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08/凶悪な力



 久しぶりの運動をしてスッキリしたが、代わりになんとも言い難い汗臭さとべたべたとした不快感が残る。


(とりあえずお風呂に入ろう)


 ゲーム世界だからなのか、それとも貴族階級でもかなり上位の侯爵という地位だからか。

 我が家には銭湯よりは小さくともかなり大きな浴場があった。

 しかも、なんとも贅沢な話なのだが、望めばいつでも入れる身分でもある。


 水を張るにも、お湯を沸かすにも労力や燃料がかかるのだから、本当に貴族階級で良かった。


(これが平民になると、中々入れないだろうからなぁ……)


 同じ古代でもローマには公衆浴場があったけれど、あれは混浴なのでそれはそれでパスしたい。


 ちなみに自室にもバスタブがあるので、そちらに入ることも可能だったりする。

 お金かけ過ぎだろう……。


「ミーナ様。お風呂はどちらに向かいます? お部屋ですか?」

「今日は浴場が良いわ。入れるかしら?」

「確認してきます。少々お待ち下さい」


 ダイアンが確認を取りに席を外す。

 その間に着替えやタオルといったお風呂に必要な道具を、レナが用意し始める。


 ちなみにエリクは部屋の外だ。


(……彼も汗かいてるだろうに……大変だなぁ。本当ご苦労さまです)


 専属護衛とはいえ、屋敷の中では警備もあることだし、もう少し気を抜いてもいいんじゃないだろうか。

 そんな事を考えながら、扉の向こう側にいるだろうエリクの事を考えていると、ダイアンが戻ってきて浴場の使用が可能だと言う。


(お風呂に入りながら『魅了』の対策考えるかな)


 レナとエリクに連れられ浴場につくと、当然エリクは入り口で待機である。

 他に使う人が来たり、不審者対策なのだろう。でもまだ女児の私には必要はないのに。


「さ、ミーナ様入りましょう」

「えぇ。……ところでエリクはあんな所に立ってないで、着替えてきてもいいと思うのだけれど……」

「お兄ちゃんより、ミーナ様のが大事ですよっ!」


 どうやら大分兄としての株を落としてしまったらしい。


(それもこれも『魅了』が悪い。ごめん。エリク。……っていうかさっきから謝ってばかりだな)


 世話される側の人間が優先されるのは当たり前なんだろうし、慣れていかないといけないと頭では分かっている。

 しかし、この数週間でそれなりに慣れたと思っていたが、まだまだのようだ。


(うーん……難しい)


 ふと見ると、レナが湯浴み用の浴衣というか水着風というか、そういう感じの服に着替えていた。

 そういえば前回も浴場では彼女はあの服を着て、私の風呂を手伝ってくれていた気がする。


「レナも一緒に入りましょうよ。

 私一人であの大きいお風呂を使うのはちょっと気が引けるし、何よりもったいないじゃない?

 たまには女同士ゆっくり入りましょう」

「えっ。でも……」


 なにより自分が裸で、世話してくれる人が服を着てる方が気になる。

 ぐいぐいと笑顔で押して、レナと一緒にお風呂に入ることに成功した。



* * *



 水の揺れる音を聞きながら、お湯を楽しむように自分の腕にかけたり、身体を伸ばす。


(あぁ……いい湯だわ)


 やはり日本人としてたっぷりとしたお湯でお風呂に入る事は、日々の潤いに必須だ。


「ミーナ様。少しマッサージをしても宜しいですか?

 お兄ちゃんがさっき運動の後は筋肉痛になりやすいから、マッサージをしたほうが良いと言ってたので」

「あぁ……そうね。じゃあ、お願いするわ」

「はい」


 とりあえず片腕をレナに預けながら、まったりとお風呂を楽しみつつ、今日の訓練を思い出す。


 エリクは事前の準備や、怪我へ備えなどもきちんとしてくれる良い指導者だ。

 主人が「稽古を付けて欲しい」と望んでも、ちゃんと段階を踏んで教えるのは難しいと思う。


 我儘な主人の場合、それを不満に感じて文句を言ったり暴れるかもしれない。

 それを考えれば、痛い思いすれば分かると判断して、希望通りにする……という方が楽のはずだ。


 でも、彼は私の体調を最優先にして教えてくれた。

 最初は稽古と言いながらも、ただの運動だけになると感じたが、後半に行った木剣の素振りは稽古と呼べるものだったし。

 今後も続けていけば、ちゃんと最低限の剣術くらいは教えてもらえるだろう。


(凄く強い剣士になる……なんて流石に考えてないけれど、やっぱりある程度自衛能力はあった方がいいものね)


 問題は今日のエリクの様子。

 訓練の終わり間際、彼は軽度だが『魅了』されていた気がする。


 『魅了』されるという事は、こちらに親しみを持ってくれてる証拠でもあるものの、少々複雑だ。

 流石に今日の今日で、私に対して普通の恋愛感情を持つとは考えにくいし、多分あれは『魅了』が原因だろう。


(……これで『魅了』持ちは確定か……)


 憂鬱な気分になる。

 今後は周囲の異性に対して、色々と気を使わないといけない。


(――まぁ、ヴィルヘルミーナは美少女だし、それくらい警戒してた方が身を護るためには丁度良いか。

 ……それにしてもなんで急に……?)


 訓練の最初は、普通だった。

 身体に触れた時も紳士的だったし、『魅了』されていたとは考えにくい。


 ならば時間経過?


 レナに足を揉まれながら、天井を仰ぎ考える。


(いや……それにしたって早すぎるでしょ)


 出会って数時間というのはいくらなんでも早すぎだ。

 きっと他に条件があると思うのだが……。


 真面目に訓練してたつもりだから、それで好感度が上がったとか……?

 それにしたって、『魅了』されるほど上昇するとは思えない。


 次に考えられるのは、身体的接触。


(でも……それもおかしい気がするのよね)


 最初の方こそ剣の握り方や、構えの矯正で触れられたが、この身体はかなり優秀らしく、覚えが良かったのでその頻度はどんどん減っていた。


 ゲームの設定を信じるならば、口づけや性行為で対象を奴隷化。

 頬にキスやボディタッチでその場限りの軽度の暗示等はあったと思う。


 そういう意味では、ほぼ肌を露出してなくとも触れられていたのだから、多少効果があってもおかしくはないが……。


(でもそれだけじゃ無い気がする……)


 多分、設定資料やゲームで語られていない”何か”がある。

 そんな予感がまとわり付いて離れない。


「……ミーナ様、痛かったですか?」


 不安そうなレナの声に、はっとする。

 どうやら考え込んでいたせいで、難しい顔をしていたらしい。


「ううん。そんな事ないわ。

 気持ち良くて、ちょっと眠くなってきちゃっただけよ」

「それなら良いのですけれど……」


 なんでもないよと言いながら、笑顔の仮面を貼り付けて考える。


 『魅了』の力はやはり放置してはいけない。

 エリクやレナ、ダイアンを守るためにも、自分を守るためにも詳細を調べるべきだ。


(……出来ればその上で、封印出来ると良いのにな)


 そう上手くはいかないと、私の中で誰かが言う。


 なぜなら『魅了』の力は物凄く凶悪だ。

 作中だけで言うなら、ただ万能で強いだけのラスボスである兄貴よりもやばい。


 『魅了』の真骨頂は完全なる奴隷化。しかも永続的に、だ。

 もしも完全に『魅了』が決まれば、魔王兄貴ですら言いなりになってしまう。


 対異性のみという限定はあれど、大体のファンタジー世界での権力者は男性が多い。

 『魅了』の力を駆使すれば世界だって牛耳る事が可能だろう。


 それに完全に決まらなくとも、『魅了』を受ければ一定時間(『魅了』を受けた時の方法による)は自我を失う。

 その間に本格的に『魅了』を掛け直せば、ちゃんと決まらなくても最終的には永続的な奴隷の完成である。


 軽いキスだけの『魅了』でも、数週間単位で自我を失うと書いてあったので、本格的にかけ直す事など訳無いだろう。


 それだけ凶悪な力が簡単に封印出来るとは思えない。


 脳裏に浮かぶのは、兄貴ルートでラスボスと化したヴィルヘルミーナの姿。

 彼女は最愛の兄を奪われて『魅了』の魔力を暴走してしまう。


 彼女の白いドレスは赤く――黒く染まり、彼女の周囲から赤黒い靄が触手状に伸び始める。

 靄の正体は彼女の魔力だ。


 魔力に触れるだけで、性別の壁を超えて人々を『魅了』していく。

 あとに残るのはゾンビのように奴隷化した国民だけ。


 そして彼女は血の涙を流しながら狂う。


 ただひたすらに、ヒロインに憎悪の籠もった呪いの言葉を吐きながら。

 ただひたすらに、兄への愛を囁きながら。


 魔王兄貴よりも数段邪悪で、可哀想で怖い姿のイベントスチルが、未だに頭に残っている。


(……あんなのだけは絶対嫌……)


 恐怖の未来を想像して身震いすると、私は温もりを求めてもう一度お風呂に入り直した。



08


ヤンデレ系ヒロイン ヴィルヘルミーナ。


* * *


お読み頂きありがとうございます。

ブックマーク、たくさんありがとうございます。



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