに痩せた気がする。
さらに言うなら、頭の方も少々寂しくなっているような……?
やはり、事後処理によるストレスが影響しているのだろうか。
なんだか申し訳ない。
お互いに軽く挨拶を交わしてから、ソファに座った。
「さて、早速だが今日呼び出した用件といこうか」
伯父様は少し表情を引き締めて続ける。
「既に君達も知っての通り、クーデター組織の末端構成員まで全て捕縛が終わり、その処分の決定も下った。
あとは、順次執行されるだけとなっている」
明言はしないが、つまりは処刑という事だろう。
身が強ばるのを感じる。
「それと、幹部連中の処分も決定された。
よって彼等も順次拘束される事となる」
今までは、周囲にさとられないようにそのままだった。
変わりに私が"魅了"で支配する事で、行動を封じていたのだが……。
彼は、にこりと柔らかく微笑む。
「――いままで、辛い役目をよく果たしてくれた。
今掛かっている"魅了"が切れる前に、全員を確保できるだろうから、もう使わなくて良い」
「……本当に、もう……いいんですか?」
かすれた声で問いかける。
「あぁ。奴らに指示は出してもらわないといけないかもしれないが。
"魅了"する必要はもうないよ」
伯父様は立ち上がり、私に近づいて頭を優しく撫でる。
「お疲れ様。よく頑張ったね。
例え多くの人が知らなくても、君はたくさんの人を救ったんだ。
私一人での言葉では、到底足りないだろうが――本当にありがとう」
――ようやく終われる。
万感の想いを込めたような声に、私は泣いて頷いた。
* * *
ガタガタと揺れる馬車の中、兄貴と向かい合って座る。
私は上機嫌で、外の景色を見ていた。
「上機嫌だね」
「当然じゃないですか」
もう"魅了"を使わなくて良いのだ。
これで機嫌が悪いはずがない。
「もう、あんな力使わなくていいんですよ?
この勢いで、"魅了"能力も捨ててしまいたいくらいです」
そうしたらもう、何も悩む必要はないし。
一生つき合うには、この力は怖すぎる。
「もったいない」
……何言ってんだこの人。
固有魔法がもったいないというのは、分からないでもない。
けれど"魅了"に関して言えば、ただの呪いみたいなものである。
何がもったいないと言うのか。
「そんなことよりもお兄様。
色々と助けていただいたので、何かお礼をしたいと思うのですが……何か希望はありますか?」
「それなら私に"魅了"を掛けて欲しい」
……はい?
「いま、何とおっしゃいました?」
「私に"魅了"を掛けて欲しい」
聞き間違いじゃなかった。
「嫌ですよ。
なんでそんな事をしなきゃいけないのですか」
「どうしても駄目なのかい?」
「どうしてもです」
断固拒否の態度できっぱり告げる。
ほんの少しだけ、兄貴は悩むような素振りをしたが、すぐに理解してくれたらしい。
「そうか……それなら仕方ないな」
残念そうに言って、それっきり変なお願いはしなくなった。
全部終わって大はしゃぎなミーナさん。
彼女は頑張った。
――おや、兄貴の様子が……?
* * *
お読み頂きありがとうございます。
これにて五章は終わりとなります。




