59/穏やかな日常
「来たか」
「ミーナ、待ってたよ」
フォルクマールの家で、出迎えてくれるフォルクマールとアンディ。
今日は三人で魔法道具を作る約束をしていたのだ。
それというのも、先日我が家に届いた贈り物のせい。
”魅了”された幹部達からの品で、中身は魔法道具作成に必要な手引書と素材だった。
貢ぐ君のような行動に若干引いたものの、物に罪はない。
もともとアンディとは「作ってみたいね」と話していたし。
フォルクマールはこういった事に詳しい。
なのでせっかくだからと、こうして皆で作ることにした。
何より今の家には、クソ親父が居座っている。
”魅了”を定期的に掛けなきゃいけない為とはいえ、家にいると色々考えてしまう。
だから気晴らしも兼ねて、今日の魔法道具作りを楽しみにしていたのだ。
「えぇ、おまたせしてごめんなさい。
フォルクマールは、場所の提供ありがとうね」
「構わないさ。俺様も興味あったしな」
「僕も楽しみにしてたからね」
にこにこと微笑み、アンディがエスコートしてくれるのだが――なぜかじっと見られた。
「どうかした?」
「目に隈が出来てるよ? 大丈夫かい?」
心配そうに私を見る彼を安心させるように笑う。
「この間新しい本を買ったせいで、寝不足なだけよ」
「そんなに面白かったのかい?」
「えぇ、とてもね」
笑ってソファに座る。
すでに、資料や素材はフォルクマールの家に送ってあるので、後は何を作るか決めるだけ。
「さ、そんな事より、楽しい話をしましょ。
とりあえず、何を作りましょうか」
「そうだな……とりあえず、手引書は読んである。
だから、お前らが作りたい物でいいと思うが……」
言って私達を見る。
どうやら、何を作るかはこちらに譲ってくれるらしい。
「初めて作るんだし、簡単な作りの物がいいかしら」
「おい、俺様の腕を疑ってるのか?」
「というよりは、イメージ通りの物が出来るか、というのがね。
微調整とかは必須でしょうし、使っているうちに改善点とかも出てくるだろうし……」
いくら元手が掛かっていないとはいえ、無駄遣いはどうかと思う。
それに、節約したらそれなりの数を作れるはず。
「……まぁ、それはそうかもな」
若干文句を言いたそうに、けれど素直に頷くフォルクマール。
(本当、昔に比べたら成長したわねー)
出会った頃など、勝手にライバル視してきてよく突っかかってきたのに。
「……何だよその目」
半目でフォルクマールが睨む。
どうやら、彼の成長に和んでいたのが態度に出ていてしまったらしい。
「なんでもないわ。
――ねぇ、アンディ。やっぱり以前話していた、冷蔵庫を作らない?」
「冷蔵庫っていうと、確か入れ物の中を一定温度にしておく道具だっけ」
「えぇ。あれがあれば、アイスクリームとかも作って保管しておけるし」
「なんだそれ。詳しく教えろ」
フォルクマールも興味が出たのか、少し前のめりになって話に加わる。
「えぇと……まずはこういう形で」
用意されていたノートに、設計図を描いていく。
どうせ作るなら、冷蔵部分と冷凍部分が分けられているツードアタイプがいい。
(理想を言えば、野菜室とかも欲しいけれど……)
なにせ料理やDIYと違って、一度も挑戦したことがない作業。
あれやこれやと、いろんな機能をつけるのは失敗の原因になってしまう。
(上手く出来たら次に作ればいいのよ)
まずは私が提案して。
アンディ達の質問を聞きながら、書き込んだり、逆に削ったり。
その次はフォルクマールにバトンタッチして、詳しい仕様をどうやって再現するかを話し合う。
あーだこーだとなかなか決まらなくて、昼食をはさみ。
それでもなんとか、設計図通り完成させることが出来た。
朝早くから集まったのに、気がつけばもう十五時。
かなり熱中してやってしまっていたようだ。
後は実際に食材や氷を入れて、時間経過を確認するだけ。
ひとまず今日出来る作業は、これで終わりだろう。
「――よし。一段落したし、温室のサロンでお茶にしようぜ」
「温室?」
「いろんな薬草が植えてあるんだけどな、花も咲いてるから結構綺麗なんだよ」
「それは楽しみだね」
そんなわけで、フォルクマールの案内で温室のサロンへと向かう。
入るのは初めてだけど――
「なんか、結構立派ね」
「温室のおまけみたいな口調だった割に、本格的だね」
感心した声をあげる私とアンディ。
景観用にか、温室と繋がっている壁はガラス張り。
部屋の中には、ピアノも設置されている。
ガラスの向こう側では、いろいろな植物が植えられていて花も多い。
これなら、ちょっとしたティーパーティを行っても、全然遜色なさそうだ。
「人の話聞いてなかったのかよ。
俺様はちゃんと”結構綺麗”って言っただろうが」
「そうなんだけど……予想以上だなって」
薬草用の温室っていうより、もはや観賞用の温室みたい。
ソファに座っていると、すぐにお茶とお菓子が用意される。
「今日のお茶は、薬草茶と薬草クッキーだ。
遠慮せずに食えよ」
「じゃあ、味見してあげるわね」
ドヤ顔でフォルクマールが言うので、審査員気分で一口。
さくさくとした食感。
ふわりと香る薬草の主張はそこまで強くない。
その上でほんのりとした甘みがあってなかなか美味しいクッキーだ。
次に薬草茶を一口。
こちらはふんわりと薫る香りが、とても落ち着く気分にしてくれる。
これも彼が自分で用意したのだろうか。
(……伊達に貴族やってないわね)
本人の言葉使いはともかく、こういった教養に関する知識は随一のようだ。
ゲームでも結構そういう場面があったし、意外というほどでもないのだけれど。
「どうよ」
「えぇ、美味しいわ」
「自慢気ってことは、お茶もフォルクマールが、調合したのかい?」
「あぁ。最近こっててな」
「へぇ……あとで僕にも少し用意してもらっても?」
「いいぜ」
男子二人の会話を聞きつつ、お茶を飲む。
身体は温まるし、気分もとても良い。
ふいにアンディがピアノへと視線を向ける。
「――ねぇ、フォルクマール」
「なんだよ?」
「あのピアノ、使えるんだよね?」
「もちろん使えるぞ。調律はしてあるからな」
「そっか」
「演奏するの?」
目を瞬いて尋ねると、アンディはニコリと笑う。
「せっかく美味しいお茶とお菓子が揃ってて、楽器まであるんだ。
音楽が加われば、最高だと思わないかい?」
「それは、そうだろうけれど……」
「なるほどな」
フォルクマールがちらりと私を見て、執事を呼ぶ。
何かしら言いつけられた執事は一度下がると、楽器の入ったケースを持って戻ってきた。
「アンディ。お前はバイオリンのが得意だろ。
俺様がピアノを弾く」
「なるほどね。じゃあ、借りようかな」
……どうしよう。
この流れでは、全員で演奏をするんだろうか。
私は音楽――楽器の演奏が苦手。
もちろん最低限は修めている。
ただし文字通り最低限で、そこまでたくさんの曲を演奏できない。
この二人の演奏についていけるだろうか。
「ミーナは、座ってて。
誰かが聞いてくれないと、お茶会の”音楽”にならないだろう?」
「え……でも……」
私だけ何もせず、聞いてるというのもどうなんだろう?
「俺様達の二重奏をそこで聞いてろよ」
「そうそう。せっかくだからね」
二人に座ってろと念を押され、大人しくソファで彼らの演奏を聞く。
アンディの優しいバイオリンの音色が艶やかに。
フォルクマールの意外なほど繊細な音色が柔らかく。
見事な二重奏を奏でた。
(すごい……でも、なんだか……)
薬草茶のせいだろうか。
それとも二人の演奏?
あるいは両方か。
眠気が私を誘い――
* * *
はっと気がつくと、私は横になっていた。
すぐ近くには衝立があり、姿は見えないが二人の演奏はまだ続いている。
(ああああっ! やっちゃった!!)
成人を迎えた淑女が、異性の友人宅でうたた寝とか端たないにも程がある。
いや、何より二人に申し訳ない。
慌てて起きて、衝立の向こうを覗き込めば、アンディとフォルクマールが演奏していた手を止めた。
「ご、ごめんなさい、二人共」
「よく眠れたかい?」
責めるでもなく、アンディが優しく尋ねる。
「え、えぇ……」
だいぶ頭がスッキリしているし、身体のだるさもあまりない。
ここ最近、眠りが浅い――というか、夢見が悪かったので、こんな心地よい目覚めは久しぶりだ。
「そいつは良かったな」
フォルクマールでさえも、柔らかく笑う。
……そんなに私の隈は酷かったのだろうか。
(お茶の種類といい、演奏といい……私を眠らせる為、だったりしないわよね?)
もしもそうだとしたら――なんとも、申し訳ない気分。
「僕たちの演奏がうたた寝するくらい心地良かったとしたら、光栄だね」
「今度は他の奴らも一緒に、四重奏で演奏してやるよ」
「音楽会でもするの?」
「それもいいかもしれないね」
私の問いかけに、微笑むアンディ。
「そうね……確かに、いいかもしれないわね」
皆でお茶を飲みながら、交代で演奏しつつ談笑する。
きっと今日みたいに、穏やかで幸福な時間になるだろう。
(……全部終わったら)
皆で優雅な一時を過ごすのも悪くはない。
「きっとやりましょうね」
笑って私が言えば。
二人も、笑って頷いた。
多分、コルトはバイオリン。
ディルクは肺活量を活かせるフルート系。
個人的にはトランペットがディルクには似合うと思います。
* * *
お読み頂きありがとう御座います。




